第25話 盲目の少年ガルド
ルベルから手渡された懐中時計の数字が3を刻んでいる。もう神界戦争の開幕まで残り時間が半分を切っている。ヒルトとマーヤは相変わらず神界で修行をしている。一方で、朝陽とポアロンはテレパシーで連絡を取っていた。
(創造神様。聞こえますか。わたくしです。ポアロンです)
(ああ。どうしたポアロン。なにかあったのか?)
(ええ。兵士たちに修行をつけてやっていたら、とんでもない逸材を発見致しました。こいつは、自力で魔法の習得をして更に神器まで発現させたとんでもない実力の持ち主です)
(なんだって!)
朝陽は驚いた。自力で魔法を発見し、習得した例はゴーンやオウギがある。しかし、神器まで発現させたのは今回が初めてだ。
(そいつは俺たちの仲間なのか?)
(ええ。事情を話したら協力はしてくれるそうです。ただし、わたくしたちに忠誠を誓う気はないようです。あくまでも今回だけの助っ人と言う感じです。どうしますか? この男に神の力を授けますか?)
(ああ。今はとにかく少しでも戦力が欲しい。勝率は1パーセントでも上げたいからな。できるだけのことはするさ)
(わかりました。では、すぐにそちらに参ります)
(あーい。気を付けてこいよ)
そこでテレパシーが途切れた。朝陽はポアロンがやってくるのを心待ちにした。
◇
朝陽とのテレパシーを終えたポアロン。雪山地帯で退屈そうに寝っ転がっているヴォルフの元へと飛んでいった。
「創造神様とやらと話はついたのかい? 鳥さん」
「ああ。これより、創造神様の元に参る。特別にわたくしの背中に乗せてやろう。ありがたく思え」
「背中に乗せるったって。アンタは手乗りサイズの鳥だろう? どうやって乗るっていうのさ」
ヴォルフが不思議そうな目で見ていると、ポアロンは深呼吸を始める。すると、ポアロンの体がバキバキと音を立てて、肥大化していく。みるみるうちに人が数人乗れるほどの巨大な鳥になり、羽の後ろの方には巨大な機械が取り付けられている。
「さあ、乗るがいい。ただし、あんまり変な所に触るなよ。わたくしの身と心は創造神様の者だ」
ポアロンの甘ったるい美少女ボイスが、凛々しい美人系のボイスへと変貌した。文字通りポアロンは変身したのだ。
「女の子に乗るのはちょっと気が引けるけどまあいいや。別の意味で乗るのは好きだからさ」
ヴォルフはポアロンの背中の上に乗った。ポアロンはヴォルフがしっかり乗ったのを確認すると、羽ばたいて朝陽がいるハンの集落を目指して飛び立った。ポアロンの体に付けられた機械からジェットが噴出される。その反動でポアロンは物凄い速さで飛行していく。
「おお。滅茶苦茶速いじゃないか」
「これが、わたくしの神器スカイ・ゾーンの力だ。落とされないようにしっかり捕まってるんだな」
ポアロンは海を渡り、山を越えて、あっという間にハンの集落へと辿り着いた。
物凄い速度で飛んでくる飛行物体にハンの集落の人々は目を丸くして驚いていた。
ポアロンが朝陽のいるハンの集落に降り立つとヴォルフを背中から降ろして、元の大きさに戻った。
「おお。ポアロン存外に早かったな」
「ええ。創造神様に早く会いたくて、飛んできました」
「アンタが……いえ、貴方様が創造神様ですか?」
ヴォルフは朝陽を見て、少し意外そうな表情をした。想像していた創造神と少し違っていた。神と言うくらいだからもう少し年寄なイメージだったけれど、朝陽はどう見ても若い。ヴォルフとそう変わらない歳に思えたからだ。
「ああ。俺が創造神ライズだ」
「俺の名前はヴォルフと言います。ライズ様。俺に神の力をくれるんですよね?」
「ああ。その代わり、神界戦争に出てもらう。それが神の力を渡す条件だ」
「よし、やった」
ヴォルフは思わずガッツポーズをした。神の力を貰えるのが嬉しいのだ。
「ヴォルフ。お前はどうして、神の力を手に入れたい?」
「俺は世界中を旅したい。だけれど、人間の寿命には限りがある。俺が世界を回る前にくたばっちまうのがオチなのさ。そこで不老不死の神になれば俺は世界中を旅できるってわけさ」
「なるほど。わかった。お前の願いを聞き入れよう」
朝陽はヴォルフの体に神の力を分け与えた。神器を持ち、神として覚醒する素質が十分あるヴォルフはすぐに力に目覚めた。ここに新たに1柱の神が誕生したのだ。
「おお。これで俺は神になったんだな!」
「そうだ。ヴォルフ。お前の戦争での活躍に期待しているぞ」
「おお。任せてくれ」
ヴォルフは右腕を曲げて上腕二頭筋に力を入れた。マッスルポーズで気合を十分に表現する。
「ヴォルフ。神界には既に太陽神ヒルトと月の女神マーヤがいる。あいつらと一緒に訓練に励むんだな。神になった今、神界へは念じればいける」
「わかった。先に行っておくぜ鳥さんよ」
ヴォルフは消え去った。神界へと帰っていったのだ。
「さて。創造神様。わたくしたちはどうしますかね」
「引き続き、兵士のスカウトだ。戦闘はヒルト、マーヤ、ヴォルフがなんとかしてくれるだろう。俺にできるのは補助的な役割だけだ」
「ええ。わたくしもお供致しますよ創造神様」
「俺にできることはなんだってやってやる。マーヤのためだ。そうなんだってやってやる」
朝陽は不敵な笑みを浮かべた。なにか秘策を抱えている。そういう表情だ。
◇
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながら、杖をついて歩いている少年がいた。少年は生まれつき目が見えない。それでも少年の生まれ故郷の集落ではみんなに支えられて暮らしていけた。けれど、その集落は別の集落との争いで落とされて植民地化されてしまった。目が見えない少年はただのごく潰しとして、新たな集落から追い出されたのだ。
「来る……!」
少年はモンスターの気配を察知した。何者かが自分を狙っている。少年は目が見えないがその分、他の感覚が鋭い。聴覚、嗅覚、触覚、第六感。それらが、少年に危機的状況を教えたのだ。
予想通り、モンスターが少年に飛び掛かってきた。少年は自身が持っている杖でモンスターの喉元を思いきり突いた。モンスターはその痛みに耐えきれずに逃げ出してしまった。
「やった……撃退した」
少年はまたアテもなく歩く。杖を頼りに、ただ歩く。どこに行くのかわからない。
少年は前方に気配を察知した。この気配は何者だろう。今まで感じたことのない不思議な気の流れというものを感じる。これはただの人間ではない。
「ア、アンタは一体何者なんだ!」
謎の気配を察知した少年は杖を気配に向けた。気配の正体は朝陽とポアロンだった。少年が感じた感じたことのない気の正体とは朝陽とポアロンの魔力だった。
「もしかして、キミは目が見えないのか?」
「だったらなんだ!」
「創造神様! まさか、この目が見えない少年を兵士にするつもりじゃないでしょうね!」
「……いや。いくらなんでも目が見えない者を戦わせるほど俺は鬼じゃない。だけれどこの少年からは可能性を感じる。目が見えないながらも俺たちの存在に気づいたからな」
「なんだ? 僕をどうするつもりなんだ?」
「ああ、すまない。俺の名前はライズ。こっちがポアロンだ。キミの名前を教えてくれえるか?」
「僕はガルドだ。察しの通り、目が見えない。全盲だ」
「ガルドか。よろしくな。ところでガルドはこんなところでなにをしているんだ?」
「僕は集落から追い出された。目が見えないという理由で、どうせ役に立たないだろうと言われてな……僕は戦える。目が見えなくたって……現にさっきもモンスターを退けた。なのに、あいつらは……!」
ガルドは悔しそうに下唇を咬んだ。目からは涙が溢れてきそうだった。
「そうか。すまないな。辛いことを思い出させてしまって。ガルド、キミにお願いがある。俺たちに力を貸してくれないか?」
「力を……? どういうことだ。目が見えない僕がなんの力になると言うんだ」
「俺の知り合いにマーヤという女の子がいる。彼女は戦闘中に目を瞑ってしまう癖がある。その癖を直そうとしても全く直る気配がない。そこで俺はたった今思いついたんだ。目を瞑ってしまうのなら、逆に目を瞑ったままでいい。目を閉じた状態で戦えばいいさとな」
朝陽はヒルトとマーヤから報告を受けていた。何度訓練してもマーヤの目を瞑る癖が直らないと。マーヤは目を瞑らなければ魔力を集中できない体質なのだ。そこが戦闘では大きな欠点になる。
「だから、ガルド。キミのその目を瞑っても気配を察知できる力が必要なんだ。その力をマーヤに教えてやって欲しい」
「うぅ……」
ガルドは急に泣きだしてしまった。
「ど、どうしたんだ?」
「僕、誰かに頼られたのは初めてで……わかった。僕にできることがあったらなんでもする。マーヤという子を連れてきて。僕の力を伝授するから」
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