第18話 マーヤ覚醒

 霊峰ミヤマに棲む人型のモンスターオウギが、肉食恐竜モンスターのエルノスに食べられること数分前の出来事だった。


 マーヤは朝陽の後ろに隠れた後に、ポアロンのところへと逃げ出した。当のポアロンは回復魔法を使って、気力が削がれた状態で地面にへばっていた。元気に飛び回る気力すら失せているのだ。


「ふへー。小娘よ。すまないが、わたくしを肩に乗せてくれないか? 創造神様に仕える神獣が無様に地面に伏せているわけにはいかなくてな」


「わかりましたポアロン様」


 マーヤはポアロンの頼みを聞き入れて、地面に突っ伏しているポアロンを優しく抱え上げて、肩の上に乗せた。腹の当たりが土だらけで少し汚い。自慢の白い羽毛が台無しである。


「ポアロン様、どうして創造神様は不思議なお力を持っているのですか?」


「あのお方は特別なのだ。魔法にはイメージの力。すなわち想像力が必要なのだ。魔法はイメージした事柄を実際に事象として起こせる力。だが、人間が無から有を生み出すのは、自然にある属性の再現が限界なのだ。固形のものを生み出したり、怪我を治癒したり、時空に関わることを操作できるのは神としての素質を持つ者にしかできない」


「よくわからないけれど、私も自然現象程度の魔法なら使えるってこと?」


「ああ。そういうことだ。魔法は貴様ら下民でも訓練次第では誰にでも使えるようになる。ただし、センスのない奴は会得するまで苦労するだろうがな」


 ポアロンの説明を受けて、マーヤは決心をした。


「ポアロン様。私に魔法を教えてください。私もライズ様のお役に立ちたいのです」


「ふむ。小娘よ。今から習得しても創造神様とヒルトの戦闘には間に合わないだろう。なぜなら創造神様がすぐに、あの気色悪いのモンスターを倒してくれるからな。それに、創造神様があのモンスターを倒せば、創造神様はもう神界へとお帰りになる。貴様が役立つ場面などないわ」


「なら、私を神界とやらにお連れになって下さい」


「無理だ。神界は時の流れが複雑だ。寿命の概念がない神として契約した者でないとあっという間に寿命を迎えてしまう恐れがある。そして創造神様に仕える神として契約するには、それ相応の力が必要なのだ。神が創りし道具。神器を創り出せるだけの力が」


 無情にも現実を突きつけるポアロン。しかし、マーヤはそれでも諦めきれなかった。


「私が神器を創り出せるだけの力を持てば文句はないのですね?」


 マーヤが静かにそう言い放つと目を瞑った。そして、イメージした。なにか物体を創り出すイメージ。どんな簡単なものでもいい。物体さえ創造できれば、神として覚醒できるだけの器があるということだ。


 なんでもいい。そのイメージがマーヤのイメージをぼやけさせた。


 ボンと小さく爆発音が聞こえた。マーヤの手から煙がぷすぷすと出ているだけでなにも生み出されてはいない。魔法は失敗した。


「あ、失敗した……どうして」


「小娘。その不発は貴様のイメージが定まっていない証拠だ。そんなことでは神器はおろか、自然魔法すら実現できないぞ。イメージの方向性が定まっていなければ、いくら強いイメージ力と魔力があっても形にすることはできない」


 とはいえ、ポアロンも今の一瞬の不発でマーヤに才能があることを見抜いてしまった。ポアロンはまだマーヤに魔力を練り上げる方法を教えていない。それなのに、不発とはいえ、魔法の痕跡を出せたのだ。つまり、十分な魔力量と練り上げるだけの技術は天性のものとして持っているのだ。


「小娘。今度は自身の体の中にある魔力を感じるところから始めてみるがいい。魔法は魔力とイメージが融合して初めて成立する」


 ポアロンは思った。意識してない状態で、あれだけの魔力量を持っているということは魔力を意識したら、ひょっとするととんでもない魔力量を秘めている可能性がある。


「はい。わかりました。魔力を感じるところからですね」


 マーヤは目を瞑り、ゆっくりと自身の体内にある魔力を感じた。体の奥底にある不思議な力。それを感じることで。マーヤは1つ上の存在になる。そんな感じを覚えた。


「魔力を感じたなら、それを練り上げるんだ。そして、なにか出したいものを直感でイメージするんだ」


 マーヤはイメージした。自分の今までの人生に相応しいものはなんなのかを。人の温かさに触れてこなかった自分は今まで心が凍えた人生だった。その凍えた心に相応しいものと言えば……


 マーヤの手から刺々しい歪な形の氷がぼんと出た。氷が地面にボンと落ちる。


「で、出た! これが、私の魔法」


「おお、よく出せたな。貴様が直観でイメージしたもの。それが氷だというのか。ふむ。なら氷のイメージをより強化するんだな」


「はい。わかりました」


 その時だった。ドスン、ドスンと何者かの大きな足音が聞こえてきた。これは肉食恐竜エルノスの足音だ。


「な、なんですか。この足音は」


「むむ、新たなモンスターの登場ということか?」


「こんな大きいモンスターが相手なんて……ライズ様を助けにいかなきゃ」


 マーヤはポアロンを肩に乗せたまま駆けていった。


「お、おい。ま、待つんだ。貴様は魔法を覚えたての未熟な身なんだぞ」


 ポアロンが制止してもマーヤの足は止まらなかった。朝陽の元に行きたい。その一心がマーヤを突き動かすのだった。



「この山の麓に集落があったんだよね。そこに行って人間どもを食べようかな」


「悪いけど、それは見逃せないな」


 エルノスの発言を受けて、ヒルトは槍を構えた。だが、その一方で朝陽は、あの酋長を助けるのか……とあまり乗り気ではなかった。


 次の瞬間だった。野球ボール程度の大きさのごつごつした氷が、時速155キロメートルほどのスピードで飛んできて、エルノスの顎にクリーンヒットした。


「ぶぼへが!」


 エルノスはあまりの痛さに尻尾をばたばたとさせる。尻尾が地面に叩きつけられる度に地面が振動した。


「ライズ様! 私も共に戦います!」


「マーヤ! キミがあの氷を出したのか?」


 氷を投擲で飛ばすイメージをして、放ったマーヤ。その一撃がエルノスに当たったのだ。


「マーヤ。あの恐竜エルノスはヤマの集落の人間を食うと言っている」


「そうなんですか」


 それでマーヤの感情は動くことはなかった。別にヤマの集落の人がどうなろうとマーヤにとってはしったことではなかった。


「マーヤはどうしたい?」


「え、わ、私ですか?」


 マーヤはヤマの集落の人間のことはハッキリ言って嫌いだ。母親を見捨てて、自分を病原菌扱いして、そんなことされていい感情なんて沸くわけがなかった。


 今回も酋長によって生贄に選ばれてしまった。いわば助ける義理なんてない相手だ。


「キミがマーヤかい? キミの複雑な事情はヤマの集落の青年から聞いた。マーヤがヤマの集落の人を恨む気持ちはわかる。だけど、青年はキミを助けるためにヤマの集落からハンの集落まで走ってきたんだ。たった1人で急いでな。足の皮もめくれるほど急いで走ってきたんだ。そうやってキミを助けようとした者もあの集落にはいたんだよ」


 ヒルトがマーヤに語り掛ける。


「え、嘘……なんで。私、今まで優しくされたことなんてないのに……」


「集落全体がキミを除け者にしている。そんな空気に逆らえなかったことを悔やんでいたよ。“今まで助けられなくてごめん”。マーヤに会ったらそう伝えてくれと言われた」


 ヒルトの言葉にマーヤは少し目が潤んできた。自分のことを想ってくれる人もあの集落にはいたんだと。マーヤの心は少し暖かくなった。


「ライズ様……私、ヤマの集落の人を助けたい」


「そうか。それなら一緒に戦おう」


 マーヤの言葉で朝陽の闘志にも火がついた。朝陽のヤマの集落のイメージは酋長のせいで最悪だった。けれど、マーヤが助けると決めたのなら、それに乗らざるを得ない。


 一方で、エルノスはマーヤの方を強く睨んだ。先程は攻撃を受けて思わず怯んでしまったが、今は回復している。いわば戦闘準備万端と言った感じだ。


「よくも、僕に攻撃してくれたな! 許さんぞ!」


 エルノスは霊峰ミヤマ中に響き渡る咆哮をあげた。その振動が朝陽たちの肌に伝わり、思わず鳥肌がたってしまう。スケールがでかい恐竜モンスター。当然、そのプレッシャーも凄まじかった。

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