76話 カレー作りを始めます。まだ終わりません。

「おかえり」


 往復一時間のドライブを終え、家に帰って出迎えてくれたのは、なぜかふてくされて頬を膨らませているレイさんだった。


 えー、何で怒ってるの?

 爆睡してる感じだったし起こさないように気を使って、なるべく物音立てないように行動してたんだよ?


 それに何もないとなると寒いのかなとか思って毛布まで掛けたんだけど、どうして彼女はこんなにご立腹なんでしょうか。

 まあかけたはずの毛布は掛布団じゃなくて、敷布団の役割を果たしていたけれども。


 それにレイが周りの温度に影響されるのかわかんないし。

 気分だよ気分。自己満足ってやつ。


 ご立腹なレイの隣を通り過ぎてリビングへと向かう。

 頬を膨らませぷりぷりしつつも、レイも俺の後ろをついてくる。


 両手に持っていた購入物をとりあえず机の上に置き、レジ袋の中をあさる。

 まあそんな大したもんは買ってないし、時間がかかったのも普段いかないスーパーでどこに何があるかわからんから、無駄に店内を何周もしてしまったからなんだけど。


 スーパーってなんで店ごとに配置がガラッと変わるんだろうか。 

 いっそのこと全国共通とかにしてくれれば迷わずに済むのに。

 何周もぐるぐるして挙句の果てに同じところに何度も足を運んでたら、不審者に間違われても文句言えないよ。


 さて、そんなスーパーの愚痴はさておき、カレーを作らないといけないわけだけど。

 まだ昼なのにそんなに早く作って意味はあるんだろうか?

 まあカレーだし煮込めば煮込むほどうまくなるだろうし、いっか。


 一日目から二日目のカレーを楽しめるとか最高じゃん。

 何言ってんのかわかんなくなってきたけど。


 よしあとはスマホを準備すれば準備は完ぺき。

 きっと野菜を切って煮込んでカレールーを入れれば作れるんだろうけど、せっかくすぐに頼れる文明の利器があるのだから使わない手はない。


 『カレー 作り方』


 うん、我ながらあほっぽい検索ワードだと思うけど、こんな雑なワードでもしっかりとお目当てのサイトをヒットしてくれるあたり、優秀である。

 お、サイトだけじゃなくて動画もヒットしている。こういう時は動画の方が分かりやすいかもしれないな。


 動画サイトを開き、内容を確認する。

 やっぱり基本的には具材を切ればいいみたいだ。

 順調に動画の内容に沿って俺も具材をどんどん切っていく。


『次に玉ねぎを串切りにします。これですね』


 ……串切り? いやこれですねって、すでに切り終わってるやつを出されても困るんですけど。


 なんか学生の頃に家庭科の授業でやったような気もするけど、何年前だと思ってるのさ。


 そんな昔の記憶、覚えてるわけないじゃん。

 ……まあ適当でいいでしょ。どんだけ綺麗に切ったって、口の中に入ればみんなぐしゃぐしゃになるんだから、一緒一緒。


 俺は動画の指示を無視して適当に玉ねぎを切る。

 玉ねぎってなんで切ってるとこんなに涙が出てくるんだろう。


 なんかテレビでなんとかって成分が体のどこかを刺激してるからって聞いたことがあるけど、何言ってたかは全く覚えてない。


「かなしいの?」


 ボロボロ泣きながら玉ねぎを切り刻んでる俺の様子を、レイが心配そうな表情で見上げてくる。

 心配してくれるのはうれしいけど、全然悲しくないんだ。

 生理現象だから仕方ないね。


 レイが心配してくれたことにテンションあがってたら、玉ねぎを少々切りすぎてしまった。

 みじん切りみたいになってしまったけど……まあ食べれば一緒だよ。むしろ食べやすくていいんじゃない?


 その後人参もよく分からない切り方を指示されたが、当然それも無視して適当に切った。

 よし、あとは鍋に入れて煮込めばいいだけか。


『定期的にあくとりであくを取ってください』


 悪取り?

 なんか無数に穴が開いているお玉を楽しげにもって言ってくるけど、そんな便利な道具家にはないよ?

 そもそも悪取りってなに。悪い成分でも浮いてくるの?


 確かにそれは取り除かなきゃいけないのかもしれないけど、どれが悪なのか全くわからん。

 動画に映っているお姉さんは泡立ってるところを、掬ってるから同じことすればいいか。


 俺はお玉を取りだして沸騰している泡めがけてそれを突っ込む。

 お湯を掬ってみるが、何の意味があるのか全く分からない。

 まあやることに意味があるんじゃないかな。


「やりたい」


 レイは俺がやっている作業を遊びか何かだと勘違いしたのか、そういいながら俺の背中によじ登ってくる。

 やりたいって、そんな楽しいもんでもないよ?


 まあこのまま放置してふてくされて俺が凍死してもしてもいけないので、俺の背中越しにレイにお玉を持たせる。


 持たせるって言っても目を細めてみると、御玉が宙に浮いているようにも見えなくもないんだけど。

 それにレイのやつ勢いよくお湯を捨てるから、俺の体にかかりそうで普通に怖い。


 というかレイさん、多分そんなに毎分毎秒お湯を捨てる必要はないと思うんだけど?

 どんどん鍋の中のお湯が少なくなっている気がするんだけど。


「レイ、ステイ」


 一応声をかけてみるがレイは鍋の中にお玉を突っ込むことに真剣なようで、全く聞いてくれる気配が感じられない。

 しょうがない。これはこの作業をレイに任せた俺が悪い。


 その後お湯が減るたびにお湯を足すという全く無意味な作業をすることになったが、レイがそれを俺とのバトルか何かだと勘違いして、ますますお湯を捨てる勢いが激しくなってしまった。


 ……カレー作りって意外と大変なんだな。

 まだカレーにすらなっていないあたり、先はまだまだ長そうだ。

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