第24話 それぞれの動向

「せい! やあ! とう! はあ! えいさ! ほいさ!」


 ヒルトはゴッドヴェイン内の訓練場にて槍を一心不乱に突いていた。神界戦争までできるだけのことはするつもり。仲間であるマーヤを守るためにヒルトは槍を取った。


 ヒルトが自身の肉体を鍛え上げている一方で、マーヤは目を瞑ってイメージ力を養っていた。魔力を練り上げて深く集中。そして、強いイメージの力を使い魔法を放つ。


「えいやあ!」


 マーヤは五指から氷のつぶてを解き放った。氷の礫は訓練場に設置されていた的に命中した。的に当たったのは5発中3発。そのいずれも外枠ギリギリの位置だった。


「うう……ダメだ。どうしても命中精度が悪い」


 マーヤはこれまでの人生で戦闘経験をあまり積んでこなかった。ヒルトのように狩りをしていたわけでもないし、生きるためにひたすら木の実の採取をしていたのだ。


「マーヤは集中する時に目を瞑ってしまう癖がある。だから命中の照準が取れにくいんだと思う」


 ヒルトはマーヤに対してアドバイスをした。マーヤは今度は目をしっかりと見開いて、集中しようとする。


「はあ!」


 しかし、目を開けた状態ではマーヤのイメージは固まらずに指先からプスプスと煙が出るだけだった。魔法の発動に失敗した。


「やっぱり私はダメなのかな……神器だってまぐれで創れただけで、私には素質がないのかもしれない」


「そう落ち込まないで。俺だって狩りは苦手だった。けれど、創造神様に出会って魔法を身に付けてからは変わったんだ。まあ、狩りは相変わらず苦手だけど、戦闘では役に立っているつもりだ」


「ありがとう。ヒルト様。私も早くパパの役に立てるようにがんばる」


 ヒルトとマーヤの2人は訓練場で訓練を続けた。全ては神界戦闘で勝つために――



 朝陽とポアロンはそれぞれセイントパークの別々の土地に飛んでいた。朝陽はハンの集落に、ポアロンは新たなる人材を発掘するために別の大陸へと飛んでいった。


 ハンの集落についた朝陽は、ハンの酋長に事情を説明した。神界で戦争が起きようとしていること。その戦争に負ければマーヤが敵の手に渡ってしまうこと。だから、今、兵が必要なことを包み隠さず話した。


「うむ。創造神ライズ様……事情はよくわかりましたぞ。しかし、戦争ともなればハンの集落の戦士たちが命を落とすことになる。数年前のゴーンとの戦いで、我らは既に戦力が削られておるのじゃ。これ以上削られるわけにはいかない」


 神界にいた朝陽はそんなに時が経っている感覚がなかったけれど、ゴーンとの戦いから数年の時が経過している。その数年の間に、子供だった者が成人して戦士になってはいるものの、彼らはまだ未熟である。熟練の戦士を戦争に出して命を削られればハンの集落の存続が危ぶまれる。


「ハンの集落は食料や水に恵まれてはおらんのじゃ。だから、生まれてくる子の数に制限をかけているのだ。食わせていくアテがないからのう」


「なるほど。事情はわかった。酋長。要は食料と水のアテがあればいいんだな?」


 朝陽は踵を返して、ハンの集落の中央の広場に立った。広場には家がなくて、ここら一帯はハンの集落の住民が宴をする広場となっている。


「な、なにをなさるのですか?」


 朝陽は目を瞑ってこの世界と同化した。セイントパーク内の全ての自然が朝陽の感覚とリンクする。朝陽はその感覚を得て地面に手をついた。すると地面が大きく抉れて、地面の底から水が湧き出てきたのだ。


「おお! これは!」


 酋長は目を見開いて驚いた。朝陽が一瞬にして泉を創り出したのだ。今まで霊峰ミヤマの水を頼りにしていたハンの集落だった。だが、ここに湧き水が生まれればわざわざ遠い霊峰ミヤマの水をアテにしなくて済むのだ。


「酋長。俺の力で湧き水を作った。これで作物を作るといい。そうすれば食料が増えて、いくらでも人を増やせる」


「し、しかし。我々ハンの集落は代々狩りで生計を立ててきた身。作物を育てるなんて軟弱な生き方は……」


「酋長。農業を舐めるんじゃあない! 農業は力仕事なんだ。とても体力がいる仕事。軟弱者に務まるものではない! 十分屈強な生き方だ」


「ライズ様がそうおっしゃるのならば仕方あるまい。しかし、我らには元となる種がないのじゃ」


 酋長がしょぼくれた顔を見せると朝陽は自身の手を握った。朝陽は自身の手に魔力を籠めると手が光った。光はやがて収まり、朝陽の手は元に戻った。


「酋長。手を出してくれ」


 朝陽の言う通りに酋長が手を出すと、朝陽は握った拳を酋長の手のひらの上であける。すると朝陽の手からポロポロと植物の種が落ちてきた。


「俺が創造した種だ。これさえあれば、直に作物を実らせるだろう」


「おお。なにからなにまでありがたいです」


 酋長は朝陽に向かって頭を下げた。正に神の恵みといったところだ。


「ライズ様。このご恩は一生忘れません。そして、ご恩に報いるのが我々、ハンの集落の生き様。すぐに集落の全戦士を戦争に向かわせましょうぞ」


「いや、そんなに貰っては悪い。戦争の間にハンの集落を守る者が誰もいなくなるのはまずいからな。それにポアロンもある程度、兵を集めて来てくれるはずだ。そこまで大きく要求はしないさ」


「私たちの心配までしてくださるとは……ありがとうございますライズ様」


「ああ。ただ、俺がちょっと考えている作戦があるんだ。その作戦は人間の兵の力が必要なんだ。ちょっとそれが上手く行くか実験したい。何人か手を貸してくれ」


「お安いご用です」


 朝陽とハンの集落の戦士たちが、なにやら打ち合わせをしている。朝陽の作戦とは果たしてなんなのだろうか。それを知っているのは朝陽と、ハンの戦士だけであった。



 ポアロンは雪山地帯に足を運んでいた。そこに住む一族に魔法を伝授していたのだ。


「魔力を練り上げて、イメージしたものを具現化させるイメージをするんだ。そうすれば、魔法を放つことができる」


「わかった。ぐぼおごごおおおお!!」


 クマの毛皮を着こんだ屈強な男が、氷塊を生み出した。それも連続で何度も何度も放ったのだ。


「おお! 魔法放てた! エディ! 強い」


 自らをエディと呼んでいる大男は、氷を打てて喜んでいた。


「うーむ。イメージ力は少し雑だけれど、魔力の量では同じ氷使いのマーヤよりも上か。イメージの力が足りていれば、神器を生み出せる逸材なだけに少し惜しいな」


 この雪山地帯はあまり人口が多くない。ただ、厳しい環境に身を置いているお陰か、肉体的な強さではハンの集落の住民たちよりは上なのだ。戦力としては申し分ないように思える。


 人間兵の戦力集めという意味ではここの住民たちは当たりだ。しかし、ポアロンにはまだ別の目的があった。それは兵を集めるだけではない。神になりえる人間を探すことである。


 神界戦争の立会人ルベルが振ったサイコロの出目は4だった。つまり、創造神とは別に4人の神を参加させられることができる。しかし、ライズ陣営には、ポアロン、ヒルト、マーヤの3柱しかいない。1柱枠が余っているのだ。その枠をなんとかして埋めたいとポアロンは考えていた。


 ふと、ザ、ザという雪を踏む音がポアロンの背後から聞こえた。


「よお。お前ら。面白いことやってんな。俺も仲間に入れてくれよ」


 足音の主は狼の毛皮を被った黒髪の男性であった。男性の目は好奇心に満ち溢れていて、キラキラと輝いている。体付きも屈強な雪山の大男と違って、標準的な成人男性の体型と言える。朝陽よりはガタイがいいけれど、ヒルトよりは少し劣る程度と言ったところか。


「何者だ貴様は」


 ポアロンがそう尋ねた。すると狼の毛皮を被った男性は歯を見せてニカっと笑った。


「俺はヴォルフ。ただの旅人さ」


「おお。ヴォルフって言うのか。よろしくな。エディの名前はエディって言うんだ」


 エディはヴォルフに対して、親近感を覚えている。しかし、ポアロンはいぶかしげな表情でヴォルフを見た。


「こんな雪山に旅か? なんの目的で?」


「目的もない放浪の旅をしているのさ。いいだろう。そういうやつがいたってさ。それよりさ。お前ら、今不思議な力を使っただろ? 手から氷を出したの見たぜ」


 ヴォルフは自身の手を前に突き出した。するとヴォルフの手が光り出して、剣が出現した。


「俺も使えるんだよ魔法が」


「な、そ、それは神器!?」


 突然のことに、ポアロンは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を見せた。

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