74話 料理は芸術だ! 個性だ! 爆発だ!
食堂にマスタードの匂いが充満している。
今日のとんでもメニューは『マスタードクリーム漬けチーズアウトハンバーグ』だ。
いやなんか字面的にはそこまで問題ないように見える。
見慣れないメニューだったけど、チーズインハンバーグみたいなもんだろうと頼んでしまった俺が悪い。
俺はまだこの食堂のあくどさをいまだに理解しきれていない、自分が悪かったと黄色が目立つハンバーグを目の間にして後悔している。
このハンバーグ、クリームがどうとかチーズインじゃないとかって以前に、マスタードが多い。
どのくらい多いかっていうと、他の料理食べててもマスタードの味がするくらいにおいがきつい。
クリームとチーズの味はおろかハンバーグ食感のマスタードを食べているみたいだ。
マスタードの匂いで鼻が刺激されて、半泣き状態で昼ご飯を食べている。
「先輩、楽しみですね!」
どん! という音にマスタードの匂いが追加される。
もう勘弁してくれ……。いや後輩よ。お前なら頼むと思ったよ。
俺ですら初見だから回避できずに頼んじゃったんだもん。
初見じゃなくてもとんでもメニューを好んで頼む後輩なら、間違いなく今日のハンバーグは外さないと思っていた。
もうなんかマスタードの匂いのせいで頭がボーっとしてきたぞ。
「先輩、聞いてますか?」
聞いてないよ。絶賛マスタードに頭の中浸食されてるよ。
俺以外の同じものを頼んでいる周りの人も、俺と似たような後悔やら絶望やらそういうネガティブ感情てんこ盛りの顔をしている。
お気持ちお察しします。
はあ。あまりのマスタード臭に現実からトリップしそうになったけど、ようやく後輩の話に耳を傾ける。
どうやら週末の俺の家に来る話をしているようだが、実に楽しそうに話している。
これ本当に俺の家来る必要あるの?
さて、この間は意図せずレイの誘いにのってしまって、結局掃除のその字も手に付けられなかったわけですけども。
ここで問題です。土曜日まであと何日猶予が残ってるでしょう。
「やっと金曜日ですからね! 明日が楽しみですね」
はい、後輩正解。10万ポイント。逆転優勝おめでとう。
……ええ、案の定そのあとも手を付けることはなく金曜日まで来てしまった。
実に予想通りの展開である。ここまで来ると逆に落ち着いてくるってもんだよね。
「ちゃんと綺麗にしといてくださいね?」
うるさいよ。的確に今の悩みごとの本質を突っついてくるんじゃないよ。
にやにやしてるのも腹が立つからせめて笑わずにいってくれる?
マイナス20万ポイントで失格にするよ。さっきから何のクイズ大会なのか知らないけど。
あー俺はなんてダメなやつなんだ。
マスタードで頭は回らないし、後輩は無意識に俺の現状をあおってくるし本当にやる気があってもやらない男である。
「何時?」
「なにがですか?」
俺の質問の意図を察してくれよ。
明日の話をしてるんだから、明日何時に来るのって話でしょうが。
会話の流れを察しようよ。
「あの。そんななんでわかんねえんだよ。みたいな目で見つめられても困るんですけど。唐突に時間を聞かれても何のことかわかりませんよ。先輩のことそこまで理解してないですし、するつもりもありません」
なんなの、俺のハートに剣を刺さなきゃ死ぬ呪いにでもかかってんのか。
そんなジト目をこっちにぶつけてくるんじゃないよ。俺が悪かったよ。ごめんて。
「先輩と話してたんですけど……ゴホッゴホ。あ、先輩は先輩でも先輩の先輩の方です。夕方くらいかなって。17時くらいにお邪魔しますね! ウエッ」
なんで俺には一言も相談がないわけ。もう決定事項で夕方ごはん時に邪魔しに来るつもりなのね。
あれだよね。めちゃくちゃ晩御飯をいただくつもりだよね? 君たち俺の家に何しに来るつもりなの。
友達の家に遊びに行くとかそういう関係じゃないんだからさ。もうちょっとわきまえるとかそういった俺に対する配慮はないわけ。
ないんだよね。知ってる。あったらこんなことになってないもんな。
ちょっとでもそんなことを考えた俺が悪かった。ほんとごめん。
というかハンバーグ食べて咳き込むんじゃないよ。
いや気持ちはわかるけど。ほんとマスタード強いよね。
食堂の作成者は一回食べた? ちゃんと食べてから提供しているのであれば、味覚が一般人とはちょっとずれちゃってるんだと思う。
その個性を社内に広めるんじゃなくて、自分の中で大事に隠しといてほしい。
「先輩、何がとは言いませんけど。期待、してますね」
晩飯を? 部屋の綺麗さを?
そんなニヤって感じで笑われても、何を求めてるのかわからんから別に俺はなんもしないぞ。
そういうことははっきり言ってくれないと。
結局その後後輩ににやにやとこちらを見られながら、俺は涙をたらたら流し、咳き込みながら昼休み終了ぎりぎりにハンバーグを食べ終える羽目になった。
後輩もにやつきながらもぼろぼろ涙を流していた。
こんなハンバーグ風マスタードなんて一生食べない。
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