共闘

 森の中を複数の影が疾走はしる。

 漆黒の布を全身にまとい、人間ひとのものから大きくへだたれた表情は、まさに異形のそれだった。

 開かれた口からは呪詛の言葉を吐き出し、血走ったまなこはその場にいないはずの憎悪の対象を捉えているかのように鋭い。


「血ヲモテアソビシ者達ニ断罪ヲ……。同胞ヲハズカシメシ者達ニ死ノ制裁ヲ……」


 異形の影達は更に速度を上げる。

 その動きに一切の迷いは無い。



 カガリ達の前方、およそ1km先の街道上にエルは降り立った。

「爺や達からの返事がないのはなぜかしら?」

 荷物の中から水の入った皮袋を取り出して鬼馬ゴーダに与える。

 手綱を近くの木に結び付け、少し離れた場所で黒鉄色くろがねいろの大剣を鞘から抜く。

「フー……」

 街で聞き込みをしても朝方に門を出て行ったこと以外に捕縛対象の細かな情報は得られなかった。

 そもそも今回の任務は謎が多い。

 国の外である記憶の森になぜ我が国の機密が存在するのか。

 捕縛が目的の任務なのに武力に特化している龍王騎士団われわれが選ばれた理由もわからない。

「いけません!捕まえるだけならいくらでも取り返しがつきますわ。心が迷っていては大きな失敗をしてしまいます」

 迷いを振り払うようにエルは大剣を構える。

 数え切れない鍛錬けいこで身体に染み付いた型の通りに動く。

 上段から振り下ろし、つか穿うがち、その勢いで構え直して一直線に突く。

 今度は体を隠すように両手で大剣を構え、攻撃を受け流すと同時に下方から斜め上へと切り上げる。

 振り下ろし、振り上げ、横ぎ、突き……。

 身体を動かして、いくらか頭がスッキリしましたわ。

 曲がり道の向こうから馬車の音が聞こえてくる。



「カガリ!道の真ん中に人が!」

 緩やかなカーブを曲がって開けた道に出て僕の目に入ったのは、黒い大きな剣を地面に差して仁王立ちする鎧兜を着けた”騎士”だった。

「”紅の騎士”っ!」

 一瞬で荷台から出てきたカガリが手綱を取って馬を止める。

 馬車が止まったのを確認して、騎士は兜を外した。

「私は龍王騎士団団長マリガン・エル!ドラグ・コトラ総議長の命により、あなた方三人を機密情報窃盗及び間諜かんちょうの容疑で拘束いたしますわ!」

 ふところから出した紙を掲げるが、何を書いているのかは相変わらず読めない。

「ん?」

 後ろから出てきていた灯花が僕の手を握る。

「あわわわわ」

 ひたいから汗を流して青ざめる灯花。それはどう見ても何かやらかした事が親や先生にバレてしまった時の顔だ。

「お前……やっちまったな」

 灯花の肩をポンと叩く。

「ちちち違うでござるぅ!弁護士を!弁護士を呼んで欲しいでござるよぉ!!」

 明らかに何かをやっている奴の言葉だ。

「で、なにをやったんだ?」

「じ、実は森にいた時……異世界転移という事実にテンションが上がってスマホで写真を撮りまくってたでござる……」

 あ〜、確かに”情報窃盗”と”間諜”……要はスパイ容疑だもんな。

「心当たりがあるとお見受けしますわ。皆さん、降りて来てくださいな」

「ちょっと待ってください」

 カガリが騎士の前に立ちはだかった。

「この二人は決して間諜ではありません。カヤノク文字も読めませんし、保護しなければ樹獣ティストや盗賊に襲われて死んでしまうような子供です」

「……あなたは何者ですの?」

 明らかに僕達より子供のカガリが”保護”という言葉を使ったことで、騎士は困惑している。

「聖神教八枢軸の末席、アルド・カガリです」

「……疑うわけではありません。けど、何か証明するものを出していただけます?」

 カガリはリュックを自分の前の地面に置いて手を入れる。

「これを」

 龍をかたどった飾りのついた黄金色の判子ハンコのようなものが出てきた。

「似たようなものを歴史の教科書で見た気がするでござるな」

「ややこしい事になりそうだから静かにしとけって」

 騎士は判子を受け取って調べていたが、すぐにカガリへ返すと

「龍の意匠いしょうの金印に総議長のめい割りを確認できましたわ。引き留めてしまい大変申し訳ありません」

 深々と頭を下げた。

「対応も丁寧でしたし、謝る必要はありません。仕事ですからどうかお気になさらず」

 カガリもペコッとお辞儀じぎをして馬車に戻る。

 手綱を握り馬を進めようとしたその時。


 ドン!


 馬車の目の前にくつわと手綱がついた馬の首が落ちてきた。

 それだけでも異様な光景だったが、その手綱は乗っていたであろう騎士の篭手こてに掴まれたままだった。

何奴なにやつ!!」

 すぐさま大剣を手にする騎士。

速身の聖法シフ!」

 カガリも戦闘態勢に入っている。

 静寂せいじゃくの中、風が流れポツポツと小粒の雨が降り始めた。


 ガサガサガサ

 こちらから見て右側の茂みが音を立てて揺れ、全員がそちらを見て場に緊張が走る。

 が、出てきたのはカガリが捕まえていたイノシシみたいな生き物の子供だった。


「同胞ノ仇ハキサマラカッッ!!!」


 いつの間にか、馬の首があった場所に黒いボロ切れを頭から被った何か・・が居た。

「ハァッッ!!」

 騎士が大剣を振り下ろす。

 ガギン!

 当たったと思った大剣は鋭い金属のような爪に受け止められていた。

「っ!?」

 一瞬、騎士は面食らった表情をするがすぐに体勢を変えて前蹴りを放つ。

 何か・・は大剣を手放して蹴りを避ける。


「同胞ノ仇ヲ……!」

「血ノ制裁ヲ……!」

「我ラノ怒リヲ……!」


 森を背にした何か・・の背後から更に2つの影が現れた。

「ユウ!トウカ!こうなったら戦うしかない!馬車から降りるんだ!」

 僕が隣を見ると既に灯花は居なかった。

「異世界での初戦闘でござる!!」

 声がした方を見ると、灯花は木の棒で影を一体殴り飛ばしていた。

 完全に不意をつけたのか、吹き飛んだ影は片膝立ちの状態で手を地面に置いている。

「ふー。強化バフが効いてるはずでござるが……」

「トウカ危ない!」

 カガリの声と同時に灯花の背後の地面が一瞬でトゲのように鋭く隆起した。

 バキ!

 背後からの強襲をギリギリでかわした灯花は振り向きざまに棘を叩き切った。

「カガリ氏!」

 馬車の方へバックステップで戻った灯花に怪我が無いか確認する。

「さっきのはなんでござるか?もしかして」

「あれが”魔法”だよ……!使えるのは魔界側の血を持った者だけ。つまりこいつらは”魔族”だ!」

「倒せるのでござるか?」

「わからない!けど、明らかにこっちの命を狙ってきてるからここで倒さないと!」

 いきなりの戦闘で僕は動けずにいた。だけど二つの影が騎士の方に向き直ったのを見て、今度は体が勝手に走り出していた。

「二対一とは卑怯な!」

 鋭い爪に襲われるも大剣で攻撃をいなす。が、防戦一方ではいずれやられる!

「手伝います!」

 騎士の後ろに回った僕は意識を集中させる。

 胸から右肩、右肩から腕、腕から指先へ……!

「肉体は……強靭きょうじんな風となる……速身の聖法イズナ、シフ!!」

 指先から走る光が騎士の鎧に吸い込まれると同時に二つの影が押し返された。

聖法イズナですって!?ぐっ!」

 騎士が驚きの声を上げたが、影は更に苛烈に攻め始めた。

「仇仇仇仇仇!!」

「制裁制裁制裁制裁!!」

 大剣と爪がぶつかるたびに火花が散る。

「……このぉっ!!」

 大剣の腹に腕を当てて影を押し、騎士と影の間に少しの距離が生じた。

「あなた達のことなんて知りません!!!」

 大剣による横薙ぎの一閃。

「グァァァァ!!」

 両断された影の一つが断末魔だんまつまを上げて倒れ、動かなくなった。

 それを見た影の片割れは距離を取る。

「あなた、名前は?」

「あ……天海あまがい ゆうです!」

「ユウさん。1人の兵として申し訳ありませんが、ここを切り抜けるまで共闘をお願いします」

 敵を見すえたままの状態での頼みに僕の胸は高鳴った。

「はい!一緒に戦いましょう!」


「マタ一人……同胞ノ仇ッ!!!」

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