第12話 幻影の大森林

「ルカさん、本当にこんなクエストでよかったんですか?」


 ギルドでクエストを受注して、森へと向かっていると、となりを歩くリーシャが僕に話しかけた。


「なにが?」


「ゴブリンなんて、ルカさんにとって雑魚モンスターもいいところですよ! あのダンジョンで言うなら、1層か2層に生息するくらいなんですから」


 どうやらS級クエストを却下きゃっかされたのが相当悔しかったらしく、リーシャは不服ふふくといった様子だ。頬をハムスターのようにぷっくりと膨らせている。


「仕方ないんだよ、僕が弱かったのが悪いんだから。それに、ゴブリン退治だって、村に住んでる人から感謝される大事な仕事だよ」


「ルカさんは優しすぎですよ。普通は自分の実力を低く見られたら怒るものです! ギルドの人たちはルカさんの強さを弱く見積もりすぎですよ!」


 リーシャこそ僕の実力を買いかぶりすぎだと思うけど。僕なんて、リーシャがいなかったらあの生ごみの山で死んでたからね。


 それに……冒険者のランクなんて、少しずつ上げていけばいいだけの話だ。何も焦る必要はない。


「そういえば、リーシャはゴブリンのことを知ってるんだね?」


「当たり前じゃないですか! それくらいの知識、誰にだってありますよ!」


「ってことは、リーシャはゴミ捨て場にいる前、ゴブリンを見たことがあるのかな?」


 リーシャは、あのダンジョンのゴミの山に至るまでの経緯を覚えていないという。でもゴブリンを知っているということは、最初からあの場所にいたわけではないということだ。


「確かに……私はゴブリンを知っています。他にもエルダリードラゴンのことも知っている……ということは、前に一度遭遇したことがあるんでしょうね。記憶にはありませんが」


 具体的にいつどこでゴブリンと接触したかはわからないけど、ゴブリンのことはわかるんだ。まあ前は剣だったくらいだし、覚えてなくても不思議じゃないけどね。


 と、そんな話をしていたら森にたどり着いた。


 目の前に現れたのは、光が射しこまないほど深く生い茂った極相林だ。冒険者の間では幻影げんえい大森林だいしんりんと呼ばれていて、鬱蒼としたこの森にピッタリなネーミングだと思う。


「うわっ、虫ですよルカさん! 虫がたかってきました! 刺さないで!!」


 森の中から大量の羽虫が飛来し、リーシャに向かっていく。スズメバチの巣を落としてしまったレベルの数だ。リーシャは狼狽ろうばいして逃げまどい、なんとか虫たちを振りはらおうとする。ちょっと見ていて面白い。


「ルカさん助けてください! このままじゃ虫刺されだらけになっちゃいます!」


「剣に戻れば追いかけられないんじゃない?」


「あっ、そっか!」


 僕の周りをグルグルと回っていたリーシャはポンと手を叩いて、光を放って元の剣の姿に戻る。途端とたん、虫たちはそそくさと森の中へ帰っていった。


 虫は光にたかるって言うけど、光の聖剣にもたかるんだね……。


『た、助かった~! 私、今回ばかりは駄目かと思いましたよ~!』


「これはしばらく剣のままでいたほうがいいだろうね……」


 僕は剣になったリーシャを手にし、森の中へと足を踏み入れていった。



 依頼の内容はゴブリンを10体倒し、その耳を採取することだったが、できればもっとたくさんのゴブリンたちを倒したいところだ。ゴブリンは農村の人にとって有害なモンスターだから、ギルドはこの地域の領主からあらかじめ依頼金を仮受けしている。だから倒せば倒すだけ報酬の額も弾むというわけだ。


 よーし、今日はゴブリンをたくさん倒して、リーシャにもっと美味しいものを食べてもらうぞ!

 それから、リーシャがまだボロボロなので、整備にもお金をかけたい。せっかく神器なんだから、万全な状態を見てみたいなあ。


「ヴェルディさーん!? どこですかにゃー!?」


 ゴブリンを探しに行こうとしたその時。森の中で少女の声が響く。


「今、ヴェルディって言ったよね……?」


 ヴェルディと言えば、今朝僕のことを突き飛ばしたS級冒険者の名前だ。そんな彼の名前を呼ぶ人物……いったい誰だろう。いや、聞いたことのある声だったぞ。


『ルカさん、今のは聞いたことある声でしたよ。行ってみましょう!』


 リーシャの言う通り、なんだか嫌な予感がしたので僕たちは声がした方へ進んでいく。


 声の主は意外とすぐに見つかった。たった一人でたくさんの荷物を抱えながら、一人の少女がとぼとぼ歩いていた。


「もしもーし」


「うわっ!? な、なんですかにゃ!?」


 声をかけると、少女はまるで脅かされたようにビクッと肩を震わせ、すごい勢いでこちらに振り返った。彼女の腰のあたりには尻尾が生えていて、驚きでピン! と立った。


「って、あなたはさっきギルドでぶつかった!」


 メイカ、だっただろうか。彼女は僕のことに気付いてくれたようだ。


「……驚かせてごめん。さっきぶりだね」


「そうですにゃ。えっと……」


「僕はルカ。ルカ・ルミエール」


『私はリーシャです!』


 リーシャの声は、彼女には聞こえない。だから名乗る必要性は皆無かいむだ。


「ルカさん。私の名前はメイカ・マイオニアですにゃ」


 メイカは尻尾を元の高さに戻し、ようやく落ち着きを取り戻して自己紹介をした。


 ショートの白い髪で、目は綺麗きれいな青色。礼儀正しいんだけど、少しおどおどとしていて、自信がなさそうな印象を受ける。


「ヴェルディさんの名前を呼んでたのはメイカ?」


「はい。実はメイカ、ヴェルディさんのパーティの荷物持ちをやっているんですが……なんか迷っちゃったみたいで」


 メイカは困ったような表情で言った。尻尾も連動して下がっていく。


「メイカも荷物持ちなの?」


「そうですけど、『も』ってことは……」


「うん。僕も元は荷物持ちだったんだ」


 荷物持ち仲間だ! なんだか親近感しんきんかんが湧いてくるなあ。


「じゃあ、メイカは戦闘とかは……」


「全然できませんにゃ。その上、こんなに荷物を持って迷子になっちゃったものですから……あとでどんな目にあわされるか!」


 メイカは右肩、左肩、腹、背中の全てにバッグを装備している。僕だからわかることだが、一般的な荷物持ちのスタイルだ。


 戦闘ができず、さらにこんな重い荷物を抱えたメイカを置いていくわけにはいかないだろう。


「よし、じゃあヴェルディさんが見つかるまで、一緒に行動しよう。そっちの方が安心でしょ?」


「それは凄く助かりますにゃ。でも……ルカさんってF級冒険者なんですよね? 強いんですかにゃ?」


 う。痛いこと言ってくれるじゃないか。でも、雑魚だったのはもう昔の話だ。


『ルカさん! モンスターが来ますよ!』


 リーシャが声を上げたその時、茂みがガサゴソとなり、ゴブリンが姿を現した!

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