ウンノナイオンナフタタビ
FUJIHIROSHI
1
ズンドコドコドコズンドコドコドコ、ピッ。アラームを止めた。これは、いつもの出かける時間をセットしたそれではなく、起きるためのものだ。
「あーー頭痛い。昨日飲み過ぎたな。これが世に言う二日酔いか? いつ帰って来たっけ? 学校……三限からだよな」
洗面所に向かう八千代の朝は、起きてすぐ歯を磨く。ベッド横のソファに座り、パンダのぬいぐるみを抱えて携帯をいじりながら歯を磨く。それがルーティンなのだが——
この女、
飲み過ぎたと言っていたが十九歳。しかも法学部だ。困ったもんである。
八千代はものごころがついた頃から、絡まれることが多かった。
いじめっ子、不良、酔っぱらい。
そういう事もあり、いつもアルバイトは長続きしない。
ちょうど一ヶ月前、弁護士事務所のバイトを自らの体重でふいにした時、痩せようと誓ったのだが、
身長百六十五センチ体重八十三キロ、千代田八千代完全体は今も健在だ。
「ん?」
歯を磨きながら、いつものようにソファに——座れない。ソファはすでに占領されていた。
毛布を腰から下に掛け、八千代のお気に入りのパンダのぬいぐるみを抱き、上半身裸で寝ている男に。
「ぶふぉおおーー」
八千代の口から歯磨き粉が噴出する。吹き矢のように飛んだ歯ブラシはパンダのひたいに突き刺さった。
恐ろしい肺活量。お前は忍者——
「うるさい! うるさいうるさい。このナレーターは、事あるごとにわたしをdisってるけど。楽しんでるんじゃないかしら。今はそれどころじゃないのよ」
男に免疫のない八千代は大パニックだ。おろおろしながら、洗面所と部屋を行ったり来たりしている。
「誰? 誰あれ? ガラガラガラッペッ。痴漢? 不審者? あれここ、わたしの部屋だよね〜??」
それは間違いない。あんな、南の島の民族が奏でそうなアラーム時計は他にはない。
ピロリロリロ、ピロリロリロ
男の携帯に着信だが、男は起きない。驚きつつ、八千代は画面を覗き込んだ。
「え?
着信は切れた。
「……穂……この男、真穂の知り合い? ん? うぉわわああああ!」
「うわっはい! はい?」
叫び声で男が飛び起きた。
「あああ、ま、真穂の、彼氏ちゃん? 彼氏ちゃんだよね」
「ん〜あ、はい。おはようございます。千代田さん」
ピーヒョロドコドコ、ピーヒョロドコドコ。
今度は八千代の携帯が鳴る。相手は真穂だ。
八千代は携帯を持ったまま硬直している。
「あ、マポリンからですかね? モーニングコール頼んでいたから」
「へ? モーニングコール? ……あ、ああー、そうだ。そうだったね」
八千代は完全に思い出したようだ。
昨日、『大学生ともなれば、酒に飲まれてはいけない!』と、八千代宅で飲酒の練習と称し、言い出しっぺの真穂とその彼氏の三人で飲んだのだ。
モーニングコールも頼み、念のため、八千代の目覚まし時計もかけた。
「も、もしもし、おはよう、真穂。うん。さっきの真穂からの電話で彼氏ちゃん起きてるよ。うん。かわるね」
瀬央に携帯を渡した八千代は安堵の表情で大きく息を吐いた。
「ん。おはようマポリン。大丈夫、ありがとう。また後でね〜」
この彼氏ちゃん、骨格はすらりと細身だが、先ほどまで出していた上半身を見る限り細マッチョと言うべきだろう。平たい顔に、そばかすと韓流ナチュラルマッシュがよく似合っている。おっとりとしたしゃべりも相まって、かわいい弟君系だ。
「あれ? この歯ブラシ……」
瀬央がパンダのひたいに刺さったそれを抜き言う
「僕、これ使って良いんですか?」
「駄目だわっっ」
こうして八千代の長い一日が始まる——
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