72話 タイミングってもんがあるでしょうが!


「ただいまー……」


 疲れた。主に仕事以外の内容で疲れていて無駄な疲れに思えて仕方ないけど、とにかく疲れているのは一緒だ。


「さとる、おかえり」 


 今日も今日とてレイが俺の帰りを出迎えてくれる。

 俺の癒しはレイだけだよ……。


 レイにゾンビのような足取りで近づきながら、癒していただこうと抱き着くそぶりを見せる。


 するとレイは突然警戒したように俺から離れるように飛びのき、俺はそのまま地面に突っ伏した。

 まあレイが避けなくても結局レイの身体をすり抜けて同じ結末になっていたのだろうけど。


「おつかれ?」


 レイは冷たい床に突っ伏している俺の頬をつんつんとつつきながら、小首をかしげる。


 それは疑問形なのか、俺をねぎらってくれているのか。

 後者として受け取ろう。そういうことにしとけば俺は明日も頑張れる。


「ありがとう」

「?」


 俺はちゃんとお礼が言える男だ。

 お疲れ様とねぎらいの言葉をいただいたのだから、それに感謝を表するのは当然というものだろう。


 ……そろそろ頬をつつくのやめてもらってもいいかな。

 なんかレイの指が頬を貫通しているからか顔にすごい違和感があるし、絶対楽しんでるよね。

 俺と遊ぶのは大歓迎だけど俺で遊ぶのは勘弁していただきたいところだな。


 さて、こうしていつまでも床で寝転がっているわけにはいかない。

 今週末には客人が来る。しかも女性。しかも二人。


 ……なんだろう。本来であれば泣いて喜ぶほどに嬉しいイベントのはずなのに気乗りしないこの感じは。


 いや二人とも顔はいいんですよ。顔は。

 でも二人ともどっかねじが外れてるんじゃないかってくらい、たまに突拍子もない言動をする。


 後輩はまあ見てもらっての通りって感じで、先輩は見た目も中身も一見普通を装っているが、一回暴走すると理解できないことをし始める。


 会社の打ち合わせで使う予定の資料を突然全部シュレッダーにかけて、元データを完全消去するとか。

 しかもそれを真顔で実行して、開き直って上長にありのまま自分がやったことを報告するんだから、上長も苦笑いですよ。


 ほんと彼氏さんちゃんと先輩の心のケアをしてあげてくださいよ。


 こんなまともな人材は俺くらいの、変人だらけの取りまとめを任されている部長はさぞかし大変だろうと同情するが、部長も部長で大概なので何とかしようとは別に思わない。


 まあそんな二人が家にやってくるというのだから、正直不安しかない。

 それでも強引とはいえ家に招き入れることになったのだからそれ相応の準備はしなければならない。


 俺はのっそり立ち上がるとリビングへと足を運ぶ。


「……気が進まない」


 リビングの扉を開けた瞬間になんとか動かしていた足が止まる。


 なんだ、この惨状は。


 自分でもいうのもなんだが、俺は結構部屋の掃除はする方だ。

 だから一人暮らしだからと言って部屋がゴミ屋敷になっているとかそういうことはない。


 ちょっと片づけをすればいつでも人を呼べるくらいにはきれいにしている。

 まあいままでそれを実行する時はなかったんですけど。

 突発的なおうち訪問イベントどころか、突発的なお食事イベントすらなかったんですけど。


 ま、まあそれは置いといて、今のこのリビングの惨状はなんだ。

 ゴミ箱の中身を全部ひっくり返したかのようなゴミの散乱の仕方。


 ていうかひっくり返したよね。机の上にゴミ箱がさかさまになっておかれてるんだもん。

 完全にばらまいた後の確信犯だよね。


 しかもキッチンのシンク上では食器やら調理器具が踊りまわっている。

 これ以前どこかの誰かが同じことしてたよね。


 緩やかな寒気を放出して存在をアピールしているレイの方に体を向ける。

 いや緩やかな寒気って意味が分からないんだけど、なんというか凍てつくような鋭い寒さじゃなくて、じんわりと体の芯を冷やしていくようなそんな感じの寒気を出してるのよ。


 そして振り返れば謎のドヤ顔を浮かべている彼女の姿があった。

 しかも腰に手を当てて胸を張っていて誇らしげである。


 パーカー姿なのが悔やまれるけど、そんなポーズの取り方どこで覚えたんだか。

 マンガか?


「何事?」


「かたづけた」


 ふんすっと鼻息が聞こえそうなほどに鼻の穴を広げるレイ。可愛い顔が台無しである。


 ……いやそうじゃなくて、明らかに片付いてないよね。散らかしてますよね。

確かに洗い物に関しては以前も似たようなことがあったし、まだ教えてなかったから仕方ないのかもしれない。


 でもごみ捨てに関してはレクチャー済み。しかもレイはちゃんと袋にゴミを捨てることを覚えていた。


 つまりこれは確信犯である。


 現に俺がどれだけ真っ直ぐに見つめようが、ドヤ顔を崩さない彼女だが、視線が右往左往しすぎ。

 そんなんじゃ俺は騙せないぜ? というか冷気もだんだん強くなってるし、正直丸わかりなんだよなぁ。


「何か言いたいことは?」


「むしゃくしゃしてやった」


 反省はしてない……と。

 弁解の余地すらないじゃん。

 可愛い同居人だ。いつもなら大目に見るんだけど……どうしてよりによって今日なんですかねぇ。

 

 この後の片付けのことを考えると、どんどんと体は重くなり、重力に抵抗することなく俺はゴミの中に一旦寝転ぶことにした。

 ……思考放棄ではないよ?

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