監査委員の憂鬱~東多摩高校生徒会選挙闘争記~

竹槍

嵐の訪れ

「会長どうなんのかね」

 昼休み、生徒会室から机を運び出しながら、監査委員会副委員長である檜原樹ひのはらいつきが呟く。

「恭介が出るとも出ないとも言ってないからわからん。んで仮に出なかったらいよいよなり手がいない」

 机の反対側を掴む同委員会書記の佐川義人さがわよしとがそう応える。


 ここ都立東多摩高等学校は、毎年恒例の生徒会役員選挙を目前に控えていた。


 次期生徒会長と目されているのが現職の副会長である神永恭介かみながきょうすけであったが、立候補の受付が始まると言うのに、選挙への意向を明らかにしていなかった。


 役員選挙は毎年立候補者が少なく、対抗無しの信任投票が常態化しており、枠が埋まらず補欠選挙が行われる事もままある。


 選挙管理を担う監査委員会としてはそのような二度手間は避けたく、立候補者が来るよう願いながら生徒会室から椅子と机を借りてきて受付の設営を行っているという次第であった。


「おう、おつかれさん」

 二人が机と椅子を所定の位置に置いたところで、茶封筒の束と書類の入ったクリアファイルを持った男子生徒、監査委員会委員長、青木蓮あおきれんが現れる。


「必要書類はこっちの封筒に全部まとめて入ってる。あとは受付名簿と、委員への注意書き。それとサンプル。受付簿は届出書出してから名前書いて」

 クリアファイルからテキパキと書類を取り出し机の上に並べていく。


「了解。てかそこらへんの書類お前が管理すんだな」

「そーなんだよ。まさか委員長だからって書類全部丸投げされるとは思わなかった」

「適当だな。大橋先生」

「いくら監査初めてだからってもっと他にあるだろとは思う」


 そう忙しくもない仕事ゆえ、世間話を始める三人。しかし、直後に空気は一変した。


「おっ、やってんじゃーん」

「ほら、取って来いよ」


 真っ黒に日焼けした男子生徒二人組が現れるや、受付の監査委員達の表情が一気に硬くなった。

 佐川は笑顔を消して真顔になり、檜原は眉をひそめ、青木に至っては敵意を隠そうともせずに来客をめつけている。


「何しに来たんだよお前ら」

 佐川が不安をにじませながら尋ねる。


「そりゃ決まってんだろ立候補しに来たんだよ。馬鹿じゃねーの」

「おいおいそこら辺にしとけって俊也。ほら、監査委員だぞ」

「あ、そうだ。まだこいつらの方が偉いんだったわ」


「正気かお前ら?」

 案の定真摯さが微塵も感じられない言動に呆れた青木がそう言い放つが、二人組が動じる様子はない。


「あれえー? 未来の生徒会長にそういうこと言っていいのかなー?」

「まあまあ、今回は特別に許してやるよ」

「さすが渡辺会長! 心が広い!」

「つうことで書類ちょうだい」


「本気でやるの?」

 茶封筒を一つ手に取ったものの、やはり躊躇してそう尋ねる檜原。


「本気本気、俺らマジになってるから。渡してくれるよね?」

「取り敢えずこの中に立候補の届出書と広報の掲載文とポスター用紙とその注意書きが入ってる」

 返ってきたのはまったく信の置けない言葉だったが、受け渡しを拒否する訳にもいかず、檜原は渋々茶封筒を差し出し説明を始める。


「えーと、届出書は十一日の金曜までに自分の名前と推薦責任者の名前書いてここに持って来て。広報のやつとポスターは……」

「オーケーオーケー。完全に理解した」

 しかし、二人は茶封筒を受け取るやろくに話を聞こうともせずに立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと」

「ほっとけ」

 声を掛けようとした檜原を青木が手で制する。


「あれ? 本当にほっといていいの? もし俺らの書類に不備があって立候補できなくなったら責任取れんの?」

 しかし、彼らはそれに応じて踵を返し、そうからかう。


「ハハ、悪い事言わないから責任の意味くらい知っといた方がいいぞ。大丈夫か? 辞書引けるか?」

「は? お前喧嘩売ってんの?」

「あ、コイツ生徒会長に喧嘩売りやがった」

 青木が嘲笑混じりに放った皮肉の意味はよく理解できなかったが、馬鹿にされている事はわかったらしい二人。

「これはこれは失礼いたしました。お心の広い生徒会長がまさかこのようなことでお怒りになるとは思いもよりませんでしたもので」

 だが幾ら凄んでみせようと、口喧嘩では青木への勝ち目がない。


「おうお前よ、俺達に嫉妬して投票結果改竄したりとかすんじゃねえぞ」

「誰がするかそんな二度手間」

 台詞を吐き去って行く二人。


 それを見送りながら、監査委員達は顔を見合わせた。

「あれはダメだろ……」

「あれはな」

「ダメに決まってんだろ」


 それが彼らの総意であった。

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