4話 ぷっちんできないタイプのやつなのに、プッチンした

「疲れた……」

 

 トイレ立てこもり犯もとい一人寸劇を終えた俺は自室に入るとすぐそこにあるベッドに倒れこむ。


ふふふふふ……


「おお笑え笑え。さぞかし滑稽だろうよ」


 そういえば最近物音のほかに新しいレパートリーが増えた。

 今のような笑い声なのかすきま風の音なのか微妙なラインの音である。

 もちろん最初のころはそれはもうビビり倒していたが、最近はこれも慣れた。


 むしろ物音よりも慣れるのに時間はかからなかった。

 なんでだろうね。人間の神秘だね、永遠の謎だね。


 ベッドに倒れこんだ瞬間一気に疲れに襲われた俺の体は動きそうにない。

 このままでは何も食べずに眠ってしまいそうだ。せめて風呂には入らないと……。


「……そういえば」


 俺はあることを思い出して重い体を無理やり起き上がらせてベッドに座り込む。

 そういえば昨日プリン買ってたな。

 晩飯で案外腹いっぱいになったから食えなかったんだった。


「ご褒美だ。プリン食べよ」

 

 何を隠そう俺は甘党だ。その中でもプリンは大好物の部類に入る。

 昨日の俺はテンションが高く、コンビニで新発売されていたちょっとお高めのプリンを買っていたのだ。

 

 きっと今頃冷蔵庫の中でキンキンに冷えて俺に食べられるのを待っているに違いない。

 うん、プリンのことを考えたらなんか体が軽くなってきたぞ。

 やっぱりプリンは最強だな。


 肩を回しながら体が軽くなったことを実感すると、ベッドから降りてすぐ隣の部屋であるダイニングキッチンにある冷蔵庫へと向かう。

 自室に向かった時とは違い足取りは軽かった。


 ふふふふふ……


「プリン、プリン」


 昨日の俺からの思いがけないサプライズにテンションの上がった俺はプリンの鼻歌を歌いながら、冷蔵庫を開ける。

 開けた瞬間の冷気を顔面に浴びるとともに、俺は目の前の光景にくぎ付けになった。

 というか思考停止した。


「え、ないじゃん……」

 

 いや、正確にはある。プリンが入っていたであろう丸い空の容器が冷蔵庫の中でキンキンに冷えて、置かれていた。

 中身は空っぽでよっぽどきれいに食べたのかカラメルの一つさえついていなかった。


「え、俺食べた? うそ?」


 頭が混乱している。

 この冷蔵庫に入っているプリンは間違いなく俺が昨日買ったやつだ。蓋の上の値札に『444円』と書かれている。このぞろ目は間違いない。

 それにプリンの容器の横には袋が開けられていない付属のプラスプーンが置かれている。


 俺が食べたとしたとしてもまず、空の容器を冷蔵庫に入れたりしない。

 百歩譲って俺がぼけてて空の容器を冷蔵庫に入れたとしてもだ。

 俺はスプーンを使わずにプリンを食べるなんて、そんなことは絶対にしない。これは誓って絶対だ。


 つまりこのプリンを食べたのは俺じゃないということになる。

 じゃあ一体誰が……?


 ふふふふふ……


 家の中に突如響く笑い声。

 それはこれまでの風の音のようなか細い音ではなく、はっきりとした人の声だった。


 …………そういうことか。

 物音やら声やらをあげて存在を示してくる何か。

 いつの間にか一人暮らしの俺の家に居座わっている何か。


 考えたくもないが、きっと俺の家には何かいる。それはもはや否定しない。

 俺の家で俺がこのプリンを食べていないのであれば、残された選択肢は一つしかない。


 プッチン。


 理解した瞬間俺の中で何かが切れる音がした。

 そして気づくと足は先ほど笑い声がした、というか最近は頻繁に物音がしている奥の部屋へと向かっていた。

 

 幽霊だろうが泥棒だろうが、ホームレスが入り込んでいようが関係ない。

 プリンを食べた報いは受けなければならない。

 そもそも夜中にがたがた物音させているのにもいい加減腹が立っていたところだ。

 いい機会だ。一言言ってやる。そこに何がいたとしても一言言ってやる。


 大きく足音を立てながら一切使っていない余った部屋の扉を勢いよく開け放つ。

 扉を開けた瞬間、冷房もつけていないというのに部屋から冷たい空気が流れてくる。

 当然扉の向こうは電機はついておらず、部屋の中にはだれもいなかった。

 でも確実に何か気配を、こちらを見てくる視線を感じる。


 しかしそんなことは関係ない。

 俺は一度大きく息を吸い込むと口を開いた。


「からになった容器は冷蔵庫に戻すんじゃなくて、ちゃんとごみ箱に捨てろ!!」


 ……あれ、俺そんなことに怒ってたんだっけ? 違うよな?

 もっと言わなきゃいけないことがあったはずだ。

 いかんいかん、怒りで頭が真っ白になっていたようだ。

 

 俺は一度深呼吸すると再度口を開く。


「あと俺の金で飯を食うなら皿洗いぐらいしろ!」


 ……ん? 違うな、これもなんか違う。


「深夜にがたがたすると近所迷惑だから、静かにしろよ」


 そこまで言い切った俺は部屋の扉を閉める。

 あれ? 俺は結局何が言いたかったんだ?

 俺が言いたかったことってこんなことだったっけ?


ふふふふふ……


 扉のすぐ向こうからまたか細い音が聞こえてくる。

 ……まあすっきりしたからいいか。

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