第27話 前線部隊全滅
戦いの火蓋が切って落とされて数十分が経過した。シンは自身の陣地にて、ベラとイチャイチャと乳繰り合っていた。
シンはベラの名前を呼びながら、彼女の肉体をツンツンとつついている。それに対して、お返しとばかりにベラもシンの体をつつく。今日日こんなことはバカップルでも躊躇する程のイチャつきっぷりである。
まるで戦いの緊張感などない。シン自身が前線に出て戦っているわけではない。この戦争はただの消化試合のようなもの。シンは創造神ライズのクビを討ち取った報告を待つだけでいいと余裕ぶっていた。
そんな時だった。シンに電流が走った。シンの緊張の糸がピンと張りつめる感覚。この感覚はテレパシーを受信した時に出るものだ。シンは耳を澄ませてテレパシーの声を聞こうとした。
「こちら、前線部隊。大変です。シン様……バルキリー部隊が全滅しました」
「なんだって!」
バルキリー部隊とは精鋭の舞台だ。シンが自身が創り出した世界において、結成した部隊。神のために忠義を尽くし、神のために戦う。そして、神のために身を捧げるのが彼女たちの役割だ。現にシンはバルキリー部隊の全員を抱いていた。
「全滅ってことは死んだのか?」
「はい。恐らくは……私たちは医者ではないので正確な死亡診断はできません。でも、体の欠損具合。倒れてからピクリとも動かない。魔力を練っている気配も感じられない。以上のことから、死んでいるものと思われます」
他の雑兵たちがやられるならまだわかる。けれど、バルキリー部隊は世界最強の乙女15人を集めたエリート集団。彼女らがアッサリやられたとなれば、人間でライズ陣営に勝てるものは誰もいないということになる。それ程までにライズの陣営は協力なのだろうかとシンは身震いした。
「一体誰にやられたんだ?」
バルキリー部隊の実力は本物だ。これまでの戦争だって多くの戦果を上げてきた。15人揃えば、全長10メートル程のドラゴンだって倒せる。
その彼女たちが、ただやられているとは思えない。恐らく、バルキリー部隊を負かしたのは、ライズ側の神だとシンは推測した。負けたにせよ、一矢報いているはずだ。神に傷を負わせて戦力を削いだのなら、彼女たちの死は無駄ではないのだが……
「そ、それが……わかりません。地平線の彼方から、炎の矢が物凄い速さで飛んできて、バルキリー部隊が全員その矢に突き刺されてやられました。今でも矢が雨のように降っています。私は自身の魔力を使って結果を張っているからなんとか無事ですが、この結界もいつまで持つかわかりません。あ、ああ! 結界にヒビが!」
バリーンと盛大になにかが壊れる音がした後にテレパシーがブツっと途絶えた。このブツッという音はテレパシーが強制的に切れた証左だ。恐らく、テレパシーを送った兵士もやられてしまった。
「クソ! 一体どうなってやがる!」
シンは地面に拳を思いきり叩きつけた。炎の矢が物凄い速さで飛んできた。そんなことは本来ならありえない。地平線の彼方。そんな遠い距離から矢を物理的に飛ばすことは不可能だ。矢が魔法で射出されたとしても、バルキリー部隊が使える魔法の射程距離外から魔法を飛ばせる実力者などそうそういるわけがない。
仮にそんな強力な魔法を使えたとしても、すぐに魔力切れを起こすのがオチだ。当然、その強力な魔法を使えるのは神クラスの実力者だ。
神の魔力を削れた。冷静に考えるとそれが常識の範疇の答えだ。ということは、ライズ陣営の強力な神の魔力を削れたことになる。
シンはほくそ笑んだ。バルキリー部隊がやられたのは想定外だったものの、たかが人間兵に、神の力を使わせられた。これはかなり大きいことだ。
戦争は持久戦だ。消耗が激しい方が疲弊して負けるのが定石だ。ライズ陣営のやっていることは正に短距離走の戦い方。長期戦を見据えているシン陣営が有利なはずだだ。シンは予定が多少は狂ったものの、勝利に近づいていることを確信した。
だが、シンはこの時知る由もなかった。ポアロンもヒルトもマーヤもヴォルフも。誰も消耗などしていなかった。シン陣営の前線部隊を壊滅させたのは、たかが人間兵が放った魔法だということ。
◇
時は遡ること数十分前。ライズ陣営は朝陽と人間兵が陣地の境界線ギリギリのところに集まっていた。
「創造神様。俺らをこんなところに集めて、どうするつもりですか? 俺らは兵士です。前線に立って戦いたいです」
ハンの戦士たちは前線に立てないことに焦りを感じていた。自分たちは戦争にために呼ばれた。敵陣に攻め入ることなく、ここに籠城しにきたわけではない。このままモタモタしていたら、ここは敵陣に攻め入られるだけになってしまう。
前線にはヒルトとヴォルフしか送られていない。ハンの戦士たちはヒルトの強さを知っているし、それに匹敵するヴォルフも相当強いことは想像だにつく。けれど、たった2人で敵の軍勢を相手にするのはかなり無謀だ。
戦いは数だ。物量で押し切られれば、ヒルトもヴォルフも魔力切れを起こしてしまう。神とはいえ、魔力切れを起こしてしまえば、ヒルトもヴォルフも人間兵相手に負けてしまう。
「いや、お前たちには戦ってもらうぞ。ただし前線ではなく。ここからだ。ハンの集落は荒野にある場所だ。そんな環境で狩りをしているお前らはさぞかし目がいいんだろ?」
「ええ。まあ、俺たちは視力に自信はあります」
「ヒルトとヴォルフもアイツらは戦わせるために前線に送ったんじゃない。敵の位置を視察させるために送ったんだ。アイツらなら万一、敵と対峙するようなことがあっても力で勝てるからな」
朝陽の言葉を聞いてもハンの戦士たちは頭にハテナを浮かべるだけだった。一方雪山地帯のエディは朝陽の話を理解してないし、理解する気もないので空を見上げてボーっとしている。
「意味が分かりません。敵の位置を知ったところでどうするって言うんですか? 敵の位置がわかったところで、ここからでは攻撃が通りません。もっと相手に近づかなければ」
「甘いな。ハンの皆の衆。いいか? 戦いはより遠距離から攻撃できる手段を持つ者が有利になるんだ。格闘戦ならリーチが長い方。そして武器有りなら近接武器よりも、遠距離武器を持っている方が有利だ」
そのことはハンの集落の人間も知っているつもりだ。マンモス相手に投石をしたり、槍投げをしてダメージを与えたりして、狩りをすることもある。遠距離攻撃の強さは知っているつもりだ。
「だから、俺は創る。遠距離武器を……」
その言葉を聞いて、ハンの戦士たちは顎があずれるほど口をあんぐりと開けて驚いた。朝陽があまりにもとんでもないことを言い出すからだ。
「な、なにを言っているんですか創造神様。確かに創造神様のお力なら、この位置からでも相手に届く武器を創れるかもしれません。けれど、それをやったらルール違反ですよね?」
「ああ。普通にやればルール違反だろう。俺はこの陣地から出ることはできないし、この陣地外に俺の魔力を飛ばすことは禁じられている。俺が魔力で創った創造物も例外じゃない。俺が直接飛び道具を創ったら、それはこの陣地内でしか使えない」
朝陽も戦争のルールは把握していた。そう。普通ならこのルールでは、創造神は自陣に乗り込んできた相手を返り討ちにするくらいしかできない。実際、それがこの神界戦争の常識だった。けれど、朝陽はその常識を覆そうとしていた。
「そこでだ……俺が創造するのはこれだ!」
朝陽が地面に手をつくと、そこから据え置き式の大きな弩砲が創造された。バリスタ。古代から中世にかけて使われた兵器だ。
「なんですか? こんな巨大なものが投擲できるわけないじゃないですか」
「ああ。これは投げるものじゃない。投擲を補助するものだ。試しにこのバリスタに魔法をセットして放ってみろ。驚くぞ」
ハンの戦士は朝陽に言われた通りに、バリスタの弦に自身の魔力で創り出した炎の矢をセットした。そして、弦を思いきり引っ張って打ち出すと炎の矢は物凄い勢いで飛んでいった。
「こ、これは……!」
「俺が造った神器。ジョイント・バリスタだ。射出系の魔法の威力を高める効果がある。当然、創造神である俺の魔力で創った神器だから、その威力は絶大だ。固定されている砲台は俺の魔力で創ったもの。でも、射出する弾は俺の魔力じゃない。お前らの魔力だ。だから、弾が自陣から離れたところでルールには一切抵触しない。正にルールの穴を突いた戦術ってわけだ」
ジョイント・バリスタによる攻撃は、創造神の神器級の威力を誇っている。けれど、消費される魔力は人間兵のものだ。だから、いくら撃ったところで朝陽の魔力が減るわけでもないし、朝陽の魔力じゃないから自陣を超えてもルールには抵触しない。
「後は、ヒルトとヴォルフからテレパシーで送られてくる位置情報を元に、ハンの戦士たちがこのバリスタで照準を合わせて矢を放つ。するとあら不思議。こちらは安全な場所から一方的に攻撃できるってわけだ」
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