第23話 アジト②

 休憩の後、俺達は例の見張りが立っていると思われる木の近くまでやってきた。ここまでは、見つからないように木の下を通って移動してきたし、相手にまだ動きがないのでバレてはいないようだ。

 

「いました。あそこですね。結構高い位置にいますが、睡眠の魔法は届きそうですか?」

 

 対象の位置を把握したブルックリンが聞いてきた。今回の作戦は、相手を眠らせて無効化しようということになった。

 

「魔法は届きますが、あの高さから落ちると助かりませんわよ?」

「それなら、俺が風魔法でそいつを受け止めよう。それよりも、周りに他の生命反応はないよね?」

 

 ブルックリンに確認すると、反応なしとのことだった。

 目で合図を送ると、すぐに魔法をモニカが詠唱し始めた。

 それに合わせるように、俺も風魔法の準備を始めた。

 木の上にいる盗賊の見張りと思われる人物に、睡眠の魔法がかけられた。

 その直後、相手の体がグラリと傾いたかと思うと、気を失ったかのように枝から地面に向かって落ちて行った。

 それを俺の風魔法が静かに受け止める。

 どうやら上手く行ったようだ。相手に怪我もなく、音もなく、作戦は完了した。

 ギルがロープでグルグル巻きにして、先程の休憩場所へと帰って行った。

 

「ご無事でしたか。それが例の盗賊ですね」

 

 ギルから盗賊を受け取った兵長は他の騎士と共に持ち物などを調べていた。

 

「どうも盗賊にしては身なりがいいですね」

「そうなのですか?」

 

 俺達は初めて盗賊を見たので、普段良く見る盗賊がどのような身なりをしているのかは分からない。ここは専門家の意見をしっかりと聞いておくべきだろう。

 

「はい。まず、きれい過ぎます。いくら近くに湖があるとはいえ、ここまできれいな盗賊はいないですね。これほどまで身なりを整えられるなら、町でも十分に働くことができますからね」

 

 なるほど、わざわざ危険な賊になど、なる必要はないか。うんうんと他のメンバーも頷いた。

 

「次に装備ですね。これを見て下さい。こいつが持っていたものです」

 

 そこには、双眼鏡にナイフ、弓矢、ショートソードに食料まであった。

 他には口元が寂しくないように、タバコの代わりに噛むミントまであった。

 

「なかなか立派な装備じゃないですか」

 

 ギルが感慨深そうに言った。騎士団で見習いとして従事することもあるギルは、その装備の良さに感心している。

 

「ということは、ただの盗賊ではないと?」

「ええ。ただの盗賊ではないでしょうね。他の盗賊をカモフラージュに、何か良からぬ組織がこの国に入り込んでいるのかも知れません」

 

 兵長のその言葉に、周囲は水を打ったかのように静まり返った。

 事は慎重に、確実に行わなければならない。俺達の間に緊張感が走った。

 目を覚ました盗賊の尋問は速やかに行われた。すでに救援要請は済ませてあり、追加の人員が来るのも時間の問題だ。

 俺達はその間にできるだけ慎重に敵のアジトへと近づき、警備の配置と、入り口、出口の確認を急いだ。

 俺達が諸々の調査を済ませて陣営に戻ると、すでに盗賊は口を割っていたようだった。どのようにして口を割らせたのかは、敢えて聞かなかった。

 

「調査の資料は騎士に渡しておいたよ。それで、何か分かったことは?」

「はい。実は……」

 

 兵長から語られたのは、あの盗賊達はとある組織に雇われた盗賊だったらしい。

 賊はその組織についての正確な情報を持っていなかったのだが、雇われた組織の名前は知っていた。

 組織名はグリード。

 この名前を聞いたとき、モニカがハッと息を飲んだのを、俺は見逃さなかった。多分、俺じゃないと気がつかなかっただろう。それほど一瞬の変化だった。

 グリードという名前は暗殺者の集団組織として、すべての国に知れ渡っていた。そのため、グリードの名前を聞いただけで、おおよそのことを知ることができた。

 国際手配されている組織が、その拠点を俺の国に作ろうとしていたのだ。許される行為ではない。

 手配していた援軍が到着し、俺達が作った地下通路の見取り図を作戦卓の上に開き、作戦会議が行われた。

 地下通路の出入り口が明らかになっているため、取り逃しの可能性はまずないだろう。仮に逃したとしても、生命感知魔法でどこまでも追いかけることができる。そのための森の中を駆ける専用の馬も用意してあった。

 見張りが帰って来ないことに相手も気がついているだろう。逃げられる前に一網打尽にすべく、早々に俺達は動き出した。

 日が暮れて、闇夜に紛れ混まれると厄介だ。そのため、作戦はまだ日のあるうちに決行された。

 まずはモニカができるだけ広範囲に睡眠の魔法を放った。

 範囲が広くなった分、効果が弱くなり、完全に眠らせることはできなくなったが、それでも奴らの思考能力を低下させることはできる。

 魔法が放たれたのを確認した騎士団は、隠れていた場所から一斉に飛び出し、賊のアジトの一番大きな入り口に向かって行った。

 一方の小さな入り口の前では、別動隊の騎士達がその入り口から賊が出てくるのを待ち構えていた。

 事前に相手側の思考能力を奪っておいたおかげで、賊達はまともな戦いもできないまま、作戦は速やかに完了した。

 数人ほど魔法が効いていなかった人がいたようだが、屈強な騎士の相手になるはずもなく、全員がお縄についた。

 アジト内部に隠れていた者も、生命感知魔法によってあえなく捕らえられた。

 最後にモニカとブルックによって隅々まで生命感知魔法による確認が行われ、作戦は終了した。

 アジトにあった証拠品などから、奴らの素性が知れるのも時間の問題だろう。


 

「皆、良くやってくれた。今もまだ調査中ではあるが、全貌が明らかになる日もそう遠くはないだろう。グリードが消滅すれば、近隣諸国も安心できるようになる。今よりもさらに交流が進むはずた」

 

 我が国は流通の要に位置しており、交易が盛んになれば、それだけで利益が大きくなるのだ。国王陛下が喜ぶのも無理はない。

 

「それにしても、まさか生命感知魔法を完成させているとは、驚いたぞ。噂では聞いていたが、近くならまだしも、遠くまで感知するには並外れた魔法のコントロール力が必要不可欠だという話だったのに。いやはや、二人には驚かされる」

「勿体無いお言葉です」

 

 代表してブルックリンが謝辞を述べた。モニカも殊勝に頭を下げていたが、その表情をうかがい知ることはできなかった。

 暗殺者集団グリードは、俺達が撲滅したアジトからの押収品や、捕らえた構成メンバーからの尋問によって得られた情報などから、数ヶ月後には完全に消滅することになった。

 我が国は国際的な驚異を打ち滅ぼした国として、広く知れ渡ることになった。


 

 そんなある日。

 いつもの庭の、いつもの場所で。

 俺は気になっていたことをモニカに聞いた。

 

「モニカ、もしかして、将来、グリードを使う予定があったのかな?」

「ななな、何でそれを?」

 

 明らかな動揺を見せるモニカ。隠し事ができない可愛いモニカの腰を抱きながら、俺は続けた。

 

「やっぱりね。そうじゃないかと思ったんだよ。でも残念。暗殺者集団はなくなった。これでモニカが犯罪に手を染めることはできなくなったね」

 

 モニカをさらに引き寄せながら言った。


「どうして……?」

「どうして?」

「どうして私が犯罪に手を染めるようなことをすると思ったのですか?」


 モニカの青い双眸がこちらを静かに見つめていた。

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