第89話 いざ対面、世界樹!

 次の日になって、僕たちはミハイルさんの案内で世界樹へと向かった。


 カシクマの家の玄関を開けると、その先は自動的に世界樹の最寄りの村になっている。


 世界樹を攻略しに行くのは僕・セシル・アルベールの三人。それに案内役のミハイルさんが加わって合計四人での移動となる。


「……いつも思うけど、おもむきもへったくれもないよね、これ」


「でも、ドグランズから歩くと一日かかっちゃうらしいわよ。冒険が終わったら一緒に歩きましょう。二人で!」


 セシルがそう言って、僕の腕に抱き着いてきた。恥ずかしいからやめてほしい。


 次の瞬間、強烈な殺気を背中に感じた。嫌な予感がして振り返ると……。


 玄関には、目をギラギラと光らせてセシルを睨みつけるメイカの姿があった。


「あら? 誰かと思えば留守番のメイカじゃない。私はルカと一緒にダンジョン攻略に行くから、待機よろしくね?」


「もちろん、美味しいお夕飯を作って待ってますにゃ。メイカも人間だから、うっかり一つだけお肉を炭にしちゃうかもしれないけど、仕方ないですにゃ~~」


 笑顔で皮肉を言いあった二人は、視線で火花をバチバチと散らし始めた。このくだりが始まると、間に挟まれる僕にいいことがないので、やめてほしい。


「あ、それから……アルルは帰ったら昨日の宿題の続きをやってもらうから、覚悟しておいてくださいにゃ!」


 宿題、というのは、アルベールがメイカ先生から課されている掛け算の問題のことだ。最初は逃げ回っていたようだが、メイカには勝てないと悟って昨日から大人しく勉強を始めたらしい。


「嫌だ。お前はかけ算を教えると称して嘘を教えてくるからな。3の段もほとんど間違ってたぞ」


「だ・か・ら!! 間違ってるのはアルルですにゃ!! なぜ頑なに認めない!!!」


「……ゴホン。そろそろいいだろうか?」


 いつまで経っても出発しない僕たちの様子を見て、ミハイルさんが困ったように咳ばらいをした。すみませんでした。



 村から世界樹までは三十分ほどだった。遠くに見えていた巨大な樹が、近づくほどにさらに大きくなっていく。


 すぐ近くまでやってくると、それはもうすごかった。アニガルドの王城の何倍も大きな、山のような樹が目の前にそびえ立っているのだ。


 見上げても一番上は見えない。世界樹と言う名前に恥じない、天を貫いてしまうようなスケールだ。


「ここが世界樹……」


 少し感動を覚えつつも、幹を触ってみる。木の皮特有の厚みを帯びた固い感触を覚え、この樹の歴史の一部に触れているような気分になった。


 ここがダンジョン、世界樹。100階層以上昇り続ければ、エリーを助けることができる。


 圧倒的な大きさに少し委縮してしまったが、ここまで来て引き返すつもりはない。僕たちは今日、このダンジョンを攻略するのだ。


「ルカ。私は勤務があるのでドグランズに帰るが、大丈夫か?」


「はい。ありがとうございました」


 ミハイルさんは別れを告げると、元来た道を引き返していった。彼もカシクマの<ドア・トリップ>を使えるようになったので、こういう移動が可能なわけだ。


 改めてダンジョンと向き合う。僕の横に並ぶセシルもアルベールも、かなり緊張しているようだ。


 今回、本来は僕一人でダンジョン攻略にあたろうと思っていた。


 しかし、セシルは僕が心配だから、アルベールは強くなるためにとついてくることを決めたのだ。


 特にアルベールは、僕が前に『格上と戦って強くなった』と言った話を覚えていて、それも期待しているらしい。


「二人とも、そろそろ行くけど、準備はいい?」


 僕が問いかけると、二人は強くうなずいた。


「……上等だ、このダンジョンの敵は全部俺が倒す。ついでにお前もだ、ルカ」


「私も準備はオッケー。世界一の冒険者の仲間として、強くならなくちゃいけないんだから」


 二人とも、覚悟は固いようだ。いざ、世界樹の中へ行こう。


 木の幹の側面には、僕の背丈の二倍程度の大きな扉のようなもの備えられている。ようなもの、というのは、それにノブがないから扉として機能していないという意味だ。木製で、何やら神秘的な文様が刻まれている。


 どうやって開けようかと思案していると、扉の中心、僕のすぐ目の前に螺旋の模様があるのを見つけた。なんとなく、僕は手をかざしてみた。


 次の瞬間、扉がゴゴゴゴゴ、と音を立てて中心から上下に割れ、まるで口を開けるようにして開いた。いきなりビンゴのようだ。


「行くよ、二人とも!」


 僕たちはさっそく、ダンジョンの中に足を踏み入れる――



 扉の先は、真っ暗な空間だった。根っこのようにうねった樹が入り組んで壁を作っていて、迷路のようになっている。


 壁が木になっていること以外は、常闇の洞窟とほとんど変わらない。おそらく他のダンジョンと一緒で、迷路のような道を進みながら、中で発生するモンスターを倒すのだろう。


「それにしても、なかなか暗いわね……明かりをつける?」


 セシルの言う通り、明かりをつけないと進むのは大変そうだ。同意をしようとしたその時。


「あれ、明かりが……?」


 なんと、木の壁がほんのりと発光しだしたのだ。ぽつりぽつりと壁が光りはじめ、徐々にその面積が広がっていく。壁に白い斑点がいくつも出来て、1分もしないうちに、ダンジョン内は白い神秘的な光で包まれた。


「綺麗……太陽の光がここまで来たのかしら?」


「もしくは、挑戦なら真っ向から受けて立つという意思表示だろうな」


 アルベールは好戦的に笑い、大剣レイの切っ先を真っすぐある方向に向けた。


 その先には――モンスターだ。ゴブリンほどの大きさのキノコが、こちらに向かって歩いて来ている。


「マタンゴね。ダンジョンの一階層にはおあつらえ向きなモンスターじゃないかしら」


「ルカ。お前は引っ込んでろ。ここは俺たちが戦う」


 世界樹と言っても、ここはダンジョンの一階層だ。大して強いモンスターは出ないだろう。


 そして、二人は強くなるために来た。だったら、僕がやることは決まっている。


「――わかった。戦闘は二人に任せるよ。ただし、油断はしないでね!」


 二人の成長を見守る。何か危険がない限り、僕からは手を出さない。


 そんな意志を汲み取ってか、二人はニヤリと笑うと地面を強く蹴り、モンスターに飛び掛かる。


 僕たちのダンジョン攻略が、今始まった!

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