願いを
宵闇(ヨイヤミ)
第1話
昔、多くの人々が願いを叶えたいがために我々を呼び出し、対価として何かを犠牲にしていた。
だが今ではそれもなく、我々の存在は架空のものとされ、呼び出す者も居なくなった。
薄暗い空には仲間や蝙蝠が飛び交う。
人間から呼び出されなくなって、一体どれほどの時が過ぎただろうか。何年、何十年、何百年、何千年という時が過ぎたのだろうか。
我々には寿命がない。
だから時間の感覚は人とは全く異なる。
人にとっての1日は、我々からしたら一時間のようなものだ。1年も我々からしてみれば、ほんのわずかな時間に過ぎない。
ガクッ…!
急な衝撃に、体が傾く。
どうやら揺れたのは今現在ワタシが居る、この場所だけのようだ。それは、はるか昔に人々が我々を呼び出す時に起こる、あの揺れそのものだった。
足元には魔法陣が浮かび上がり、光を放つ。
あぁ、なんと懐かしい光景か。
また人々は我々に頼ろうとしているのか。
人とは愚かだな。
まぁいいだろう。
その呼び掛けに応えよう。
静かに目を閉じる。
自分自身の体をあちらの世界へ移動させるというような感覚で、円の中に立つ。
目を開けると、そこは薄暗い場所だった。
そして1人の人間が居る。
「呼び出したのはオマエか?」
きっとこの貧弱そうな少年も、代償を差し出してでも叶えたい願いがあったに違いない。
「一つだけ願いを叶えよう。ただし、代償を頂く」
「願い……」
「さぁ、何でも言ってみろ」
どうせ金が欲しいだの、人を殺してくれだの、そんな自分勝手な願いだろうな。
欲望を満たしたいだけだ。
少年は考え、願いを決めたようだ。
迷いながらも恐る恐るこちらに目を向ける。
「一度、たったの一度でいいから……いい子だと、言って欲しい………お前は要らぬ子などでは無いのだと……」
「……」
この少年は、ワタシを呼び出して、そんな事を願うのか?何でも願いが叶うというのに、そんな事を?一体この少年には何があったというのだろうか。どんなことがあれば、こんな事を願う子に育つというのだ。
何、少し覗いてやろうではないか。
少年の頭の中を覗く。
何故そう考えるのか、それを引っ張り出す。
___________________
俺の家庭は散々だった。
アル中の父親、薬をやってるようにしか見えない母親、ほぼ育児放棄されてた俺。
そんな家庭で育った。
ただ孕んだから産んだだけだと、俺は母親に、父親に、そう言われた。
愛など何処にも無かったんだ。
だから暴力なんて日常茶飯事さ。助けを求めたところで、誰一人として手を差し伸べてくれる人はいなかった。ずっと、1人だった。
だから本当は今日一日、俺の生まれ育ったこの街を散策したら死ぬつもりだったんだ。
あるか分からない来世に期待して、新しい人生で生きていきたいと思った。
___________________
この少年は、見た目は青年かもしれないが、中身がまだまだ幼いようだ。それにしても酷い親だな。こんな少年を、そんなに酷く扱うとは……
許し難い……
なんと可哀想な少年なのだろう
こんな親達に育てさせるくらいなら……
いっそワタシが……
あぁ、そうか
それを願わせればいいんだ
簡単なことじゃあないか
そうだ、そうしよう
もう代償など要らぬ
この少年をワタシの子として育ててしまおう
少年が顔を上げ、こちらを向く。
「新しい人生を望むか…?オマエは悪くない。酷い親元に生まれてしまった可哀想な子だ」
少年は驚いた表情を見せる。
目は口ほどに物を言う、というが、これがまさにそれなのかもしれない。口は半開きで、目は大きく見開かれている。
表情が驚きを表しているのだ。
きっと、何故その言葉が出たんだ、とでも思っているのだろう。この少年思っていたそれを見聞きしない限りこの言葉は出まい。
「心を、考えを、想像を、見ることが出来る」
「…!?」
まだ少し驚いた表情を残しつつ、少年は何かを考える顔をし始めた。きっと彼なりの答えを出そうとしているのだろう。
ただ彼は来世を信じているらしい。
そんなもの、存在しはしないというのに……
「オマエ、死んでも来世なんてない。だから新しい人生が欲しいというのなら、願え。ワタシの元へ来ると、そう言え」
「……は?な、何言ってるんだ…?」
「そのような親元に居て死ぬのならこちらへ来い」
それがこの少年の為であると思ったのだ。
この方が彼にとっても幸せだろう。
いや、本当は自分のためなのかもしれない。
独り立ちした子等と会話が減った夫婦間に、そろそろ飽きがきてしまっていたのだろう。
だがそれこそ悪魔と言えよう。
所詮我々も、欲に飢えた獣のようなものだ。
少年を見つめる。
そして少年も見返す。
そして口を開く。
「俺は、お前の……あなたの元へ、行きたい」
「あぁ、そうだ…それでいいのだ……」
少年の口からその言葉が出てくれてよかった。
この子を今よりも幸せに出来るだろう。
いや、絶対にしてみせる。
少年の目からは涙が零れ落ちていた。
頬を伝い地を濡らす。
今では少年は、本当の家族同然だ。
家庭には昔のような明るさが戻り、毎日が楽しい。
さぁ、オマエの願いは何だ。
代償を差し出せ。
さすればどんな願いも叶えようぞ____
願いを 宵闇(ヨイヤミ) @zero1121
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