第98話 エリーの想い

 葬儀が終わって食事をとった後、僕はエリーの部屋に呼び出された。


 長い廊下の先にある扉をノックして中に入る。すると、エリーが扉を開けて顔をひょっこりと出した。


「エリー。エリクサーの調子はどう?」


「うん。いい感じだよ」


 適当に座って、と促されたので、僕はベッドにもたれかかった。彼女は何故かたたたっと走ってきて、僕の隣に座ってきた。


「ルカ。本当にありがとう。こんなに世界が美しく見えたのは初めて」


「それは取ってきたかいがあるよ。これでエリーも外に出られるね」


 エリーはうんと頷いて、さらに僕に近づいてきた。なんていうか……猫だね。完全に。


 エリーは透き通った瞳で僕の顔を見上げてくる。本当に綺麗な目だ。宝石みたいなこの目が物を破壊しまくっていたなんて信じられない。


 エリーはニコニコと笑っていたが、しばらくすると少し表情を暗くした。


「どうしたの?」


「……ずっと考えてた。クリスのこと」


 ――やはりか。そんな思いが僕の中で湧き上がった。


 そりゃ、エリーはクリスさんのことを知っているだろう。長い間勤務しているんだから。そして、そんな彼女がクリスさんの死に何も思わないはずがない。


「もし私がルカみたいに強くて、襲われても大丈夫だったら、クリスは死ななくても平気だったかもしれない」


「エリー、やめよう」


「クリスは私のために死んだ。でも……こんなに弱くて、迷惑しかかけない私に生きてる価値なんて――」


「そんなことない!」


 思わず声を荒げてしまった。その瞬間、エリーがビクッと肩を震わせた。腰のあたりに生えている白い尻尾もピンと立っている。驚かせてしまった。


「ごめん。ビックリしたよね」


「ううん。ルカは悪くないよ。私こそ変なこと口走ってごめん」


 エリーは取り繕うように表情を戻すが、数秒もするとまた暗い表情になってしまった。


「ねえ、ルカ。ルカはどうしてそんなに強いの? 私は人が一人死ぬだけで、怖くてしかたがないのに」


 エリーは震えていた。小刻みに揺れる彼女の体を落ち着かせるため、僕は彼女の頭を撫でた。


「……ルカ?」


「エリーは弱くない。自分と向き合うことは、とても難しいことなんだよ。エリーはちゃんとそれをしようとしてる」


「そんなことないよ。私は弱虫で、ルカなんかよりずっとちっぽけだから」


「……僕もそうだよ」


 僕の答えを聞いて、エリーは意外そうな顔をした。でも、これは嘘なんかじゃない。


「僕だって、守れなかった命がある。あと少し早かったら、あと少し強かったら、救えたかもしれない人だっていた」


「それってルシウスのこと?」


 僕は頷いた。彼だけではない。エルドレインや吸血鬼ヴァンパイアに襲われた人間だっている。助けられたはずの命は数えきれないほどだ。


 ――もちろん、その中にはクリスさんも入っている。


「時々、怖くなる。これからの人生で、僕はもっとたくさんの人を助けられなくなるかもしれないと思うと、やりきれなくなることがあるんだ。僕も弱虫だから」


「でも、ルカはちゃんと立ち上がる」


「うん。僕には世界一の冒険者になるって夢があるから。立ち向かうことは時々怖いけど、立ち上がらなきゃいけないと思うんだ。だから怖くても、一歩前に踏み出すんだ」


 それに、今は僕の夢を応援してくれる仲間がいる。だから、どれだけ怖くても前に進むんだ。


「ルカはすごいね、私にはできそうにないや……」


「エリーにだってできるさ。どんなに弱くたって、生きていれば前に進むことができるから」


「生きていれば?」


「うん。だから生きてる価値がないなんて言っちゃ駄目だよ。クリスさんが守った未来は、君が歩いていかないと」


 エリーは少し黙って考えた後、コクリと頷いた。わかってくれたようだ。


「まだ少しわからないけど……私もやってみるよ。ありがとう、ルカ」


 エリーはグッと拳を握ると、今度は本棚に走って、一冊の本を持ってきた。


「ルカ、実はお願いがあるの」


「お願い……? それに、その本は?」


 本の表紙を見てみると……『数学』と書かれている。分厚い辞書のような本だ。これってもしかして、教科書?


「実は、明日から学校なの。でも、この前侵入者に襲われたばっかりだから、一人じゃ駄目ってお父様が」


 なるほど、見えてきたぞ。つまり、そのお願いの内容とは――。


「明日からしばらく、護衛として私と一緒に学校に行ってほしいの。……と言っても授業を受けるだけなんだけど」


 やはり、護衛の依頼のようだ。学校なんて行ったことがないから、なんだかおもしろそうじゃないか――


「「「学校!?!?!?」」」


 エリーの言葉を聞いた瞬間、バンと部屋の扉が開いた。出てきたのは、リーシャ、ミリア、イスタの三人だ。


 この三バカ……行動範囲が着実に増えている!!!!


「ルカさん! 青春ですよ青春!! 明日からスクールライフで青春しちゃうわけですね!?」


「わーいなのじゃ! とうとうわらわの知識を披露するときがきたようじゃな!」


「あたしも楽しみっス! あたしが生徒会長になった暁には、生徒全員にオリジナルの口上を――」


 ……前言撤回。学校生活、楽しそうよりも大変そうが上回ってしまった。


 なんたって、僕にはうるさい神器たちがついているのだから!!


※このあと三人はリムに回収されました。

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