尾行する二人

「……」

「……」

 無言。

 異常なまでに重い空気の中、僕とカガリは市場に買い出しに来ていた。

 カガリがフードを深めに被っているせいで顔は見えないが、気まずい雰囲気は充分に感じ取れる。

昨日の一件以降まともに目を合わせてくれなくなり、僕としてはそれが非常に辛い。

 このままの空気を引きずって旅に出るのはどうしても避けたい。

 それでなんとかしようと、ついてこようとする灯花とうかを縛り上げてカガリと2人だけで市場に来たのだが……。

「……」

「……」

 一向に会話の無い時間が過ぎていくだけで、市場の喧騒しか聞こえない。

 やはり謝るべきだろうか?

 しかし、そもそも灯花が迫ってきたのが原因だからどう謝ったらいいのか分からない。

「……」

 ふと、カガリが立ち止まる。

「ちょっと、ここで少し話をしよう」

 カガリが指差したのは喫茶店のような外観の建物だった。

「……うん」

 話すタイミングをつかめずにいた僕としては願ってもない事だったが、カガリの真面目な声を聞いて緊張せずには居られなかった。





「カガリ氏と2人きりでお買い物でござるか……」

 縄抜けに少し時間がかかったものの、2人が出て行ってからそれほど経たずに宿を出ることが出来た。

 "市場で買い出しをする"と言っていた事を覚えていたから市場で2人を探して……。

 程無くして見つけたものの、その前に出会った人物が一緒に付いて来てしまった。

「なんか面白そうな事してるじゃん。休日だからって家でゴロゴロしなくて良かったぜ」

 龍の脚亭食堂でカウンターにいた男。

 確か名前は"テッサ"。

「……テッサ氏、何故付いて来るのでござる?」

 正直、尾行は一人の方が楽なのでござるが。

「ん~、暇つぶしかな」

 カガリ氏の知り合い故、「邪魔だから帰ってくれ」と無下に扱うわけにも行かず……。

 しかし、考えようによってはラッキーだったのでは?

 付き合いの長そうなこの人なら、拙者達の知らないカガリの事を知っている可能性が高い。

 上手く聞き出せれば、これからのユウ氏攻略作戦に役立つ情報を得られるでござる。

「おいおい、見失っちゃうぜ?」

「……大丈夫でござる」

 心配せずとも、これまでユウ氏が女の子と会う際の尾行を全て成功させてきた"実績"があるのでござる。

 多少の雑踏ざっとうの中でも、拙者がユウ氏を見逃す事など有り得ないでござる。

「二人が止まった。茶屋に入るみたいだ」

 屋内に入ったでござるか……。

 入り口から見て左側の席にユウ氏、右側にカガリ氏が座る。 

「テッサ氏。どこか二人の会話を拾える場所は無いでござるか?」

 ここは地元の人間に賭けるでござる。

「会話を拾える場所ねぇ。このまま店に近付いても気付かれるだろうしなぁ……」

 くっ!早くも拙者の尾行神話が崩壊しそうでござる!

「あ、そうだ」

 何かを思いついたのか、テッサ氏は近くに店を構えていた行商人に話しかけた。

「おッちゃん、その帽子いくら?"国じゃ、あまり見ない珍しい形だから気になる"ってツレが言っててさぁ」

 店主らしき人が拙者を見る。

「ほぉ、聖王国から旅行かい?お目が高いねぇ嬢ちゃん。こいつぁ、がらは地味だがつばが広いから日を通さず、肌が焼けないって評判の帽子でな!安くしとくよ!」

 テッサ氏がふところから巾着きんちゃくを出す。

「帽子1つ8枚で売ってるんだが……可愛いお嬢ちゃんにおまけして5枚に負けとこうか!」

 おっちゃんありがとう!と、テッサは店主に銅貨を5枚支払って帽子を受け取る。

かたじけない。後でお金はしっかり返すでござる」

「気にしなくて良いって。ま、多分これでバレないだろ」

 それじゃ行こうぜ。と、2人が入っていった喫茶店に向かった。





「……2人はどんな関係なの?」

 単刀直入にカガリは聞いてきた。

「どんな……」

 僕にとって灯花は幼馴染みで運動神経抜群のすごい奴で。でも、友達らしい友達と話してるところなんてほとんど見たこと無くて。

 都会に憧れてラノベだのアニメだのを見始めたかと思ったら、「流行の最先端」とかでギャルファッションしてみたり……。変わった奴だけど、放課後やバイトの時の灯花は、なんだか毎日楽しそうで。

 僕みたいな勉強も運動も平均の平凡な奴に、何故かあんなに真っ直ぐな好意をぶつけてきて。

「……なんなんだろうな」

 はっきり言って灯花の事は好きだ。

 でも”どう好きなのか?”って聞かれると……。

「好きだけど……。なんて言ったら良いんだろう。今までずっと”友達”って部分が強かったから、灯花に気持ちをぶつけられても反応に困るというか……」

 我ながら中途半端である。

 だけど気持ちを0か1で示すなんて僕には難しいし、灯花みたいな一つの方向に振り切ってる方が珍しいと思う。

「一応、ボクはユウに聖法イズナを教えた立場にあるから"師匠"と"弟子"って形になるんだよね」

 カガリはいつもより真面目な表情で話す。

「師匠としては弟子の勉強に支障をきたす存在を、可能な限り取り除くべきなんだと思ってる」

「それは……」

 カガリに手で制される。

「うん。わかってる。話を聞いてユウの気持ちに整理がついてないだけなんだろうなって事と、時間が経てば特別な仲になるだろうって事は解った」

 だから旅にも同行してもらうよ。とカガリは続けた。

「それだけ強く想われてるなら、ユウがピンチになっても助けてくれるだろうし……」

 今まで生きてきてピンチになった事も助けられた事もほとんど無かったが、それは黙っておこう。

「でも、これからは昨日みたいな事になってもしっかりと跳ね除けること。女の子と遊びながら修められるほど聖法イズナは簡単じゃないからね!」

 本当に先生みたいだ。

「――――――――そう言えばさ」




「そう言えば……カガリ氏の性別、テッサ氏はご存知なのでござるか?」

 準備に時間がかかってしまい、2人の会話を途中からしか聞けなかったのは残念でござるが、ここはカガリ氏の知人から情報を引き出すでござる。

「カガリの性別?」

 予想外の質問だったのか、テッサ氏は困惑の表情を浮かべている。

「……う~ん、"女"じゃないの?」

 どうもはっきりしない答えである。

「カガリ氏とテッサ氏は昔からの知り合いだと思っていたのでござるがまさか知らない?」

「まぁ、それなりに長い付き合いだけどなぁ……。男か女かなんて聞くことも無かったし」

 ここまで来てカガリ氏の性別は未だ不明……。

「でも、アイツって女みたいな甘い匂いさせてるじゃん?香煙を焚き付けてんのか、香水をつけてんのかは知らないけど」

「甘い匂いでござるか……?」

 拙者はいだこと無いでござるが。

「そんな質問をするって事はもしかして、あの子をカガリに取られる!なんて考えてたのか?」

「え゛っ」

 それ以外に拙者が尾行する理由が無いでござろう。

「まぁ、そうだな。カガリが男でも女でも構わないなんて奴は龍の脚亭食堂の客でも何人か居るもんなぁ」

 なるべく関わりたくない人達でござるな。

「テッサ氏、何かカガリ氏の事で知ってる話は無いでござるか?」

 聞き耳を立てた感じだとユウ氏はなにやらお説教をされてるみたいでござるし、こっちに集中して話を聞く方が得策でござろう。

恋敵こいがたきの情報集めだな。確か以前酒を飲んだ時に、"見た目と年齢が一致しない事が悩み"って話を聞いたことあるぞ」

 お?ロリババアでござるか?あ、もしくはショタジジイ?

「なんでも、あぁ見えて大戦にも参加していたらしい」

「"大戦"でござるか?」

「そうそう、魔王軍が攻めて来た10年前の人魔大戦。どこで戦ってたとかは教えてくれなかったけど、聖法イズナ使いは大活躍だったからな」

 10年前に戦争があったのでござるか。

 しかし、こうやってたくさんの人達が生きていると言うことは……。

「魔王軍はどうしてけたのでござろう?」

「そりゃぁ、魔王が死んだからさ」

 頭にハテナが浮かびまくりでござる。

「攻めて来たのに死んだのなら、魔王は前線に出てきて戦ってたのでござるか?」

「……?知らないのか?」

 拙者は「知らないでござる」と首を振る。

「魔王は魔界で死んだよ。側近が謀反むほんを起こしたとか、どこかの国の決死隊が暗殺したとか、詳しい状況までは分からないが」

「それじゃ、どうやって死んだことが明らかになったのでござる?」

「"魔王の息子"を名乗る奴が各国に使いを送って、先代魔王の死と終戦を伝えたからな」

 色々とおかしな部分があって気になるでござるな。

 しかし、初めて聞く異世界情報ばかり……。これはテッサ氏と会えて本当にラッキーだったやも。

「その辺の話は本で読んだ方がもっと詳しく知れるし確実だろうよ」

 やはりこの世界の文字の習得は必須でござる。

「カガリに頼んだら多少の値が張るとは言え、本くらい買ってくれるだろ。この前の報酬で財布の中はいっぱいだろうし」

 "勉強"でござるな。

 さて、先程から何故かあちら側が少し静かでござるが……。


「あれ?テッサじゃん。なにしてるの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る