63話 気まぐれと絶望は隣りあわせ
いない。いない。いない。
床をいくら眺めても、入り口の段差になっている部分を覗き込んでみても、果ては鏡と壁の少しだけ空いている隙間をのぞいてみても、レイの姿はどこにもなかった。
いったいいつからいなくなっていた?
最後にレイの姿を確認したのは、俺が立ち上がった時に不満そうな顔をこちらに見せていた時だ。
確かに今考えてみれば、俺がすっ転んだ時や店員さんが声をかけてきたとき、レイの気配を一切感じられなかった。
いつもならビビッて大量の冷気を放出してもおかしくないというのに。
それに俺が服を着終わった後も、レイからは何の反応がなかった。
いつもならすぐに気づきそうなそんな違和感に気づくことができなかった。
くそ、服に気を取られすぎていた!
気づかないうちにレイは試着室を出ていってしまったのだろうか。
でもそうだとしたらいったいどこに行くというのか……。
それに俺がもし見つけられなかったとしたら?
レイは俺以外に姿が見えない。そうなると迷子として案内されることもない。
もし俺が彼女のことを見つけられなかったら、ずっとこの店内を彷徨うことになるのか?
一人でずっと泣きながら俺のことを探し、広い店内を彷徨い歩くレイの姿……。
そんなことを想像してしまうといても経ってもいられなかった。
気づけば試着室のカーテンを勢い良く開け放ち、ユミクロの中を走り回る。
女性服売り場にレイの姿はない。男性服売り場にも子供服売り場にもどこにも彼女の姿は見えなかった。
すれ違いざまに通行人が俺の方に目を向けてぎょっとしたような反応を見せる。
きっとすごい顔になっているのだろう。不安で彼女を見つけられない恐怖に耐えながら必死になっているあられもない顔になっているに違いない。
でも他人のことなんて気にしている余裕はない。
「くそ、どこいった!」
ユミクロ内を見渡してもどこにも見当たらない。そうなるとやっぱり他の場所に行ってしまった可能性が高い。
荒ぶる呼吸をと問えながら一度立ち止まり、周りを見渡す。
すると入り口付近で紺色のパーカーを着ている影の薄そうな人物の姿が目に入った。
あれは……。
レイが最後に着ていた服は俺が手に持っていた文字入りの紺色のパーカーだ。
見間違いかもしれない。でも迷っている余裕はなかった。
「レイ!」
俺は相も変わらず不審者を見るような目線でこちらを見つめてくる他人を押しのけて、通路へと飛び出る。
そこには俺から背中を向けたレイの姿があった。
「よかった……」
「さとる?」
「九条……?」
レイが振り返り、首をかしげながら俺の名前を呼ぶ。
こっちはめちゃくちゃ心配したっていうのにきょとんとした顔しやがって……。
ん? 今レイ以外に俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気が……。
こちらをじっと見つめたままのレイの姿を視線から外し、俺はさらに奥の方に目を向ける。
そこには苦笑いで、でも鋭い視線で俺のことを突き刺すような目つきでこちらを見つめてくる会社の先輩の姿があった。
「鶴木さん……」
会社の周辺で一番大きいショッピングモール。
たまたま休日が被って、同じ会社に勤める人と遭遇することは特に珍しくもないのかもしれない。休日をつぶす手段なんてここくらいしかないし。
でも先輩は俺の顔を見て苦笑している。というよりもどう反応すればいいのか困っているような戸惑っているような、そんな表情に見える。
そして先輩の目線は俺の顔ではなくてなぜか体の方を凝視している。
いつもきりっとした表情で仕事をこなしている先輩のそんな顔は珍しいように思えた。
あ、でもなんかこの間食堂で犬猫戦争の話をしてた時も似たような顔をしてたかもしれないな……。
そこまで先輩の様子を観察して、よくわからない過去の回想を思い返してようやく思い出した。
自分が今どんな格好をしているかということに。
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