第5話

 上りの西武池袋線。

 俺はなんとも言えない気持ちで最終電車に揺られていたのだった。

 突然隣に座ったのがいる。

 例の、痩せたスズメみたいな女の子だった。

「乗ってたのか」

「あの後どうなった?」

「お巡りさんが来て、たいへんだった。俺が手を出してないのを見ていてくれたんで、助かった。そうでなけりゃ、いまごろ、事情聴取だよ」

「あはは」

「あははじゃないよ。どうなってるんだ」

痴話話ちわばなしよ」

「それは聞かなくても判る」

 電車は池袋に着き、俺はJRの駅に急いだ。

 スズメも着いてくる。

 彼女は目白のはずだ。

 退ける理由もないので、一緒に歩いた。

 目白の少し手前で、

「ねえ、目白で降りない?」

「俺は馬場だよ」

「判ってる」

「お酒、飲まない?」

「目白に知ってるところはない」

「ウチよ」

「君んち?」

「そう、あたしんち」

「俺、帰れなくなるよ?」

「その時はその時じゃない」

 目白で降りた。


 彼女の家に行く前に、彼女が行きつけだという、学園祭の出店みたいな《ロック・バー》に寄った。

 ブルース寄りの店だったが、俺の趣味も聞き入れてくれて、ダムドやストラングラーズ、そしてイギー・ポップなどの、手持ちのものもかけてくれた。

 ラムを飲んで、いい気分になった。

 時刻はとうに二時を回っていた。

 スズメのような彼女について、いくつかのことが判った。

 九州某県の開業医の娘で、根本的には経済的に不自由していないこと。

 今はかりそめの自由を約束されているが、故郷に、親の決めた、気持ちの沿わない《いいなづけ》がいること。

 東京で《女優として成功すれば》自由だが、それがならないあかつきには、故郷に戻ってそのいいなづけと結婚する約束になっていること、などなどだ。


 俺は酔ったのをいいことに、彼女に言った。

「今日の俺のねぐらはどうなるの? ここを払ったら、タクシーなんて乗れないぜ」

「歩いて帰れるでしょう?」

「ひでえな」

「ハハハ」


 俺たちは、けっこうな距離を歩いて、彼女のアパートについた。

 ボロくて狭い部屋だった。

 俺たちは、せんべい布団の上で抱き合った。

 彼女は、月のものの真っ最中で、俺はひるんだが、彼女が求めるので、そうした。

 タオルも何も敷かなかったので、シーツも掛け布団も血まみれになった。

 もちろん、俺のいちもつも。

 あれの最中の彼女のあそこは、まえにやったほど滑らかではなかったが、その分摩擦が多くて、俺はイッた。

 さらに求められて、何度もやった。


 目が覚めると彼女はいなかった。

 学校か稽古に行ったらしい。

 俺は喉が渇いて、彼女の小さな冷蔵庫を探った。

 食い残しの食料や梅干しのようなものが収まったタッパー以外、何もなかった。

 しょうがなく小さい流しの蛇口に口をつけようとしたとき、みかんが目に入った。

 季節外れの冬みかんで、緑色がかっていた。

 小さな段ボールに、十個くらいあった。

 俺はたちまち皮を剥き、三つ頂戴した。

 喉の渇きが癒えた。

 観察すると、彼女の部屋は実に殺風景だったが、壁のそこかしこに芝居のチラシが貼ってあった。

 書棚はありきたりの陳腐なもので、お約束の《スタニスラフスキー理論》の本もあったので、笑ってしまった。

 彼女が盗んだ、俺の必需品だった目覚ましも、本棚にちゃっかり置かれていた。

 書き置きはなかったし、鍵の始末も判らなかったので、俺は静かに彼女の部屋を出て、まだ残暑の残る屋外に出た。


 日射しにやられ、近場の喫茶店をみつけて入り込んだ。

 古くさい店で、ガラス板の下にコーヒー豆を敷き詰めたテーブルだったのを覚えている。

 アイスコーヒーは、どろりとして、濃い甘みがあらかじめついていた。

 そして結局、おぼろげな土地勘を頼りに、西早稲田のねぐらに、歩いて帰った。

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