54話 コーヒーの苦みをおいしいと感じられる大人になりたかったです。

 え、黙ってみてたけどもしかしてコーヒーも飲むつもりなの?

 そうなると俺何も口にできないことになっちゃうんだけど。


 俺の心配などつゆ知らず、レイはどんどんコーヒーを口に近づける。

 そして一口口につけた瞬間、レイはカップを口から離しそのままの勢いでカップから手まで離してしまう。


 もちろん俺はそれを取り落すようなミスをしない。エアー食事を極めた俺ならば、飲むふりなど簡単なことだ。

 レイの動きをトレースしていた俺は、顔をしかめながら舌を突き出して膝の上で暴れる彼女をよそ目に、宙を舞っているカップを両手でキャッチする。


 少し中身がこぼれたけど、俺の手の上だからセーフ。

 さすがにちょっとレイを叱ろうかとも思ったけど、彼女は今それどころではない。

 きっとあまりの苦さにびっくりしたのだろう。いまだに俺の膝の上で暴れながら、しかめっ面をしている。


 俺が怒らなくても十分に苦しんでいるみたいだ。

 なんかコーヒーに苦しめられる幽霊ってなんか面白いな。


 しかしレイは子供だな。もちろん俺もブラックは飲めない。甘党だからな。

 だから注文の時に砂糖を入れてもらうようにお願いしている。

 それでもレイにはまだ早すぎたってことなんだろうな。


「あげる」


 あげるって元々俺が飲む予定だったんだけど……なんなら、パンケーキも俺がいただく予定だったんですけど……。


 レイは涙目ながらに俺の顔を見上げそう宣言した後に、俺の口元へと近づいていくコーヒーをまるで親の仇でも見るような目つきで睨みつけていた。


 いや、今回に限ってはレイの自業自得だからね? 世の中の食べ物すべて甘いと思ったら大間違いだよ?

 謎の優越感とほんの少しの困惑をスパイスに、俺は見事にキャッチしたコーヒーに口をつける。


「……!!?」 


 一口口に含んだ瞬間に、コーヒー豆特有の苦みが口の中全体に広がり鼻を突き抜ける。

 香りは完ぺきといっていいほど、いい匂いが鼻全体に広がる。


 まあ普段インスタントコーヒーですらあまり飲まない俺からしたら、違いが判るわけもないんだけど。

 だがしかし、これは苦い。苦すぎる!


 まるでブラックコーヒーかのような、インスタントのものよりもさらに感じる苦味が舌を刺激する。

 ……え、本当にこれ砂糖入ってる?


 顔をしかめながらコーヒーカップの中に納まっているコーヒーをじっと眺める。

 ……砂糖が入っていたとしても溶けているだろうから、ブラックか微糖かの違いなんて分かるわけないよな。


 急募、砂糖が入っているコーヒーと入っていないコーヒーの見分け方。

 そんなことを考えながらコーヒーを睨みつけていると、向こうから店員さんが真っ青な顔して走ってくるのが目に入った。


 あれって間違いなく俺の席にめがけてきているよな。

 ほら、レイさんとか警戒してか俺の膝から飛び降りて、椅子の後ろに隠れちゃったもん。

 めちゃくちゃ寒いし。


「すいません! 確か砂糖入りで注文されているお客様でしたよね!?」


「え、ええ、まあ、はい」


「すいません! 入れ忘れてしまったので、交換させていただけますか?」


「あ、わかりました」


 まくしたてるように、ほとんど一方的に話しかけてきた店員さんはそのまま俺が持っていたコーヒーをひったくるように持って行ってしまった。


 嵐のようだった……。レイなんて完全に怯えてしまっている。

 俺の震えが止まらない。


 別にまともに人と話したのが久しぶりだからとかではないからね。

 あくまで寒さのあまりふるえているだけだから。レイと一緒にしないでほしい。

 そういうことだ。


 その後店員さんが持ってきてくれたコーヒーはやっぱり苦かったけど、それでもさっきよりは明らかに甘く、ちゃんと飲むことができた。


 途中俺が飲んでいるから気になったのか、もう一度口に入れていたけど、やっぱり顔をしかめてラスボスを睨みつけるような視線でコーヒーを見つめていた。


 ま、まあ結果的にはレイよりも俺の舌の方が大人だったってことでいいよね!?

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