58話 ファッションセンスがないからって面白さで服を選ぶあたりが、モテな……なんでもないです
俺がいつも服を買う場所は決まっている。
庶民の味方ユミクロである。
安価でありながら、それなりの種類の服を置いている。
しかもいいのは男性専用だとか、女性専用とかそういった店ではなく、スペースに分けられてどちらの服も売っているところだ。
これで俺は女性用服専門店に男一人で訪れるという事態は回避できたわけだ。
まあプレゼント用だとかなんとか言えば、何とでもなるのかもしれないが、俺のコミュニケーションのうりょ……話術では、そこまで人を話せるかどうかも怪しい。
まあそんなことはさておき、ようやく目的地に辿りついたわけである。
服を買いに来るのも久しぶりだし、自分用の服も一応見ておくかな。
何を隠そう俺はファッションに一切のこだわりはない。
だがしかしお気に入りくらいはある。冬はパーカーしか着ないくらいにはパーカー愛好者だ。
ユミクロに足を踏み入れるや否やまっすぐと男性物のパーカーコーナーへと足を進める。
レイは周りが気になるのかふらふらとしているが、俺から離れるのも嫌なのかちょこちょこと俺の後ろをついてきている。
素直でかわいいもんだ。
秋に入ったから秋物はもちろん、早くも冬物の商品が並び始めている。
服屋ってさ、季節の移り変わりが早いよね。
夏中盤くらいに訪れるともう秋物が売り場を支配しているんだもんな。
夏休み終了日に慌てて宿題に手を付ける人の気持ちにもなってほしいもんだよ。
まあその分、夏物の服が安売りされているから悪い事ばかりではないんだけど。
大抵人気の商品は売り切れてしまっていて、微妙なデザインの服しか残されていない。
ファッションにこだわりはないが、見栄えは気にするのである。
まあ、年頃の男の子ですし?
「これとかよさそうだな」
パーカーに違いなんてないという人がいるかもしれない。
俺はあったことはないけど。
そんな人がもしいるのであれば俺ははっきりとノーの札を叩き付けたい。
パーカーと一言で言っても、その種類は多種多様である。
チャック付きのもの、頭からすっぽりかぶるもの。
はたまた手を突っ込ませることができる前ポケットがついているもの。
ズボンと同じように横ポケットがついているもの。
語り出したら実にきりがない。
パーカーだけでご飯三杯はいけてしまうのだ。
……ごめん、それはさすがにいいすぎた。
パーカーをおかずにご飯は食べられません。
俺はどこぞの建造物オタクとは違うからな。
あいつなら、東京タワーの写真があれば三杯といわず、三合くらいぺロリといってしまうんじゃなかろうか。
話はそれたが、そんな数多く存在するパーカーの中でも俺のお気に入りはチャックがついていない頭を通して着るやつで、なおかつ前ポケットがついているものである。
そしてワンポイント何かデザインが入っていれば最高である。
そう、今俺がこの手に持っているパーカーに書かれている白文字『There are no ghosts』とか、何書いてあるかわからないけど、なんかかっこいいじゃんね。
ちょっとネットで調べてみようか。
なになに……?『幽霊なんて存在しません』
……ますます気に入ってしまった。もう手に取ったパーカーを手放すなんて出来そうもない。
目を離すことすらできない。これはもはや恋と言っても過言ではない。
このパーカーを俺が着ているとか最高に矛盾していて皮肉が効いているんじゃかろうか。
レイの方に目を向けると、彼女は周りの風景に飽きてきたのか俺の方を見上げながら、ぷくーっと頬を膨らませている。
実に退屈そうだ。もうちょっと待ってくれ。俺の心は決まりつつあるから。
もしかしてこのパーカーに嫉妬でもしてるのか?
大丈夫、パーカーかレイのどちらかが崖から落ちそうになっていたら、迷うことなくレイを選ぶから安心してくれ。
まあ助けようと掴もうとしてもすり抜けて、逆に俺が落ちていってしまいそうだけど。
そもそもパーカーが崖から落ちるって何事だよ。
なにはともあれ、俺のところにはいつだってこのレイという幽霊がいる。
そんな俺がこのパーカーを着ていたら……うん、俺だけが面白い。
よし、買おう。誰かに言いふらしたいけど、自分の心の中にしまっておいて一人でほくそえんでおこう。
意外と早くお目当ての服が見つかった俺はいよいよ女性服売り場の方に足を進めることとする。
一着しか買わないのは、他にお気に入りのパーカーが見つからなかったからだ。
断じて思いのほかこのパーカーが高くて、予算がカツカツになっているとかそういうわけではない。
とりあえず、後で試着はしなくちゃな。
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