6話 なんか見えちゃってるんですけど、これって妄想?
洗い物という名の事件現場の後始末を終えた俺は綺麗になったシンクを見て、謎の達成感を感じていた。
こう意味もないことをやり終えたときって、こう何とも言い難い達成感があるよな。そんな感じ。
まあこの洗い物は全く意味がなかったわけではない。あんな包丁が付きたてられた場所で食器を洗うなんてことはできないし、必要なことだったんだ。
俺があんなことを言わなければこの手間はなかったんだけど、そのことはもう忘れた。
そして俺は今回のことをある程度予想していた。
いやさすがにシンクが荒らされている……洗われているなんてことまでは想像していなかったけど、そういうことじゃなくてデザートの話。
同じミスを二度繰り返す俺ではない。
これでも職場では『そこそこできる男』として評価されているのだ。
濡れている手を拭きながら、何かに勝利したような勝ち誇った気分で冷蔵庫へと近づくと、二段目の段の基本的に野菜しか入れていない野菜室を開ける。
そう、この冷蔵庫は三段式なのだ。
一番上は開閉式の飲み物とかその他もろもろを入れられる便利室。三段目は冷凍室。
そして二段目は主に野菜を入れるのであろう引き出し式の野菜室。
一人暮らしをするときに実家から持ってきたお下がりの冷蔵庫。
昔から見慣れたものだし、こいつを見ると実家に帰ってきたような安心感がある。
……まあ野菜室とか言っておきながら野菜なんてほとんど入れたことないけどな!
今入っているのも2リットルの多種類のジュースがほとんどだし、そもそも男の一人暮らしでこの冷蔵庫は正直供給過多だと思うんだよな。
一人暮らしの男なんて野菜を使った料理なんてめったに食べないだろ?
少なくとも俺は食べない。コンビニ弁当最高。カップラーメン最強。
おや、一人暮らしの味方、もやしさんがいるではないか。
よかったな、野菜の帝王もやし様のおかげで野菜室のメンツは保たれたな。
……違う、俺はこんなことをしたいわけじゃないし、コンビニ弁当もカップラーメンも称えるために野菜室を開けたんじゃないんだよ。
ましてや別にもやしの袋を掲げてにやつきたいわけじゃないんだよ。
迷走する思考をリセットするために頭を掻きながら、取り出したもやしを速攻で野菜室へと戻す。
本命はこれだよ、これ。
俺は三個きれいに横長に並べられてラッピングされているそれを取り出す。
底面に固定された段ボールのような質感の紙にはでっかく『プッチンプリン! あなたもプッチンしてストレス発散!』とでかでかと蛍光色で書かれていた。
「さすがにこれには気づけなかったようだな」
ガタガタガタン! ばた……ガシャガシャ……!
俺のご褒美であるデザートを狙うなにかはこの冷蔵庫の一段目に甘くおいしい何かが入っていることは、前の一件で学んでいる。
一段目のチーズケーキはいわばフェイク。
二段目に入れておいたこの三個入りプリンが俺の大本命だったってわけだ。
おっと、チーズケーキも二段目の野菜室に入れとけばよかったんじゃないかって突っ込みはなしだぜ?
なぜなら俺は『そこそこできる男』の称号を持つもの。チーズケーキは食われるくらいがちょうどいいのだ。
……まあほんとは、この間買って寝ぼけてたのか単純にぼけてたのか謎に野菜室に入れてしまったプリンの存在を、洗い物しているときに思い出したってだけなんだけど。
そんな真実は俺しか知らないし、何ならこんな一人芝居までしてプリンもって勝った気になっていることも俺しか知らないし?
……なんかむなしくなってきた。
むなしくなって冷静になったら、すごく寒気がしてきた。めちゃくちゃ鳥肌立ってるんですけど、なにこれ?
突然襲い来るとてつもない寒気とともに背筋を震わせながら、腕に立っている鳥肌を眺める。
「……トイレ行ってから食べよ」
机の上にプリンを置くと、食器棚から小皿と小さいスプーンをセットする。
よし、準備は完璧。あとは自分の体調を整えるだけ。
待ってろよ!プリン!全員俺がおいしく平らげてやる!今の俺は甘味不足なんだ!
俺はいい感じに冷えているプリンを横目に見ながら、猛ダッシュでトイレへと向かった。
「ふいー……」
すっきりしたぜ。
いや、トイレの感想なんてどうでもいいんだ。
俺にはあのプリンたちを早く食べてあげないといけないという果たさねばならない使命がある。
気持ち足早に部屋へと戻ろうとするが、俺の家でトイレから部屋なんて徒歩三歩だ。
「……ん?」
俺はダイイングキッチンへと続く部屋の扉に手をかけて、ふと違和感を覚える。
なんか足元から異常なほどに冷たい風が流れてきてるし、部屋の中から気配がする……。
それはいつもこの部屋とは反対側にある物音が鳴り響く部屋から感じるような、それでいていつもよりも強い何かの気配。
「き、気のせいだろ」
俺は早くなる鼓動をごまかすように一人でひきつったように笑うと、何も気づかなかったふりをして、部屋へ続く扉を開け放った。
「…………は?」
とんでもない冷たさの空気を全身に浴びながら目の前で待ち構えていたのは、おいしそうに置かれたプリン——ではなく机の上で体育座りをして両手にそれぞれ一個ずつプリンを持っている女の子だった。
長い前髪の間から手に持ったプリンを興味深そうに眺めるそれは、俺のことに気づく気配がない。
そしてなにより、一番異常だったのは、その女の子の体が透けていることだった。
……え、なにこれ。俺の妄想?
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