歌姫と彗星カラス

ハルカ

第一章 開幕

01.歌姫と流星雨

 夜の闇に、青白い光がゆらりと滲んだ。


 流氷のような寒色が、みるみるうちに夜空を呑み込んでゆく。すべてが青白く照らされると、今度は端から押し返すように燃える恒星の色へと変化してゆく。空一面がまばゆい光に覆われると、今度はあざやかな薔薇色のベールが世界を包んでゆく。


 色彩豊かに変化する光の中心に、一人の少女が立っていた。


 まだあどけなさの残る顔つきと人形のようなほっそりとした体つきをしているが、その立ち振る舞いは堂々としている。

 足首までまっすぐに伸びた髪が風になびいている。オーロラを思わせるその色は、彼女が今は亡き惑星の出身であることを物語っていた。


 歌姫、フィオン・フィオナ・フェクタ。

 宇宙で彼女の名を知らぬ者はいないと言われるほどの歌い手である。

 彼女の細いのどが震え、やわらかなくちびるがメロディを紡ぐ。

 美しい歌声は大気を揺るがし、夜空の闇を七色に染める。

 

 彼女が手を叩けば、恒星がまたたく。

 彼女が息継ぎをすれば、星雲がゆらめく。

 彼女がハミングをすれば、銀河に虹がかかる。

 その様子を見た誰もが、こう思うだろう。

 ――歌姫は光の粒子にさえ愛されているのだ、と。



 ♪ ああ、今年も野に花が咲くよ

   あの白い花は あなたの笑顔のよう

   夢の中で あなたは優しく微笑んでいる

   花を抱くように あなたの手を取りたい


   ほら、波が寄せては引いてゆく

   穏やかな曲線は あなたの髪のよう

   夢の中で 繰り返しその名を呼んでいる

   波のように あなたをさらってしまいたい


   ねえ、あのさえずりが聞こえる?

   美しい鳴き声は あなたの歌声のよう

   やわらかな唇から こぼれる優しい声

   鳥たちのように この想いを伝えられたら


   そう、僕はいつも夜空を見上げる

   星のまたたきは あなたの瞳を彩る輝き

   星に祈りを 会いたい ただ会いたい

   その瞳に 僕の姿を映すことができたら


   空へ向かって 手を差し出す

   祈るように 焦がれるように


   この宇宙のどこかに あなたがいる

   この手がもどかしく 宙をさまよう


   ああ、今年も花が咲く



 歌姫は、宇宙へ向かってその両手を差し伸べる。

 それに呼応するように、夜空の星たちが万華鏡のごとく様相を変えた。

 その輝きは流星雨を彷彿とさせた。

 その途端、ゆるやかに流れていた歌声が止まった。


 あたりはしんとし、星は息をひそめて輝きを曇らせる。空を覆っていた光がゆっくりと消えてゆき、夜の闇が戻ってくる。

 すっかり光が消え去ると、歌姫は力が抜けたように座り込んでしまった。

 暗闇の中にひとりきりで取り残されたかのように、彼女はただ呆然としている。

 虚空を見つめるその瞳からは、とめどなく涙があふれていた。

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