第46話 黒塗りの烏

 ミカインのギルド。それは街の中心に位置する、二階建ての木造の建物。


 クノッサスのギルドよりも倍近く広く、冒険者数もはるかに多い。人口が密集している都市だからこそ、住民たちの要望も多く、冒険者への需要も高いからだ。


 ルカたちがカシクマの家で試練を受けているころ、冒険者ギルドは今日も人でごった返し、ある者は酒を飲み、ある者は掲示板の前で目を光らせる。そしてあるものはパーティで席に座り、作戦会議をしていた。


 一人の男が出入口から外へ出ようと扉に手を伸ばしたその時、外から勢いよく扉が開けられ、外から一人の少女が中へ入っていく。


「いってえ! 何すんだよ!」


 男はその人物を見た瞬間、思わず息をのんだ。


 さらりと揺れる水色の髪。水晶のように透き通った青い瞳。ミルクのように白い服を着たその少女は、まるで物語に出てくる魔女にそっくりで、何より美しかった。


 セシル・リーベリア。クノッサス出身のS級冒険者だ。


 ルカを追ってこの街までやってきた彼女は、一目散に走り、冒険者たちをかき分ける。その目はとても真っすぐに、ある一点を見つめていた。


 ある席の前で立ち止まると、セシルは肩で息をしながら呼吸を整えた。


「ルカ!」


 焦っていた表情から一変、セシルは瞳に涙をうっすらとためながら、歓喜の表情を浮かべる。


 彼女の目の前には、一人の黒鎧の男がいた。


「……誰だ?」


 黒いヘルムの向こうから返事がした。その瞬間、セシルの喜びに満ちた表情は崩れる。


「……違う」


 セシルの瞳から、一瞬で光が消えた。


「誰なんだよ女。いきなり声をかけてきて、俺を誰だと思ってやがる?」


 黒鎧の男は荒々しくセシルに言う。品のない、中年の男の声だ。


「いいか、俺はクノッサスの街でS級1位として名高い『漆黒の烏ブラック・レイヴン』のルーク様だぞ? お前みたいな一般人が関われるような相手じゃねえんだよ!」


 ガチャガチャと鎧の音を立てながら、男は名乗りを上げる。一方で、セシルは先ほどまでの興奮を冷まし、微動びどうだにせず男を見据えた。


「あなたがルーク……いや、自分をルークだと吹聴ふいちょうして回っている男ね」


「吹聴だと? 馬鹿言うな。俺が本物なんだよ!」


「嘘よ。あの時私のことを助けてくれたのはあなたじゃない」


 男の主張に対し、セシルの中には揺るがぬ確信があった。あの王墓で古代王から自分を助けたのはこの男ではない。


 何より、ルークの正体が幼馴染のルカであるとわかっていたからだ。


「ん? もしかしてお前、あの王墓で俺に助けられたのか? お礼でも言いに来たってか?」


「違う。あなたに言いに来たわけじゃない。私は本物のルークに会いに来たの」


「だから、俺が本物なんだよ!」


「嘘よ! あなたはルークをかたっているだけ――」


 鎧の男に声を荒げたその時、バシン、と大きな音が鳴り響いた。


 セシルが鎧の男に頬を殴られたのだ。


「女が。何回言ったらわかる! 俺が本物のルークだ!」


 セシルの頬が微熱を帯びる。彼女の中で、糸がプツリと切れた。


「本物なんだったら、私より強いはずよね?」


「そんなの当たり前だろ。お前みたいな小娘に、俺が負けるわけ――」


 その時、鎧の男は違和感を覚えた。足が動かない。そして――冷たい。


「ヒィ!?」


 視線を落とすと、自分の足が凍り付いているのがわかった。そして、目の前の少女、セシルの体からは冷気が漂っている。


「私より強いなら、この程度の魔法なんて効かないわよね?」


 鎧の男の足がみるみるうちに凍り付いていく。そして、鎧の外側からでもしっかりと固められていて、足の感覚は既になくなっていた。


 このままだと、氷漬けにされてしまうだろう。


「や、やめろ! やめてくれ! 俺が悪かった!」


「だったら答えなさい。あなたはなぜルークの名前を騙るの?」


「騙ってなどいな……あああああああああ!!!」


 足が凍り付き、冷たさは痛みに変わる。男は悶絶もんぜつし、激しい声を上げた。


「わ、わかった! 教える! だからこれ以上はやめてくれ!」


「早く。単刀直入に言わないと凍死とうしよ」


 苦しみながら、鎧の男は呼吸を整えて喋る。


「……英雄闘技会えいゆうとうぎかいだ」


「英雄闘技会?」


「ああ。各地のS級パーティ1位が集まって、一番を決めるんだ。俺はそれに出たいと思っている」


「そんな大会に出てなんのメリットがあるのよ?」


「優勝したパーティには、2000年前から受け継がれる神器級ゴッズの装備が贈呈ぞうていされるんだ。そいつを手に入れれば、俺は全てを支配できる!」


 ヒヒヒ、と鎧の男は下卑た笑い声を出す。セシルは彼のその様子を見て、再び氷の浸食を再開した。


「ヒッ!! 答えたのに!!」


 氷はどんどん広がっていき、やがて膝まで来たところでピタリと止まる。


「……くだらない。もう二度とあなたと関わることはないだろうから、ここで許してあげる。――もう二度と、その名前を騙らないことね」


 セシルは鎧の男の耳元に顔を近づけ、そう忠告すると、くるりと方向を変えて歩いて外へ出て行った。ギルド中の視線を、その整った小柄な体一点に集めながら。


「あの女……コケにしやがって! 今に見てろよ、神器を手に入れたら、まずはあの女をいたぶってやる……!」


 鎧の男は足を氷漬けにされながら、怒気をはらんだ声で言った。


 ギルド中が、セシルと鎧の男の事件を見て、どよめく。彼らの話し声で、掲示板に張られた『英雄闘技会』を告知するポスターがはらりと揺れた。

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