迫る追跡者

 地面にうつ伏せになっている僕の身体を冷たい雨が叩く。

 背中からジワリと暖かい液体がにじんできた。

「なんで……?」

 声のした方に首を向けると、そこには驚いた顔で僕を見るカガリが居た。

「……っ……」

 考える前に体が動いてた、と返事をしたかったが僕の喉からはかすれた音がこぼれるばかりで上手く話せなかった。

 だって……


 赤黒く濡れた槍が僕の胸から背中を一直線に貫いていたから。


 血が流れ出していくのと同時に身体中の感覚が薄れる……。

 フワフワとまるで宙に浮いているみたいだ。

(母さん……華日はなび…………)



 灯花とうか……。

 






――――――――数時間前。


「なんか一雨ひとあめきそうでござるなぁ……」

 綺麗な球形の石を10個ほど作った後、灯花とうかはカガリが戻ってくるまでの暇つぶしと言って何故か石を彫り始めた。

 灯花の言う通り、朝まで澄み渡っていた空には鉛色の雲が立ち込め始めている。

「そろそろ帰ってきても良い頃なんだけど……。どこまで行ったんだろう?」

 "釣ってくる"と言ってたから、きっと近くの川にでも行ったんだろうけど。

「完成でござる!」

 さっきから灯花がガリガリゴリゴリと彫っていた像を見る。

「え、なにこれ……」

 そこには誰の目から見ても明らかな"僕"の石像が見事に完成していた。

「イナシロヤ"天谷 夕"あまがい ゆう1/4スケールフィギュアでござる!」

 無駄にハイクオリティな出来できに舌を巻く。

「……?凄いとは思うんだけどさ、このポーズはなんなの?」

 左手を腰に当てて、右手は抜き身の日本刀みたいな物を空高く突き上げている。

「固まるならこのポーズが良いって言うと思って……」

「いや言わないぞ?っていうか、他にもっとカッコイイポーズがあっただろ」

 別に剣を構える必要だって無いし……と言おうとしたら、灯花が辺りをキョロキョロし始めた。

「馬の足音と車輪の音……誰か来るでござるよ」

 灯花が視線を向けた方向を見ると、見覚えのある馬と荷車に乗った"誰か"がこちらに近付いて来ていた。

 布で顔を覆い隠している"誰か"は明らかに自分達の居る場所を目指している。

 それに気付いた僕と灯花に緊張が走った。

 10メートル程の距離まで近付くいて馬が止まる。

お二方ふたかた御使みつかい様はどちらへ?」

  男はそう言うと顔を隠していた布を外した。

「あれ?この人って確か……」

 門にいた男の人じゃないか?

「チャノ氏でござるな」

 そんな名前だったっけ?

「いま、町で騎士団が皆さんを探しています。詳しくはわかりませんが、どうやら"森"で何か厄介事に巻き込まれていたようです」

 警察に追われてる的な感じかな。

御使みつかい様は?」

「昼食の調達に行くとかで、しばらく前にどこかに行きましたけど……。それよりどうしてここに居るって分かったんですか?」

 チャノさんが馬車から降りて馬を撫でる。

「私もそうですが、あなた方が泊まっている宿のおかみさんは"聖神教"の信徒です。旅の途中である御使みつかい様が拘束される前に街を出られるよう、馬車置き場からここまで来た次第です」

 そう言うと、チャノさんは来た道を歩いて帰って行った。

 『色々と融通を利かせてくれる』ってこういう事だったのか。 

「……すぐ出発できるように片付けとこう」

 灯花が散らかした石の破片や、力の調節に失敗して折れた木の棒を集めて道の端に寄せる。


――――――――十分後。


「2人とも、おつかれさま……あれ?なんで馬車がここに?」

 カガリは体長50センチ程あるカタツムリみたいな牙のイノシシみたいな生き物を持って帰ってきた。

「え、イノシシ?釣りに行ってたんじゃ……。ってそれより、街で大変な事になってるって今……」

 僕は事情を伝えた。

「なるほど。だったら、予定より少し早いけど街には戻らずにすぐ出発するべきだね」

 カガリは捕まえていた獲物を逃がすと、そのまま馬車に乗り込む。

「2人も乗って。なるべく早くドラグ・コトラこの国を出ないと、騎士団相手だとすぐ追いつかれちゃう」

 うながされて、僕と灯花も馬車に乗る。

「あの石はどうするでござる?」

 灯花が綺麗な球形に仕立てた石を指差す。

「あれ自体に特に価値は無いから捨てていこう」

 カガリは馬車をゆっくりと走らせ始めた。

 僕と灯花は2人で馬車のほろを組み始める。

 組み上げながら、僕は街の方を見て少し感傷的な気分になっていた。




 僕達は整備された真っ直ぐな街道を何事もなく走り続けた。

「カガリ、ちょっと僕にも運転の練習をさせてくれない?」

 カガリから手綱を受け取る。

「うん。手を離しさえしなければまっすぐ進んでくれるから……」

 その言葉通り、馬は御者ぎょしゃが僕に代わってもそのまま走り続けた。

 隣りにいる間、僕はずっとカガリが"森"で何をしていたのか聞こうと考えていた。

 でも、最初の一言が切り出せなかった。

「ボクは後ろで見てるから、次の分岐点でまた交代しようか」

 カガリは日よけの幕を開けて荷台に移る。

 荷台は前も後ろも幕を下ろしているため、外から中を見ることは出来ない。

「寂しかったらいつでも拙者が話し相手になるでござるよ~」

 仮眠をとっていたのか、フードを被った灯花が荷台から顔だけ出す。

「ありがと。しばらく大丈夫だから中に入っててくれ」

「了解でござる~」

 街道は視界に収まる限り直線的な一本道で、運転するのに好都合ではある。

 が……。

 説明できない不安のようなものが僕の頭の中にあった。

「さっきからなんか視線を感じるんだよな……」




「見つけましたわ」

 カガリ達が乗る馬車の上空。

 龍王騎士団団長、マリガン・エルがその姿を捕捉していた。

 一瞬荷台から顔を出した人物を見て、目標がそこに居ることが確認できた。

「ねぇ、シェレット。街に入ってからずっと落ち着かない様子だったけれど、もしかして近くにいるって分かっていたの?」

 エルは乗っている鬼馬ゴーダの首を撫でながら話しかける。

わたくしに先を越されて、爺やったら悔しがるかしら?」

 そう言って、ふところから取り出した笛を口にくわえた。

 大きく息を吸って、身体中の空気を一気に笛へと送り込む。

 辺り一帯に人間の耳では聞き取れない音が響き渡り、それは他の騎士団員の鬼馬ゴーダの耳まで届く。

「あとは上と下から挟んで包囲するだけ……。先回りしておきましょう」

 エルの意志をみ取ったかのように、鬼馬ゴーダ……”シェレット”は速度を上げ、地を走る標的を追い抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る