第53話 侵攻開始

 雲1つない快晴の下、ミレイユは大勢の兵を引き連れてリョウガの国を目指した。ハン・トールの国とリョウガを隔てる山。そこに差し掛かった頃、兵の1人が突然うめき声を上げた。


「う……」


 兵が首元を抑えて、悶えている。そして、そのまま膝から崩れ落ちて倒れてしまった。倒れた兵はぴくりとも動かず生きているのか死んでいるのかさえわからない。


「おい! どうした!」


 倒れた兵に近づく周囲の兵たち。しかし、倒れた兵に近づいた瞬間、近寄った兵たちも連鎖的に苦しみ悶えて倒れていく。倒れた兵たちはぴくぴくと痙攣けいれんして、口から泡を吹いている。


「な! お前らどうしたんだ!」


 またもや倒れた兵に近づこうとする周囲の兵たち。


「近づくな!」


 ミレイユは大声でそう叫んだ。流石にこの異常事態に気づいて大慌てで指示を出す。なにがトリガーになったのかはミレイユにはわからない。だが、倒れた兵に近づくと彼と同じ症状になることは間違いないことは判断できた。


「周囲の警戒を怠るな! 敵襲を受けているかもしれない!」


 ミレイユとしては敵襲を受けていることは想定内だった。オトギリによって情報を抜かれた。そのことでこの侵攻の計画も敵軍にバレているのは想像するに容易い。当然、敵も襲撃に備えて罠を張る。だが、ミレイユはあえてその罠に乗っかろうとしたのだ。


 ミレイユの役割はおとりだ。敵側に自分たちが計画通りに侵攻しているとアピールするための撒き餌に過ぎない。本当の狙いは、朝陽とポアロンが別のルートを通って、リョウガの国にあるキリサメの根城に侵入することだ。キリサメは間違いなく前衛に出ないし、兵の殆どをミレイユの軍勢を迎え撃つのに使うはず。必然的にキリサメの根城の兵力は手薄になり、元凶であるキリサメを叩きやすくなるのだ。


 ミレイユは全神経を研ぎ澄ませた。敵からの攻撃を受けているなら、敵は必ず近くにいるはず。山の凹凸として、見晴らしの悪い地形ならば、隠れる場所は多くある。そのどこからか遠距離で攻撃している可能性が高いとミレイユは踏んでいた。しかし、兵が倒れた位置を一瞥したミレイユは違和感を覚えた。


「なるほど。そういうことか。みんな。私の前方に立つな。道を開けてくれ」


 ミレイユは神器を星の神器アルタイルとベガを作り出した。そして、1番最初に倒れた兵に向かってアルタイルの星鷲一閃せいじゅういっせんを放ったのだ。


 その瞬間、1番最初に倒れた兵は「ひいい」と情けない声を上げて立ち上がり、走って逃げ出した。星鷲一閃をなんとか躱した彼は息を切らしながらも必死で逃げた。


「な! これはどういうことですか? ミレイユ様」


 兵が状況を飲み込めずに理解できていない様子だ。


「簡単なことだ。我々の中にトロイの木馬がいたということだ。私たちの兵のフリをしながら、その実は私たちに攻撃する敵勢力。奴が最初に倒れたのは攻撃を受けたからではない。演技をしていただけだ。攻撃を食らった演技をな。そうすることで私たちは外側から攻撃されたと思い込み、内側の異常から目を逸らしてしまう。そして2人目以降に倒れた者は、トロイの木馬にやられたのだ。全く、嫌な戦法を考えたやつもいるものだ」


 ミレイユの完璧な推理に兵はただただ感服するのであった。


「な、なるほど。しかし、どうして気づかれたのですか? 彼は我々の正規の兵のはず。先日のスパイ騒動で身元がしっかりしている兵しか連れて来てないのですが」


「ああ。正規の兵だと思って安心させる作戦だったのだろうが、私の目は誤魔化されない。他に倒れた者は若干痙攣しているのに対して、最初に倒れた者はぴくりとも動かなかった。同じ攻撃を受けていたのなら、最初に倒れた者も痙攣してないとおかしい。そこで私は思った、最初に倒れた者は演技で倒れたフリをして身をじっとしていたのだ。細かい所作まで攻撃を受けた者の真似をできなかった時点でまだまだ甘いということだ」


「なるほど。流石の観察力ですね。大方、紛れ込んだトロイの木馬も敵勢力に寝返ったか、身元確認作業の後にすり替わったのか。そのどちらかでしょう」


「ああ、そうだな。だが、今となってはどうでもいいことだ。脅威を取り除けたのだからな。みんな! 一旦進軍を辞める! 衛生兵は倒れた者たちの治療に当たってくれ」


 本来ならばポアロンが指揮をするはずだった衛生兵たち。だが、作戦が変わったことで別のリーダーに頭を差し替えて機能させているのだ。


「ひぎゃあ!」


 先程、兵士が逃げた先から悲鳴が聞こえた。ミレイユはただ事ではない気配を感じ取ったので警戒をする。山中に響き渡る足音が大地を揺らす。確実にその足音が大きくなり、危険な何かが近づいていると兵士全体が判断した。


 熊の毛皮を被った屈強な大男が先程逃げ出した裏切り者の兵士を担いでいた。兵士の首は人間ならば曲がらない方向に曲がっていて、絶命していることは誰の目が見ても明らかだ。大男は死体を放り投げる。その死体は空中で爆発四散して、跡形もなく消え去った。


「な……」


 ミレイユは絶句した。とんでもない威力の衝撃。こいつは間違いなく強い、それこそ神の領域に達している。


「失敗した者。破壊する。それがエディの役目。創造神に付く者。破壊する。それがエディ使命」


「貴様が衝撃の神エディか」


 破壊神の力を得て覚醒した神。彼らは神器こそ持たないものの、神器を破壊する能力を持っている。言わば創造神たちの天敵である。


「創造神ライズ。どこだ。いるんだろ? 決着、付ける。エディはエディの仇。討つ!」


 エディが足元から衝撃を発生させた。エディの足元がクレーターのようにぽっかりと開き、その時の余波でミレイユが率いている兵士たちを思いきり後方に吹き飛ばした。


 衝撃の余波で人を吹き飛ばす威力。もし、その衝撃が直撃したら致命傷を受けるだろう。とミレイユはそう状況を分析した。


 朝陽の話では、エディは1度朝陽に敗れている。だが、朝陽もエディの強さを認めていた。その理由は、2つある。神界戦争では敵の創造神を倒すのに貢献したこと。朝陽が神器の特性を用いて不意打ちを仕掛けてようやく勝利できたこと。創造神側の最高戦力である朝陽でなければ、負けていた可能性も十分ありえた。エディは間違いなく、破壊神側の戦力の重鎮を担う1柱なのだ。


「ライズ様はわざわざ貴様を相手にしない」


「なんだと。生意気な女め。エディに楯突く女嫌い。嫌いな女。処す!」


 エディは大きく息を吸い込んで咆哮をあげた。その咆哮を合図に、リョウガの国の兵士たちが一斉に飛び出てきた。ミレイユの配下たちは突然のことで驚き戸惑っている。


「怯むな! 各員はそれぞれの隊長の指示に従い、雑兵たちを相手にしてくれ! 私は大将をやる!」


 ミレイユは既に展開していた神器を構えて、エディを思いきり睨みつける。接近すればエディの衝撃を受けて神器が破壊される可能性がある。ミレイユは武芸には明るいが、魔力量には自信がない。そのため、神器が破壊されて再生成で無駄な魔力を消耗するのは何としても避けたいのだ。それどころかミレイユの魔力残量的には、神器の再生成ができるかどうかすら怪しい。ミレイユは既に星鷲一閃を1度放っていて消耗している状態。現状ですら必殺技を撃てる回数は残り1回か2回程度。仮に神器を再生成できても必殺技を撃てなくなるのだ。つまり、実質的にミレイユは神器を破壊されたら敗北は確定。


 残された貴重な魔力を使ってエディに勝たなければならない。朝陽とポアロンがこの場にいない以上は最高戦力はミレイユ自身。そのミレイユがエディに敗れれば全滅は必至なのだ。


「女! エディに勝てる気でいる? 愚か。愚か。処す! 処す!」

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