最強社畜とスーパーニートの転生論

無理

第1話 転生したら始めからハードモードだった。

熱い。喉が焼けるように熱い。

ヒュー…ヒュー…

喉からはもうかすれたような音しか出ていない上、館の中は火の海。僕の顔も煤に塗れて、メラメラと言う音が聞こえていた。

(お母様とお父様は大丈夫だろうか)

ボーッとしてきた頭の隅でそんなことを考える。お父様はとっても強いから、きっとお母様を連れて逃げているだろう。

(サニー)

ハッとした。今までどうして忘れていたのかわからないけど、サニーは来週剣の試験がある。今怪我をしたら大変だ。

「サ、ニー」

かすれて小さいけど、少しだけ声が出た。足と腕に力を入れて床を這って進む。壁の絵が降ってきたり、シャンデリアが落ちてきたけど少しずつ避けながら進んだ。

(サニーだけは、ダメだ。僕はお兄ちゃんなんだから。)

双子で優しくて可愛い僕の弟、サニー。

守らなきゃと言う思いだけで、僕はとうとうサニーの部屋の前へ来た。もちろん扉は燃え盛っている。

「サニー」

ゆっくりと言うとさっきよりは聞きやすい声が出た。ガランと扉が横に崩れる。その向こう側に、見覚えのあるオレンジと赤の髪の毛が倒れているのが見えた。

けれど、そこまでだった。目がかすみゆっくりと倒れていく。上からガラガラと音がして僕の視界は真っ黒に染まった。





16世紀『シャナトリア王国』。魔物と魔法が蔓延る、豊かなこの国の中でも西の端に、『ロウシェ』という街があった。その小さな街を収めるのは優しい貴族の一族、キルト家の代表ガーナ・キルトとその妻マリア・キルト。二人には息子がいた。雨のように慈悲深く冷静な双子の兄レイニー・キルトと太陽のように明るく快活な双子の弟サニー・キルト。レイニーとサニーは双子なのに似ておらず、レイニーは漆黒の艶やかな髪なのに対してサニーは鮮やかなオレンジに赤いメッシュが入ったような髪だった。顔も性格も似てない上、背はレイニーの方が頭ひとつほど高い。けれど二人は仲が良かった。また、二人はそれぞれに魔道士と剣士としての力もあり、他の子供より頭ひとつ飛び抜けていた。こうしてサニーは剣を振り、レイニーは魔法でそれを助け、二人は力強く生きていく…

そのはずが。



「思い出してしまった。

俺もアイツも。



それも、すべてを失ったその日に。」




俺の前世は社畜だった。セクハラは男だったのでなかったが、パワハラモラハラアルハラなどなど。サービス残業休日出勤当たり前。社訓は、あーあれだ。確か「死ぬまで働く」とかだ。多分。そんなガチガチのブラック企業で、俺はハゲかデブか(またはその両方か)しかいない上司と目は死んでいるがなんとかギリギリ生きている同僚や先輩と励ましあいながら毎日を過ごしていた。

その日は最終メンテナンスの日で、上司から次々とやってくるミスの尻拭いや後片付けで俺はもう5徹目だった。10年付き合いの相棒であるゼリー飲料を流し込みひたすらにパソコンと睨めっこしては打ち込んでいく。終わったのは5徹が6徹になるかならないかの瀬戸際だったので、俺は隣席の同僚と息を吐いた。

「お、終わった…」

「お疲れ…」

その言葉を残してペシャッと机に突っ伏した同僚を置いておき、体をほぐす。

(あー、なんか甘いもの食べたいな。コンビニ行くか。)

決めたら一直線で、くたびれた財布を手に小銭を数えながら会社を出た。上司はちゃっかり定時で帰りやがったから咎める相手はいない。

(プリンもいいけど、新作のロールケーキもいいな。でも新作っていつのだっけ。まだあるか?)

そんなことをボーッと考えているとパッと目の前の信号が青になる。時間が時間だからか、人は少なく歩いているのは俺と目の前のオレンジ髪に赤いメッシュの入った若い男だけだった。何故か親近感を感じてすれ違い様にペコリと頭を下げる。少し驚いた様子だったがそいつも頭を軽く下げたその時だった。

パパーーーーッッ

クラクションと光、そして体が軋む音。かろうじて目に入った車の中には運転の男と男の体に手を回す女がこちらを凝視しているのが見えた。だがしかし、すぐに視界から消え俺の体は地面に叩きつけられる。当たりどころが悪かったのか口から血が吹き出した。車はそのまま歩道のガードレールに追突して炎上する。爆発音が響いた。ふと物凄い激痛が俺の全身に走った。割れたガラスの破片がこちらまで飛んできたんだろう。手や足が焼けつくような痛みで動けなくなる。燃える炎だけが目に焼き付くように残っていた。

その後やってきた救急車で運ばれた俺は、3時間病院をたらい回しにされ、5時間後に死んだ。



死んだ感想を聞かせてやろう。


…めっっっっちゃ痛かった。


よく考えてみろ。救急車に乗るまで俺は一度も気を失えなかった。担架に乗せられる時ももう

「動かすな!動かすとそこのガラスが食い込んで。あっ、ちょっと、そこは、

アーーーーーーッ(激痛)」

状態だ。声は出なかったが。

目が見えてるのも悪かった。膝が曲がっちゃいけない方向にぶっちぎれてるのとか、正直みたくなかった。そして救急車で超しみる消毒液による追い討ちを受けている間、自分の体の状態を読み上げられていくのも地獄だった。

「意識はありますが、出血多いです!」

「早く膝固定するよ!」

「内臓破裂の恐れありです!血、止まりません!」

「えー、両肘骨折、肋骨は5本粉砕骨折、切り傷が56箇所、骨盤におそらくヒビ有り。あと手の10本中8本の爪がないですね。」

まぁ、確認として必要なのだから仕方がないとは思う。だが最後の奴、テメェは許さん。淡々と説明しやがって。そのせいで知りたくなかった部分まで痛くなってくるからいっそのこと気絶したかった。

こんな感じのまま、やっと死ねたのが5時間後だ。死ぬ瞬間もめちゃくちゃ怖かった。



そして俺は今、物凄いフカフカのベットで鈍く痛む頭を抑えている。

(転生って天国か地獄で過ごしてからなるもんじゃなかったのか?いや、女神か神にあったからだっけ。少なくとも前世で読んでた転生モノの小説だとチートだった筈だけど。ということは、もしかして俺チート?)

『レイニー』としての記憶と前世の『社畜』としての記憶が混ざっていてグラグラするが、なんとか体を起こして手鏡を見る。黒い髪に黒い目は変わっていないが、顔は年より若干大人びている。

(老け顔は前世からだったが、そこまで再現するか。)

髪は少し焦げているが長いままだ。サニーが

「兄さんの長い髪が好き」

と言ったから伸ばしていた。

そこまで考えていると、ガチャリとドアが開く。

「坊ちゃぁぁん!」

驚いてみると俺とサニーの執事であるトロイメライが飛び上がっていた。白い髭を物ともせず涙で床に大きな水たまりを作っている。

「レイニー坊ちゃん、よくぞご無事で。このトロイメライ感激の至りでございますぅ。」

トロイメライは俺たちが生まれる前から居る古参で60越えの使用人リーダーだ。おいおいと泣き止まないトロイメライに焦って声をかけようとした時、ふとある事に気がついてしまった。

「しかし坊ちゃん、おいたわしゅうございます。坊ちゃんの喉は、煙の影響で…」

そこまで言ってぐっと声を詰まらせるトロイメライ。俺はパクパクと口を動かし息を吐き出すが出てきたのは

「シュー、ヒュー」

という呼吸音のみ。声は、出なかった。

(マジかよ!?)

「また、サニー坊ちゃんは…」

その言葉を聞いた瞬間、俺は部屋から飛び出した。屋敷を駆け抜けてそいつを探す。

俺の可愛い弟で、見覚えのあるオレンジの髪に赤いメッシュ


これが本当に俺の知っている転生系だとしたら。

そしてそいつが、俺と同じく思い出していたのなら。

俺と同じ、『転生者』だとしたら。


7回目に開けた扉の先にそいつはいた。しかし、そいつの顔は、いや『目』には

「レイニー様!?サニー様はまだ」

「レイ、ニー?」

そいつの目には包帯が巻かれて赤い血が滲んでいる。

『サニー坊ちゃんは、目が潰れておりもう治ることはないそうでございます。』

(この転生、ハードモードかよ。)








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