総議長への報告

「龍王騎士団団長マリガン・エル、ただいま帰還しました」

 バタン、と総議長室の扉が閉まる。

「突然の遠征任務おつかれさん。腹を刺されて死にかけたとか報告書にあったけど、元気そうでよかったよかった」

 書斎机の向こうに座るメガネをかけた男————ドラグ・コトラ議会の最高責任者、ジュナ・ナガル総議長はコップのお茶を一息ひといきに飲み干す。

「ナガル総議長。お伝えしたいこととお聞きしたいことがありますの」

 エルはりんとした表情でナガルを見据えた。

「あー。”伝えたいこと”から先に聞こうかな……」

 頭をポリポリといて、組んだ両手を机の上に置くナガル。

「今回の遠征任務で調書を取った二人は常人離れした特異とくいな能力を持っていますわ」

「特異……ねぇ。聖法イズナを使う黒髪の少年ってのは報告にあったけど、もう一人の方はどんな子?」

 ナガルのメガネが光を反射してきらめく。

「少女とは思えないほど身体能力が非常に高く、腕力に関してはわたくしと比較しても遜色そんしょくの無い強さですわ」

「具体的に言うと?」

忘折の大剣ドラグ・べルクを何不自由無く思うままに使いこなせますの」

「あのバカみたいに重い大剣を?」

「はい。調書を取った際、魔族を倒すのに使ったと話すので、半信半疑でしたが貸してみたところ……」

 ナガルは眉間みけんのシワに指を当てる。

「いや、一緒にいた少年が聖法イズナで補助をしたんじゃないの?アレを振り回せるのって騎士団でも君くらいなもんでしょ?」

 エルは横に首を振る。

「少年と少女は別々の部屋で取り調べをしましたし、大剣を渡した時に少年は団員たちと入浴中でした。ほぼ抜き打ちに近い状況でしたので補助は無理だったかと」

「そうかぁ。実力かぁ……」

 ナガルは机の引き出しから一枚の書類を取り出し、にらめっこを始めた。

「総議長」

「うんうん。”聞きたいこと”だったね。たぶん、どうして捕縛ほばくの遠征任務に龍王騎士団が選ばれたのか?って感じ?」

「そうですわ。記憶の森にドラグ・コトラ我が国の機密があるという点も含め、今回の任務には不明瞭ふめいりょうな部分がありました。それらの質問に答えていただけませんこと?」

 紙を机の上に置いてナガルは席を立つ。

「もちろん。急な命令だったし説明が不十分だったのはいなめない。しっかり説明させてもらうさ」

 パンパンと手を叩くと、使用人の女性が飲み物とグラスを乗せたワゴンと共に入ってきた。

「少し話が長くなるから座って話そう。……今日のお菓子はなぁに?」

「ロンダバオで流行っている蒸し菓子です。中に甘く煮つぶした豆が入っていまして、第二王女様が大変お気に入りだとか」

 ワゴンの中から取り出された箱を開けると、中には半月状のしっとりした食べ物らしき何かがあった。

「前に会談で行った時に食べそこねたやつ〜!ランちゃんも一緒に食べない?」

 箱の開いている方を使用人に向けて誘うナガル。

「フフ……。今度、お客様が来ていない時にご一緒させていただきます」

 使用人は誘いをやんわりと断り、グラスに飲み物を注ぐ。

「それでは」

 その後、何事も無かったように一礼して部屋を出ていった。

「……いつもあんな風に接していますの?」

 ナガルとは互いに人柄を知る仲とはいえ、まさか使用人を口説き始めるとは思わなかったエル。

「もぐもぐ……ん?たしかに、いつもあんな感じでお喋りしてるね」

 既に食べ始めていたナガルはお茶で口の中の菓子を流し込み、次なる目標へと手を伸ばす。

「ちょっと」

 箱に手が届く寸前で、エルが箱の向きを変えた。

「わるいわるい。任務の話だけど、発端は第二王女様でさ」

 お菓子をかじりつつナガルの話を聞くと……。

 現在、王女様の親しい友人でもあるヒュペレッドの有名な双子占術師せんじゅつしが遊びに来ており、その姉の方が記憶の森で良からぬことが起きていると占いに出たと王女様へ告げた。

 娘に甘い王様が半分冗談のつもりで斥候せっこうを出すと、森の中には首を斬られたり頭を矢で射抜かれた死体が複数あったと。

 それで人数を増やして探索を続けていくと、先日から連絡が取れなくなっていた軍の運び屋が遺体で発見された。

「この運び屋が運んでいた荷物ってのがクセ者でね。なんと機密中の機密、兵器の開発研究に使われる魔石だったんだと」

 最初の遺体群いたいぐんを中心に捜索を続け、またもや死体が転がるアジトらしき場所を突き止めたものの、盗品蔵とうひんぐらに魔石は無く捜査は振り出しに……ということにもならず。

 森の中をうろついてた如何いかにも見た目が怪しい青髭あおひげの男に捜査の協力をお願い・・・した結果、『フードを被ったヤツが赤い石を持っていった』って証言が出た。

傭兵ようへい崩れの盗賊団を惨殺するような殺人鬼を街の警察隊には任せられんって話しになって、今回の遠征任務につながるってわけ」

 エルは最後の1個を取ろうとしたナガルを阻止してお菓子を半分こにする。

「ありがとさん。ま、盗賊なんかが魔族の相手になるわけないわな」

 ナガルはからになったグラスにお茶を注ぐ。

「騎士団は酷い目にあって目的の魔石は回収できず、不気味な槍を押収おうしゅうして、これまた謎の子供二人を保護することになった……」

 今回の件の顛末てんまつをまとめるとこんな感じだな、とナガルがため息をついた。

「これはあまり君の前じゃ言いにくいことだけどさ、少年が聖法イズナを使えたってのは本当に不幸中の幸いだった」

 少し申し訳なさそうな顔でナガルが続ける。

「小隊規模だって言っても、国の精鋭部隊が鬼馬ゴーダごと傷ものにされてたら色んな意味で大損害だったからねぇ……」

わたくしを治療してくれたカガリ枢機卿すうききょうにも、感謝してもしきれませんわ」

 血を止めることだけで精一杯だったわたくしを助けてくれたのは間違いなくあの三人。

 魔族が野放しにされていたら、今頃は数え切れないほどの死者が出ていたことでしょう……。

「ま、出自には謎な点が多いけどさ」

 ワゴンの中をガサガサとあさり、別のお菓子を見つけて喜ぶナガル。

「やってくれたことを考えたら旅の手助けくらいはしないと、こっちのメンツが立たないやね」

聖法イズナ使いと懇意こんいにしておいて損はありませんものね」

「ま、そういうこと。それにカガリの頼みでもあるし」

「……?知り合いでしたの?」

「おいおい、これでも総議長よ?枢機卿どころか聖王にも謁見えっけんしたことあるって」

(さっきから見てても、この男がとてもドラグ・コトラこの国の首脳とは思えませんわ……)

「なんか失礼なこと考えてない?ま、カガリのことは枢機卿になる前から知ってたけどね。お師匠さんがめっちゃ美人で……」

「はいはい。あなた基準じゃ大陸中が美女だらけですわよ」

 おっ!良いねそれ!みたいな表情をするナガルに呆れて、エルは少し笑みをこぼしてしまう。

「お茶とお菓子、とても美味しかったですわ」

「もう行くのかい?」

 椅子を立ち、扉へと歩く。

「ええ。そろそろ二人が到着する頃でしょうから」

 部屋をあとにして、エルは正門の方へ向かって歩き出した。

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