第77話 二人の家路

 こうして、早朝に起こった吸血鬼による真の血霧狂乱スタンピード事件は、幕を閉じた。


 真祖を始めとした、街に侵入してきた吸血鬼たちは一匹残らず倒すことが出来た。イスタの<インフィニティ!>と<コントロール!>のスキルを組み合わせた矢の雨攻撃は思っていた以上にしっかりと機能してくれていたようだ。


 それから、リムの<穢れを浄化する祈りプライ・フォー・ピュリフィケーション>もよかった。吸血鬼化していた人の状態異常を無効化したのが、被害を減らせた最大の要因ではないかと考えている。


 そういえば、ファシルスが死に際に『真の血霧狂乱スタンピードは止まらない』と言っていたが、それはミリアのおかげで止めることができた。いや、正確には既にできていた・・・・・と言うべきだろうか。


 ファシルスの<穿全貫理血槍ブラッディ・ランス>と<獄炎破壊演舞ごくえんはかいえんぶ>がぶつかり合った時、ついでに地面の形を変形させることで、赤い霧を発生させていた魔法陣を破壊しておいたのだ。


 だから、そもそも血霧狂乱スタンピードは不発だったし、ファシルスの計画通りにはいきませんでした、というわけだ。気づいたらいつの間にか霧も晴れていたし、万事解決!


 レティとリーシャの二人は戦闘で活躍してくれた。透明でわかりづらかったけど、ミリアの攻撃の爆風からセシルとアルベールを守ってくれたのはレティだった。リーシャは次元を切り裂くのに役に立ってくれた。


 なんにせよ、神器ーズは大活躍だった。今回も僕一人の力ではどうにもならなかったところを助けられた形だ。まだまだ僕も強くならなくちゃ。



 メイカが作った昼食のカレーを食べて、僕たちはしばらく、ミカインの街の復興を手伝うことを決めた。人の被害は少なかったと言ってもゼロではない。そして、主に幹部が暴れたせいで建物がめちゃくちゃになっている。


 それから、冒険者協会も大変だ。会長のルドルフが死亡した上に、吸血鬼との癒着がダンテさんの口から明らかになった。対応にもしばらく時間がかかるだろう。


 なんにせよ――まだ、冒険を再開するのはお預けってわけだ。



 夕方になって、僕は一人でミカインの街を歩いていた。少しだけ壊れている場所もあるが、いい街だ。吸血鬼の手から離れることができたと知っているからなおさらか、色々な建物や人が集まっているこの街を美しいと感じてしまう。


「ルカ!」


 そろそろ冷えてくるし、カシクマの家に戻ろうとしたその時。僕の名前を呼ぶ声がした。


 セシルだ。彼女は手を振って僕の方へと駆け寄ってきた。


「セシル。怪我はもう平気なの?」


「うん、リムに治してもらったから」


 朝にあれだけのことがあったのに、もうなんともなさそうだからすごい。おまけにカシクマの<ドア・トリップ>を目の当たりにしたり、神器が人間になるのも見たりしたばかりだというのに、呑み込みが早すぎる。


今までも数々の修羅場をくぐってきた彼女だからこそ、精神力が鍛えられているんだろう。


「ルカ、帰る前に二人で少し歩かない? 疲れているならいいんだけど」


「いいよ。僕ももう少し歩いたら帰ろうと思ってたところなんだ」


 僕とセシルは並んで街を歩く。そういえば、こうして一緒に歩くのもいつぶりだろうか。


 昔は二人で日が暮れるまでよく遊んでいたっけ。スキルが判明してから、セシルは冒険者として引っ張りだこになって、なかなか遊ぶことができなくなったんだっけ。


「ねえ、ルカ。覚えてる? 最初に私と会ったのも、こんな夕方だったよね」


「確かにそうだったね。セシルが泣いてたところに僕が話しかけたんだっけ」


「そうだよ。それから私たちは友達になって、一緒に遊ぶようになって……」


 思えば懐かしい話だ。


 しみじみと振り返っていると、セシルがピタリと足を止めて下を向いた。


「セシル……?」


「ルカ、ごめんね。私、ルカがパーティの中で苦しんでたのに、無理やり引き込むようなことをして」


 セシルが頭を下げたのを見て、僕はわけがわからなかった。なぜ彼女が謝る必要があるのだろうか?


「私、ずっとルカのそばにいたくて。同じパーティにいれば、いつか夢を叶えられると思ってたんだ。でも、突然ルカがいなくなっちゃって、私……」


「大丈夫だよ」


 言葉を頑張って紡いでいるセシルを見かねて、僕は、水色の髪がサラサラとした彼女の頭を撫でる。


「僕は気にしてないよ。むしろ、感謝してるくらいだよ」


「感謝?」


「うん。あのパーティにいなかったら、今の僕はいないから。それに、セシルが僕のことを考えてくれたから、ここまでこれたんだよ」


 10歳で無能の烙印を押された僕を、自分よりも信じてくれていたのはセシルだった。ルシウスに殺されかけたのは事実だけど、絶望の淵にいた僕を助けてくれたのは、僕のことを信じてくれる人の存在だ。


「……僕のほうこそごめん。エルドレインとの戦いのあとに、セシルに会うべきだったのに」


「そんなこといいよ。今の私が幸せだから」


 セシルはそう言ってくしゃっと笑う。幼いころから変わらない、可愛い笑い方。


 少し会っていなかっただけなのに、なんだかしばらく期間が空いたような気分だ。それだけ、僕と彼女はずっと一緒にいたということの裏返しなんだろう。


「ルカ。私のことをずっとそばにいさせて。私、ルカに見合うような人間になるから」


 そういえば、セシルと僕は世界一の冒険者になるって約束してたんだっけ。ずっとそばにいさせてってことは、パーティとしてってことだね。


「うん。これからも一緒だよ」


 すっかり寒くなってきたので、僕たちはそこで帰ることにした。


 帰り道、ふと、さっきの彼女の言葉が、『冒険者として』ではないのではないかと思ったけど……気のせいだよね。うん。

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