異世界転生しない理由~チート級能力あげるって言ってんじゃん!~

焼き立てパン

第1話 ワシがおかしいの?

異世界転生【名】


「ある世界の住人が死後に別の世界(異世界)で生まれ変わり、新しく人生をやり直すというもの。」(ニコニコ大百科)



ワシは神である。


かれこれ数億年は神として働いている。


だが今、ワシの担当する世界で平和が脅かされようとしている。


在住の生物では、これに対抗できそうにない。


一から救世主を創造していては間に合わない。


そこで、ワシは異世界の人間をここに転生させることを思いついた。




【鷲島魅音(わしじま みおん)】の場合




「異世界転生!?やりますやります!」


「おぉ、本当か。」


ワシが最初に呼び寄せたのは、地球という球体の世界の日本という国の人間だった。既に30年以上生きているおかげか、礼儀正しく、コミュニケーション能力も十分にある。日本人は文化的に異世界転生への理解が深い、というのもあったのかもしれない。いきなり呼び出したにも関わらず落ち着いた様子のこの人間は、概要を話すなりあっさり快諾してくれた。


「夢だったんです!」


「じゃあ、さっそく転生の準備をしようかのう。」


「あ、転生について色々伺いたいのですが、」


「あ、うん。転生先の話じゃな。」


ワシは話した。転生先の世界では魔王が世界征服を企んでおり、人間をはじめとした多種族への大量虐殺が始まりつつあることを。それはもうドラマチックに仰々しく語った。昨夜練習したかいもあって、最初から最後まで噛まずに言えた。


「なるほど、それで私はどんな能力を得ていくのでしょう。」


「ん?あぁ、もちろん転生したら魔法に武術に勉学にと、とにかくありとあらゆる加護を授けよう。」


「念のため、加護についての説明をお願いします。」


「なんじゃ、疑り深いのぉ……加護というのはいわば才能じゃの。


具体的には転生してすぐに全ての魔法が最大レベルで使えて、あらゆる武術を使いこなせて、高い知能を有しているといっていい。」


「ふむふむ、能力はチート級と。」


「他に質問はあるかの?」


「確認ですが、私は前世で死んだのですか?


たしか帰宅してすぐに眠ってしまったはずですが。」


「なんでそれで死ぬんじゃ?」


「え?」


「今は一時的に神話的領域に呼び出しているだけで、肉体は生きているぞ。」


「あぁ、なるほど。


あれ?じゃあ、もしかして、この話を断ることって?」


「もちろんできるぞ。ここでの記憶は無くなるがの。」


「……」


「安心せい、お主以外にも候補はいる。魔王が侵攻を始めるのもまだ先の話じゃ。」


「えぇ……なんだてっきり選ばれし民的な感じなのかと、まぁ、そう、はい……」


「うん?」


「いえ、別に。」


「他に質問はあるかの?」


「あとは……そうですね、まとめると私は前世の記憶と加護を持って赤ん坊に転生し、成長、それで魔王を倒せばいい、ってことですよね?」


「いや、赤ん坊にはならんぞ。」


「は?」


「赤ん坊になったら、異世界の民への影響が大きいのでな。向こうの世界でいう成人年齢15歳くらいで、新たに命を授かってもらう。」


「新たに命を授かるというのは?」


「いちいち確認するんじゃな……」


「社会人の基本です。」


「お主の15歳時の姿を参考に身体を作り、お主の魂を入れ込むんじゃ。」


「私の15歳時の姿……?」


「うん。」


「まだ化粧もしてないあの時期か……ニキビとか酷かったな……」


「他に質問はあるかの?」


「異世界の常識とかは理解できるのでしょうか。」


「異世界知識に関しては、一切ない状態で転生するの。じゃが、記憶力はかなり高まっておるから、学習には苦労しないと思うぞ。」


「学校とかに入学するイベはありますか?」


「イベ……?えっと、希望するなら魔術学校の生徒証くらい作るぞ。」


「お願いします。美青年います?」


「美青年……?そうだな、お主らの世界でいうイケメンがこの世界での通常じゃから、うん、いっぱいいるんじゃないかの。」


「おぉ……!」


「そろそろいいかの?」


「えっと、あと何かあったかな……あれ、待ってください。


イケメンが多いということはひょっとして、美少女も多いのでは?」


「もちろん、女性もみんな美しいぞ。」


「あの、その中で私の顔面偏差値は……」


「妙なことを聞くの?お主の現世での顔面偏差値が中の上といったところじゃから、異世界では下の上くらいかの。」


「下の上!?平均以下!?」


「まぁ、能力あるし大丈夫じゃって。」


「え?いやそういう問題じゃ……うーん、化粧すれば何とか?」


「いや、化粧といった高度な産物はない。」


「ないんですか!?それで美少女!?」


「文化的に、あと歴史のあれこれで、美しいものの方が次世代に遺伝子を残しやすかったのじゃ。」


「その世界で下の上は生きにくいのでは?」


「そうかもしれんな。でも、能力あるし。」


「恋愛競争なめないでください。」


「え、あ、はい。」


「チート能力はあるけど、周りは美少女美青年で恋愛弱者の世界。


チート能力はないけど、そこそこ可愛くて化粧の技術も衣食住職もある世界……」


「どうした?」


「あの、私も美少女になれませんか?」


「難しいことをいうのぉ。ワシ生物創造苦手なんじゃよ。」


「そこを何とか。」


「既存の人間を参考にすると同じ外見のものが複数存在することになるしの……」


「おぉ神よ!」


「神は細かい作業苦手なんじゃ!地球でいうブロブフィッシュみたいになってもいいのか?」


「……本当に神様なんですか?」


「お主らの地球神ほどじゃないぞ。」


「地球神、創造苦手なんですか?」


「うん、あやつが気合入れて作ったのネコとかイヌくらいじゃから。」


「それは何かわかりますね。」


「失敗作はほとんど深海に隠して居るけどな。ワシもよくやる。」


「なるほどすみません、帰ります。」


「帰る!?なんでじゃ急に!」


「いや大切なものを思い出しました」


「……大切なもの?」


「アイデンティティです。」


「えー、でもチィート能力なんじゃぞ?」


「チヤホヤされない異世界転生に意味を見出せません。」


「意思は固いようじゃの……わかった、帰りの準備をしよう。」


ワシの初めの異世界転生は、こうして開始10分足らずで終了した。


え、これワシが悪いのかの?


あやつが普通なの?


ふと疑問と不安が浮かんだが、すぐに打ち消す。


「大丈夫じゃ、他にも候補者はいる。次じゃ次!」


じゃが、これはワシが異世界転生を断られ、失敗し、反省してきたことの備忘録である。


ワシのこのほろ苦い最初の失敗は、その序章に過ぎないのであった。









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