第48話 腕相撲戦士、ライオス!

 ライオスと名乗る屈強くっきょうそうな男は、腕をグルグル回した後、指をポキポキと鳴らした。


「そうか、強い相手なら楽しみだなあ……。俺はこれまで、腕相撲で負けたことがないんだ。敗北を知りたくてやってるっていうのもある」


 肘を机につけ、ライオスは得物を狩る猛獣もうじゅうのような目で僕を見た。


「「頑張れルカさん! 頑張れルカさん!!」


 声援を飛ばす二人。面倒ごとを引き起こしてくれたわけだが、情報を聞くことができるならお手柄だ。


 腕相撲なんて人生で一度も勝ったことないけど、大丈夫だろうか。少し不安になりながらも、僕は手を組んでセットポジションについた。


「行きますにゃ! 3、2、1……スタート!!」


 メイカが合図をした瞬間、ライオスが腕にじわじわと力を入れ始める。僕が弱そうだから手加減をしているんだろうか。


 しかし、すごい力だ。人間と組んでいる気がしない。腕っぷしが強い冒険者の中でも一番強いというのもうなずける。


 腕の力が拮抗きっこうしているのを見て、ライオスが笑った。


「おっ、意外とやるじゃねえか! 強いっていうのは本当なんだな!」


 僕が粘ったのが嬉しかったのか、笑みを浮かべながらさらに力を強めていくライオス。


「ほら、どうしたどうした! 反撃しないと潰されるぜ!」


 ライオスは好戦的に笑いながら、腕の力をどんどん強める。前傾姿勢で、だいぶ気合が入っている。


「そろそろ行くぜ! 80%だ!!」


 宣言した瞬間、彼の体から白い煙が上がり、激しい熱を感じる。すごい。腕相撲でこんなに熱量をこめることができるのか!


「これでも駄目とはな…! おもしろい、全力を出すのは久しぶりだ!! 100%をぶつけてやる!! さあ、俺をもっと楽しませてくれ!!」


 ライオスはついに本気を出してきた! 力も始めの時とは桁違いだ。人間離れしたその怪力は、僕の腕を倒そうとぶつかってくる!


「だったら僕も、もう少し力を出さないとね」


「なんだ!? お前も100%を出すのか!?」


「いや、3%かな」


「何!?」


 ああ、こんなもんでいいのか。


「ハッタリを言うんじゃねえ! 俺の本気とたったの3%の実力が釣り合うわけがーー」


「ハッタリじゃないよ」


 拮抗していた状態から、僕は少しだけ力を入れる。すると、ライオスの腕が一気に押され、机に叩きつけられてめり込む。


「うおおおおおおお!? な、なんだとっ!?」


 突然の出来事に、ライオスは目を見開き、驚きの声を上げる。


「ルカさんの勝ちですにゃ!」


 正直、このギルドで一番だという彼の腕相撲の実力を見たかったんだけど。やっぱりこんなものか。


 上には上がいると実感したかったばっかりに、少し残念な気持ちになる。


「俺の全力をいともあっさりと……お前いったい……?」


「僕はルカ。知りたいことがあるんだ」



 腕相撲が終わり、落ち着いたところで、僕たち三人の前にはドリンクが運ばれてきた。


「俺に勝った賞品みたいなものだ。強者には敬意を表さなきゃな」


 いきなり絡んでくるチンピラみたいなおっさんだと思っていたけど、ただ腕相撲が好きなアスリートみたいな冒険者だったみたい。今は僕のことを称えるような目で見ている。


「やった! メロンクリームソーダですよ! アイスとソーダがミラクル起こしちゃってます!」


「メイカは猫舌だから、アイスコーヒーにしましたにゃ」


 ちなみに僕はジンジャーエール。


「で、俺に聞きたいことっていうのはなんだ? 答えられることならなんでも話すぜ」


「ああ、ダンテっていう人を探してるんだ。勇者パーティの子孫だとかいう……」


ライオスは戦士ウォーリアーだって言ってたから、何か知っててくれそうだと思ったんだけど。


「知ってるぜ。ダンテ・デオダートだろ? 戦士ウォーリアー界隈かいわいじゃ有名だぜ」


「やりましたよルカさん! いきなり当たりです!」


 これはかなり幸先さいさきがいい。ライオスはダンテさんのことを知っているんだ。なんたる偶然!


「今、その人がどこにいるか知らない? 会って話が聞きたいんだけど」


 僕が訴えかけると、ライオスはあごに手をやり、うーんと考え始めた。


「残念だが……最近、あの人の姿は見てねえんだ。少し前までは時々ギルドに顔を出していたんだけどな。体調でも崩してるのかもしれねえ」


「なるほど、最後にダンテさんを見たのはいつ?」


「一週間前だな。いつもと同じようにクエストを受けてるのを見たぜ。この席からな」


 ライオスはカウンターの方を指さして言った。さすがは腕相撲ハンター。ギルドのことはよく見てるみたいだ。


「ちなみに、ダンテさんの家はどこか知ってる?」


「わからねえなあ。ただ、あの人は真面目だから家は大きくないと見た。こんだけ広いミカインで、探すのは困難だぜ」


 うーん、となるとダンテさんに会う方法はないのか……せっかくあと少しで会えそうだと思ったのに、一気に振り出しに戻ってしまったな。


「まあ待て! 俺に考えがあるぜ!」


 諦めかけていたその時、ライオスが自分の右肩をパシっと叩いてニヤリと笑った。


「考えって?」


「兄ちゃんは知らねえかもしれないが、この街には『冒険者協会』の本部があるんだ」


「冒険者協会ってなんです?」


「各地の冒険者ギルドを管理する組織のことですにゃ」


 小首を傾げるリーシャに、メイカが注釈ちゅうしゃくする。


「そうだ。簡単に言えば冒険者ギルドのボス! って感じだな」


 各地にある冒険者ギルドは、冒険者協会から活動を委託されている『支店』のようなものに過ぎない。


 冒険者と依頼人を繋ぐ目的で作られた冒険者ギルドに対して、冒険者協会はギルド同士を繋ぎ合わせるのが役割だ。


「で、冒険者協会とダンテさんに何の関係が?」


「あの人は有名人だからな。冒険者協会に呼ばれて仕事を手伝ってるって聞いたことあるぜ。つまり! あそこに行けば何か情報が得られるかもしれないっつーわけだ!」


 『どうだ!』と最後に付け加え、ライオスは鼻にかけるようにして腕を組んだ。言っていることは至極しごく簡単なことで、別に大した内容ではないんだけど……。


「なるほど、その手がありましたか! 天才ですね、ライオスさん!」


「おお、わかってくれるか嬢ちゃん! 腕相撲の才能あるぜ!」


「そうでしょうそうでしょう! 今はまだですけど、いつか覚醒する日も近いと思うんですよねえ!」


 リーシャとライオスはすっかり意気投合している様子。まあ仲良くなったのはいいことなのか……?


「それにしても、兄ちゃんといい、すげえやつを見ることが多くなってきたなあ……」


「ルカさんみたいな人がいたんですかにゃ?」


「ああ、昨日はとんでもない氷魔法を使う女を見てな……あの子に腕相撲を挑もうと思ったんだけどよ、すぐ帰られちまって」


 へえ、ミカインにはすごい魔法を使う人がいるんだなあ。世界には、まだまだ僕が知らない強い人がいるってことだね。


 僕たちはしっかりドリンクを飲み干した後、ライオスにお礼を言ってギルドを後にした。

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