8話 プリン講義

 いろいろと言わなきゃいけないことはあったと思うけど、そんなことよりも今は目の前のこの子にプリンの食べ方を教えてあげるのが先決だ。

 なんか前にもこんなことなかったっけ?


「まずお皿とスプーンを用意します」


 女の子はおびえながらも俺が天高く掲げているプリンにその目はくぎ付けだ。

 どうやら奴も甘いもののとりこになってしまったようだ。

 甘党の世界へようこそ。


「次にお皿の上にプリンをこうやって乗せます」


 俺は説明口調で話しながら、プリンを逆さにしながら皿にのせる。


「……あ、蓋開けてなかった。おっちょこちょいだなあ、俺は」


 …………。

 ボケに対して一切の反応を示さない女の子。もはや俺の方すら見ていない。その視線はプリンしかとらえていない。


 大丈夫?人に興味を示さず動かないって、それは幽霊として大丈夫?

 やっぱり妄想か?


 俺は部屋の中の冷たい空気にむなしさを感じつつ、蓋を開けて再度プリンをさかさまにした状態で皿の上に置く。


「ここからが大事だぞ。よく見とけよ」


 俺は一呼吸置くと、プリンの底面にある飛び出した突起に手をやる。

 カチッという小さな音とともに突起部分を折るとそこに小さな穴が入り、プリン容器の中に空気が送り込まれる。


 そしてゆっくりとじわあっとプリンは底面から離れて皿の上に落下する。


 まずプッチンプリンのいいところその一。このかちってやる瞬間がちょっと気持ちいいんだよな。


 皿の上に完全に着陸したプリンを確認してゆっくりと容器を離す。

 皿の上で自由になったプリンがその全身をぷるぷると震わせていた。


 プッチンプリンのいいところその2。このぷるぷるに愛らしさと食欲を感じるんだよね。ビジュアルも完璧とかほんと何者って感じ。


 ふと女の子の方に目を向けると、初めて見るプリンの姿に驚いているのか目を輝かせながら、プリンの動きにつられるように左右に揺れていた。


 えーなんかかわいいんだが。幽霊だとしたら完全にアウトだろうが、女の子としてなら相当可愛い。

 幽霊にかわいさを覚えてる俺はやばいかもしれない。


「このぷるぷるを堪能したら、スプーンを手に取ります」


 俺はスプーンを手に取り、プリンを崩さないようにゆっくりと端っこにスプーンを差し込む。

 そしてカラメルとその下の部分を一気にとると、そのまま口に運んだ。


 ……んーー、うまい!

 口の中に広がる甘みとほのかに感じるカラメルの苦み。

 カラメルと本体を別々に食べる人もいるらしいけど、俺は断然一緒に食べる派だな。

 プリンのうまみはこの濃厚な甘さの中の苦みなのだ。


 プリンのいいところその3。最強にうまい。


「プッチンプリンっていうのはこうやって食べるのが一番だと俺は断言する。わかったか? あんな食べ方は俺の前ではするな」


 よくよく考えたらなんで俺はこの子にプリンの食べ方で長々と説教しているのだろうか。もっと他に言うことあるんじゃない?

 まあ今はプリンを食べるのが第一だが。


 しかし事件は起こる。


 俺が二口目のプリンをスプーンに乗せようとしていた時だった。

 一瞬だった。止めることもできず、目で追うことすら不可能。


 またもや目の前のプリンが消えていた。代わりに皿の上に乗っていたのは、俺がプッチンした後の空のプリン容器。


 恐る恐る体育座りしている目の前の女の子に目を向けると、案の定彼女はとろけそうな笑顔をこちらに見せながら、口をもきゅもきゅと動かしていた。


「俺三個のプリンのうち、0.1割しか食べてませんけど!? 俺が買ったプリンの3分の2.9割のプリンを食べるってどういうこと!? 返しなさい!」


 言っていることが意味不明だし、口の中に入れられたプリンを返されても困るのだが、俺は気づけば女の子のその膨らんだ頬に向かって両手を伸ばしていた。


 そこに恐怖は一切なかった。なぜなら必ずかの暴虐な幽霊かイマジナリーフレンドか何者かわからない彼女を、俺は止めなければならない。


 さすがに女の子も驚いたのか迫ってくる俺を見て、大きく目を見開くとその体は後ろへとのけぞる。


「あ、危ないぞ!」


 しかし机の後ろに支えなどない。しかも机はそこまで大きくない。

 彼女はバランスを崩して机から頭から落下しそうになる。


 俺はそれを助けようとさらに前のめりになり、同じくバランスを崩す。

 俺は彼女に突っ込む形で机へと突っ伏した。

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