第13話 ヤマの酋長

 青年は突如現れた大きな岩を見上げたのちに朝陽の方を一瞥する。そして、再び岩を見つめてため息をついた。


「創造神だと。ふざけるな。我らが神と交信できるのは酋長のみ! 酋長の判断こそが絶対! 故にこの女を生贄にする!」


「あー。また神を自称するやつがいるのか? 悪いことは言わない。俺の判断に従っておけ。俺は強いぞ」


「ふざけるな!」


 青年はマーヤから手を離して、朝陽に殴りかかってきた。朝陽はその攻撃を躱して、今度は指パッチンをした。すると大きな風が発生して、青年は思いきり吹き飛ばされた。そして、先程朝陽が出した大岩に激突してしまうのだった。


「がは……」


「おー。風の魔法も上手く扱えるようだ。やっぱり俺は神だけあって魔法のセンスも凄いな」


 青年は俯いてなにやらぶつぶつと呟いている。その様が少し不気味ではあるが、もう抵抗する気はないようだ。


「マーヤ。どうやら、お前のところの酋長とやらに話をしにいかなきゃいけないようだ。集落まで案内してくれるかい?」


「え? あ、はい。わかりました」


 朝陽はマーヤと一緒にヤマの集落を目指して歩き始めた。



 ヤマの集落についた朝陽とマーヤ。みんなが朝陽とマーヤの方をじろじろと見ている。見知らぬ人間である朝陽が珍しいのだろう。


「おい、マーヤがいるぞ。あいつ生贄にされたんじゃなかったのか?」


「マーヤの隣にいる男の人って何者? 奇抜な恰好の金髪って……まさかハンの集落の人が言っていた創造神ってあの人のこと?」


「まさか。創造神がこんなところにいるわけないだろ。それに俺らの神と交信できるのは酋長だけだ。その酋長が創造神は神でもなんでもないと言っているんだ。あいつはまがい物だ」


 集落の人々が好き勝手にぺちゃくちゃと喋っている。朝陽はそれを意に介すことなく真っすぐ酋長の家まで向かった。


 酋長の家は一際大きい藁の家で入り口を2人の屈強な青年が固めている。棒の先端に尖った石を付けた石槍で武装している。とても厳つい顔つきで朝陽の方を威圧している。


「おいおい。そんなに睨まなくてもいいだろ」


「何者だ貴様。ここは酋長が住まう神聖な場所。貴様のようなものが立ち入りを許される場所ではないわ!」


 左側にいる強面の男が朝陽に槍を向ける。しかし当の朝陽はそんなことより、こんな藁でできたしょぼい家が神聖な場所とのたまうシュールさに気を取られている。


「落ち着け。こいつが連れているのはマーヤだ。この男はマーヤを連れて来てくれた。そうだろ?」


 右側にいる厳つい男が朝陽を睨みつける。返答次第では戦いを仕掛ける。そういう風に目で訴えていた。


「なるほど。正に俺はこのマーヤの処遇で酋長と話があるんだ。そこを通してくれるか?」


 朝陽は両手を上げて敵意がないことを示した。その仕草を見て強面で厳つい男2人が互いに顔を見合わせる。


「ふむ。空手のようだな。だが、万一の時のことを考えて、我らも同行する。おかしな真似を見せたら、これで貴様の首を刎ねるぞ」


 そう言うと右側の男が槍で首を掻っ切る仕草を見せた。


「ああ。好きにしてくれ。俺は争う気はないんだからな。さあ、いくぞマーヤ」


 朝陽はマーヤの手を引いて、酋長の家の中に入って行った。マーヤは朝陽の手に触れているとどことなく暖かい気持ちになる。マーヤが初めて味わう感覚。だけれど、この感覚は嫌いではない。ずっと朝陽と触れていたいとマーヤは思っていた。


「酋長。マーヤが戻ってきました。この男がマーヤを連れてきたのです」


 髭面で頭頂部がハゲている酋長が現れた。顔の皺から年齢は50過ぎくらいだと朝陽は推測した。この原始の時代にそれだけ長く生きているということは神格化されてもおかしくない存在だろう。


 確かにどちらかと言うとこっちの酋長の方が神様っぽい風格は出ている。朝陽は見た目はただの若者でしかない。見た目からは、神様としての威厳はなにもない。


「その格好は……ほう。貴様が創造神ライズとやらか? ハンの集落の者を奇術でたぶらかした奴だな」


 奇術とはひどい言われようだな。と朝陽は内心思った。実際に神になって得た力なのに、奇術とか言われたら一気にペテン師くさくなってしまう。


「ああ。あんたの言うその奇術とやらで、モンスターをやっつけてやる。だからさ、ここは1つ生贄なんてものは出さないでさ。俺に任せてくれないか?」


 朝陽は提案をした。ミヤマに生息するモンスターを倒せば、マーヤは生贄にならなくて済むのだ。それはヤマの集落のみんなにとってもいいことだと朝陽は信じている。だが、酋長は首を横に振った。


「できぬ。我は神の化身なり、その我が神が言うには、この局面ではマーヤを生贄に捧げろと言っているのだ。神の意向は絶対だ」


「え。いや。この世界の神は俺とヒルトだけなんだけど……俺もヒルトもそんなこと言わな……」


「貴様! 我らが神を愚弄するのか! なにが、神は俺とヒルトだけだ! 我らが神はこんな俗物ではないわ!」


 左の強面が槍を手に持ち、今にも朝陽に襲い掛かろうとする勢いだった。自らの信仰する神を否定されて頭に来たのだろう。やはり、どの世界でも宗教というものは厄介だと朝陽は痛感した。宗教観が違えば話が合わない。


 朝陽をあっさり受け入れてくれたハンの集落が異常なだけであった。既に特定の神を作り出し、崇拝している人には朝陽の存在は受け入れがたいのだろう。


「とにかく、ワシの判断……じゃなかった。神の啓示は絶対だ。マーヤを生贄にする。これは覆ることはない」


 最早、ワシの判断と言っている。神はどこ行った。結局、神の啓示なんてものは存在しない。この酋長が自分の意見を神の意思として押し通しているだけなのだ。それに乗っかる集落の人たち。この集落はどことなく腐っていると朝陽は感じた。


「とんだわからずやの爺さんだな」


「貴様! 酋長に向かってなんて口の利き方を!」


 左の男が朝陽に向かって槍を振り下ろそうとする。しかし、右の男の槍がその動きを止めた。


「やめておけ。こいつはおかしな真似をしていない。発言が頭おかしいだけだ。まだ殺すに値しない」


 右の男のお陰でなんとか命拾いした朝陽。内心、背後から攻撃するなんて卑怯だぞ! と言いたいところだった。しかし、それを言ったら神としての品格が下がりそうな気がしたので言えなかった。


「いいの……ライズ様。私が生贄になります」


 マーヤは朝陽の服の袖をちょこんと掴んでそう言った。


「おお、決心してくれたかマーヤ」


 酋長は白々しくそう言った。自分がマーヤを追い込んでいるという自覚は何一つない。その態度に朝陽は非常に腹が立っている。


「酋長は私が嫌いなんです。いえ、酋長だけではなく、私はこのヤマの集落みんなから嫌われています。だから、モンスターとか関係なしに私を殺したいんだと思います」


 マーヤは声を震わせながら言う。この声色から決して冗談ではないのだろう。そんな辛い現実がマーヤが背負っている業なのだ。


「私、こんな辛い思いをして生きていくなら死んだ方がマシです。きっと、みんなもそれを望んでいます。だから……」


 まだ年端もいかない少女が死を覚悟している。その事実が朝陽の心を酷く痛めてしまった。


 朝陽はマーヤの頭に手を置いた。マーヤは驚いたようにハッとした表情を見せる。


「すまないマーヤ……これは俺の責任だ。優しい世界を創れなかった俺のな」


「え……」


 朝陽は酋長の方に向き直った。


「酋長。1つ賭けをしようじゃないか」


「賭けだと……?」


「ああ。俺が、いや……俺たちがモンスターを倒したら、マーヤは俺が引き取る。もし、倒せなかったら、マーヤの処遇は好きにしてくれ。どうだ? この賭け乗ってくれるよな?」


 どっちに転んでもマーヤがヤマの集落からいなくなる。そんな賭けだ。当然、マーヤを毛嫌いしている酋長にとっては美味しい話だ。


「ふっ、そんな可愛げのない女を引き取るとか物好きもいたものだな。いいだろう。ただし、モンスター討伐にはマーヤも同行させることだ。モンスターを倒せればそのままヤマの集落には2度と戻ってくるな。そして、モンスターと倒せなければそのまま大人しく食われろ」


 酋長は冷たくそう言い放った。マーヤへの憎しみが言葉の節々に出ている。


「ああ。それでいい。俺は負けねえからな」


 後はマーヤの気持ち次第で賭けは成立する。朝陽はマーヤの方をチラリと見た。


「ちょ、ちょっと待ってライズ様……い、いいんですか? 私がライズ様のお傍にいて」


「ああ。俺は大歓迎だ。他の仲間も……まあ、ダメだったら俺が説得するからいいや」


 マーヤは初めて自分の居場所を見つけられた。そんな気がして心が少し暖かくなった。さっきまで死んでもいいと思っていたのに、今は死にたくない。そう感じているのだ。


 マーヤの気持ちは固まっている。賭けは成立した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る