第10話 温泉休憩。そして再び地上へ

「さてと。俺も創造しすぎて。少し精神的に疲れてきたな。風呂入ってスッキリするか。折角、銭湯造ったんだから入ろうぜ」


「賛成です。創造神様。わたくしもそろそろ湯浴みをしたいと思っていたところです」


「おお! 風呂ですか。ハンの集落では水は貴重品だから中々水浴びができなかったんですよ。水浴びが許されるのは満月の夜だけだったんですよね」


「うわ、この原始人、月一でしか風呂入ってないのか」


 ポアロンは鼻を羽で覆う仕草をして、ヒルトから離れた。


「失礼な! 雨の日だって体を洗ってるぞ」


「雨水で体を洗うんじゃない! 汚いな」


「ははは。まあ、ここは水がいくらでもある。毎日、風呂入ってサッパリするといいさ。一応、各部屋にもシャワールームをつけてあるし、軽く済ませたい場合はそっち使ってもいいぞ」


「シャワールーム? なんですかそれ」


 ヒルトは初めて聞く単語に首を傾げる。やはりヒルトは人類の始祖の存在。文明レベル的には知らないことの方が多いのだ。


「まあ、水が雨みたいに出せる装置って言えば伝わるかな」


「おお。それは楽しそうですね!」


 ヒルトはシャワーという未知の存在を聞いて目を輝かせた。


「じゃあ、銭湯に行こうぜ」


 朝陽の言葉と共に2人と1匹は銭湯のある部屋へと向かった。基本的に大理石で造られているゴッドヴェインだけれど、ここの銭湯は床や壁はヒノキで造られている。朝陽が銭湯の雰囲気を出したいがために、あえてこうしているのだ。


「俺とヒルトの分の手ぬぐいと浴衣を今の内に作っておくか。ポアロンは手ぬぐいいるか?」


「ええ。いいんですか! 創造神様からのプレゼント。ああ、ありがたき幸せ」


 ポアロンは羽を頬にあててウットリとしている。朝陽から手ぬぐいを受け取り、意気揚々と銭湯の女湯と書かれた赤い暖簾の奥に入って行った。


「俺たちも入ろうぜ。ヒルト。こっちの青い方が男湯で、赤い方が女湯だ。間違えるなよ」


「はい」


 朝陽とヒルトは男湯と書かれた青い暖簾をくぐり中に入って行く。中の脱衣所は回っている扇風機、沢山あるロッカー、髪を乾かすためのドライヤー、体重計など一通り銭湯の施設に必要なものが揃っていた。


「服を脱いだらそこのロッカーの中にしまっておくんだ」


「はい」


 朝陽とヒルトは服を脱ぎ、裸になった。ヒルトの原始生活で鍛えた肉体美が露わになる。と言っても、朝陽の服をプレゼントされる前のヒルトも裸と大差ない恰好ではあったが。


 それに対して、朝陽の体は現代に比べればそこそこ鍛えてある方ではあるが、やはり過酷なサバイバル環境にいる原始人と比べると幾分か華奢である。


「創造神様って意外と華奢なんですね。俺たちの伝承にある創造神様は筋骨隆々の大男が創造神として崇められていたんです」


「なんだ? 華奢でがっかりしたか?」


「いえ、そういうことじゃないんです。むしろ逆。もし、クマを素手で倒して生き血を啜るような怖い神様だったら、どうしようって思ってたんです。俺、怖い人苦手なんで……だけど、創造神様は神様なのに親しみやすくて、ああ。すみません。俺を創ってくれた人なのに、馴れ馴れしすぎましたよね」


 ヒルトは慌てて朝陽に対する非礼を詫びた。ヒルトも神の力を得たけれど、序列でも実力でも朝陽の方が上なのだ。特にこの神界にいる時の朝陽は魔力が無尽蔵に湧いてくるので、ヒルトではどう足掻いても勝てない存在なのだ。


「いや、気にしなくていいぞ。ヒルト。俺は確かにお前を創った存在だけれど、それで偉ぶるつもりもイキるつもりもない。普通に対等に接してくれて構わない」


「え? いいんですか」


「ああ。俺はお前のことを友人だと思っているよ。この広い世界で友人がいないというのも寂しいからな」


「ありがとうございます。俺、創造神様の友達なんですね。凄い。みんなに自慢しちゃおう。俺の友達は凄いんだって」


 子供のようにはしゃぐヒルト。その勢いのまま、ヒルトは浴場へと走っていった、


「おいおい。浴場ではしゃぐと転ぶぞ」


「はーい」


 朝陽もヒルトの後に続いて浴場へと向かった。


 浴場は温泉施設のように様々な風呂があった。ヒノキ風呂、露天風呂、釜風呂、電気風呂、ジャグジー風呂、更にはサウナや水風呂まで完備していた。


「うぎゃあ」


 ヒルトはお湯に入るなり、情けない声をあげて慌ててお湯から出た。


「な、なんですかこの痺れるお湯は!」


「ああ、それは電気風呂だな。中々面白いだろ」


「なんなんですかもう。それを先に言ってくださいよ創造神様」


「あはは。すまない。確かに注意書きがないのは不親切だったな。よし、今から作ろう」


 朝陽がポンと手を叩くと電気風呂の近くの壁面に注意書きが書かれたプレートが出現した。


【注意:この風呂は電気風呂です。痺れるのでご注意ください!!】


「そんなことより一緒に露天風呂入ろうぜ」


 朝陽は露天風呂を指さして、ヒルトを誘った。


「ああ。外にある風呂ですか。いいですね」


 朝陽は引き戸を開けて露天風呂のコーナーに入った。ここの露天風呂は構造上、女湯の露天風呂と壁伝いで繋がっている。


「ひゃっほーい」


 ヒルトは勢いよく温泉に飛び込んだ。水飛沫が飛び上がり、辺りに散らばる。


「おいおいはしゃぎすぎだぞヒルト」


 朝陽は冷静にゆっくりと温泉に入った。


「だって、久しぶりの水浴びですから。そりゃテンションも上がりますよ」


「ははは。これから毎日風呂に入れる優雅な暮らしができるんだ。そんな感動するようなことじゃないぞ」


 朝陽は温泉に浸かりながらしみじみ思った。自分はゲーム実況者としてそこそこの成功をしていて、同年代に比べていい暮らしができている。それでも、朝陽は自宅の風呂を温泉施設のようにすることはできなかった。


 けれど、今の朝陽は住んでいる場所が温泉施設を包含したところなのだ。ある意味、転生する前よりいい暮らしができているのだ。


「後はゲームがあればなー」


 ゲーム実況の息抜きにゲームをするスタイルの朝陽にとって、ゲームがないこの空間は退屈なものがあった。またここには配信環境も、配信を見てくれる視聴者もいない。創造神にはなったものの、今まで自分が積み上げてきた者が一気になくなってしまうのは少し物悲しい気がした。


「あーあ。チャンネル登録者数200万人突破してから死にたかったな」


「チャンネル登録者数ってなんですか?」


 朝陽の呟きをヒルトが拾った。


「ああ、まあ俺のファンみたいなもんだよ。それが150万人いたんだよ」


「そうなんですか! 信者をそんなに集めるだなんて凄いですね創造神様!」


「信者とか言うな。確かに近いものはあるけど、色々と語弊がある!」


 その後も朝陽とヒルトと隣の女湯にいたポアロンは温泉を堪能した。そして、それぞれの疲れをしっかりと取り、風呂から上がった。



「ふう……さて、休憩も終わったし、次はなにしようか。今度こそ外観に力入れるか? このままじゃただの豆腐ハウスだからな」


『――……けて』


 朝陽の脳内に直接何者かが語り掛けてくる。そんな感覚を覚える。


「ん? 今なにか言ったか? ポアロン」


「いえ。私はなにも」


「そうか。女の声がしたんだけどな。いや、でもこれはポアロンの声じゃないか。もっと地声が低い感じだ。ポアロンの声質はもっと媚びてる感じだし」


「嫌な言い方はやめてください。これが私の地声なんです。媚びてるわけじゃありません」


『ライズさん。聞こえますか? サエカです』


「サエカか! おお、どうした」


『ライズさん。大変なんです。助けて下さい。ハンの集落が支配下に置いているヤマの集落にモンスターが出現したんです』


「なんだって!」


『ヤマの集落は霊峰ミヤマのふもとにある集落です。その霊峰ミヤマに棲むモンスターに、村娘を生贄に捧げなければ集落を滅ぼすと告げられました。ヤマの集落の酋長はハンの集落に助けを求めに来たんです』


 モンスター。朝陽はゲーム脳であるが故に世界を創造する時、そんの少しだけモンスターがいるファンタジー世界も面白いかなと思ってしまった。その思いが実現して、実際にモンスターが発生してしまったのだ。


「なるほど。わかったすぐ行く! よし、ポアロン、ヒルト。サエカたちがピンチだ。助けに行くぞ」


「ええ……創造神様。あんまり地上のことに神が関与しすぎるのもどうかと思いますよ。人類同士の揉め事は人類同士で解決すべきだと思います。特定の人物を贔屓しすぎると別の人物に恨まれますよ?」


 ポアロンは朝陽の行動に苦言を呈した。


「いや、地上にモンスターが出現したんだ。モンスターがいるのは俺が世界を創造する時にそう願ってしまったせいでもある。なら、俺がきっちり責任を取るべきだ」


「モンスター退治面白そうじゃないですか。俺も戦闘しないと腕が鈍ってしまいますし、丁度いいですね」


 ヒルトは乗り気で朝陽についていくつもりだ。


「わかりました。そういうことなら、地上の人間に創造神様の偉大さをわからせるいい機会でもありますね。モンスター退治して創造神様の株を爆上げしましょう」


 こうして、朝陽たちは再び地上<セイントパーク>に降り立つことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る