馬車のほろを雨が叩く。

 気が付けばこの世界に来て一週間が経とうとしていた。

 最初は変な動物に襲われそうになったり盗賊と鉢合わせたり。

 思えばこの一週間は色んなことが……。

「爆乳の下敷きになるのってどんな感触でござったか?」

「頼むから空気を読んでくれ」

 せっかく情緒あふれる感じの雰囲気で無かったことにしようとしていたのに。

 チラリ、と爆乳……じゃなかった。騎士さんの顔を見る。

 肩まで伸びた赤い髪にタオルを巻いていて、さっきの件が恥ずかしいのか顔は紅潮している。

 頭のタオルと相まってお風呂上がり姿に見えなくもない。

「あ、あまり見つめないでくださいまし……」

「すいません!」

 灯花とうかの着替えを渡したので特に肌は露出してないものの……。

「う〜む、サイズにはそれなりの自信があったのでござるが上には上が……」

 キツそうに突出した部分を見ながらうむうむとうなずく灯花。

 再び静寂せいじゃくの中、雨音だけが響く。

「あ、あの!」

 これじゃらちがあかないと、拾った封筒を騎士さんに渡す。

「騎士さん!たぶんこれ、カガリからの手紙だと思うんですけど読んでいただけませんか?」

「良いのですか?」

 僕は頷いた。

 騎士さんは封筒を開けて中から二つに折りたたまれた紙を取り出す。

「ええっと……『突然でごめんね。二人の旅に同行したかったけど、急な仕事が入って目的地から離れた別の国に行くことになったよ。馬車と荷物は餞別せんべつとしてあげるから、別の案内人を探して旅を続けてほしい。追伸:エルさん。2人をよろしくお願いします』……と、書いてありますわ」

「……突然、でござるな」

 僕達の知らない間に仕事の連絡を取っていたのだろうか?

「アマガイさんのお名前は聞きましたので、あなたのお名前も教えていただけますかしら?」

 騎士さんが灯花を見据える。

拙者せっしゃ稲代いなしろ 灯花とうかと申すでござる。騎士殿のお名前はマリガン・エルさんでしたかな?」

「エルで良いですわ。お二人は森で保護されたとか……」

 そう言うと、エルさんは先程の恥じらう表情から仕事モードの真剣な顔に変わった。

「保護される前のこと、差し支えなければ調書を取るためにご同行を願いたいのですが……」

 僕は灯花と互いに見合う。

「……カガリが信用してる人だし、良いんじゃないかな」

「たしかに、出会ってから今に至るまでまともな人っぽいでござるしな」

 結論。

「こちらこそよろしくお願いします。……すぐに出発しますか?」

 僕と灯花は屋根付きの馬車だけど、エルさんは雨ざらしで馬に乗ることになるだろう。

 雨が止んでから動いた方が良いんじゃないかと思ったけど……。

「ご心配なく。わたくし、これでも軍属の人間ですので、これしきの雨くらい平気ですわ」

 そんなにキリッとした顔をされると、心配するのが失礼な気までしてくる。





 馬車をUターンさせるのを手伝ってもらう前に、僕と灯花はエルさんの馬のところまでついて来た。

「でっか……!」

 僕達の馬車を引く馬の二回りは大きい馬が木につながれている。

「黒王○レベルのお馬さんでござるな……近付いても?」

「大丈夫ですわ。シェレットは怒らなければ大人しい子ですので」

 そう言われて、灯花が馬に前から近付いていく。

「はぇ〜、すっごい筋肉……」

 首筋を手で優しく撫でながら肩、背、腰と視線を動かす。

 ベロリ

「ぬわっ!?」

 馬が灯花のほほを舌でひと舐めした。

「あらあら、トウカさんったらシェレットに気に入られたみたい」

 灯花は顔についたヨダレを雨で洗い流している。

「ま、動物に好かれるのも悪くないでござるな」

 なんだか嬉しそうな灯花。まだベットベトだがそれでいいのか。

 穴に落ちないよう馬を誘導した後、エルさんの指示通りに馬車を動かして元来た道へと進路を変える。

「それではわたくしについて来てくださいまし」

 リズミカルな足音をたてて馬が歩き出す。

 ピシャと手綱を振ると、こちらの馬車も同じゆっくりとしたペースで動き出す。

 雨はいつの間にか止んでいた。

「ユウ氏!あっちの空!」

「ん?」

 灯花が指さした方角の空を見上げる。

 分厚い灰色の雲の切れ間から、太陽の光が降り注いでいた。

「僕達の世界と同じだな」

 遠く。雨上がりの空には異世界であっても変わらない、大きな虹がかかっていた。



【第二章 完】

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