キャットフードの味は。
識織しの木
ネコ
目覚ましのアラームを止める。いつもと変わらない朝。太陽が嫌いなので、日差しを軽く一睨みする。これが私の日課。冬なんかは日が昇るのが遅いのでこの日課は一時休止になる。
エアコンの冷気が届かない場所に出ていくのは億劫だった。重い腰をよいせと上げて、仕方なく寝室を出る。いやいや、まだまだ若いだろと心の中でつっこむ。
老いとは思っていたよりも早く来てしまうものだった。十代から二十代になるときは、何だか時が過ぎるのは早いなぁと感じたくらいだった。二十代から三十代というのは、何だかとてつもなく大きな境界線のように感じた。二十代までは若く輝いていて、三十代になると瞬く間にくすんでいくのだ。
三十歳。つい最近まで二十代だったのに、何でこんなに違うんだろうなぁ。まだ、お婆さんではない筈なのに。
丁寧に洗顔する。お婆さんになるのが、すこぅしだけでも遅くなりますように。
適当に朝食を作って、居間に運ぶ。
何か、おかしくないか?
気付いた。
私の方に光るぎらぎらした視線を、今日は感じない。料理をテーブルの上に置いた。
飼い猫をそっと撫でる。
冷たかった。
目を閉じて、眠っているときと変わらぬ体勢で、固まっていた。
そっかぁ。お前ももうそんな歳だったんだ。随分お婆さんだったんだねぇ。
もうぴくりともしない飼い猫の背を、私の掌がいったり来たりする。
友達の飼い猫が出産したからと、弟が貰ってきた猫だった。多分今年で十四歳。寿命だったのだろう。
弟は猫に、アニメに出てくるモンスターの名前を付けた。その名前はカタカナで言いにくて長かったし、猫のちんちくりんな姿とはちぐはぐで可笑しかった。
私は猫をネコと呼んだ。父と母はクロ、と呼んでいた。ネコはそれらの呼び名のいづれにもあまり反応を示さなかった。それでも私たちはそれぞれの呼び方で呼んで、来ないのでこちらから近づいては撫でたりしていた
父は私が高校を卒業してから亡くなった。持病が悪化した結果だった。近い内にこうなるだろうことは予想していたので悲しんだりすることはなかった。
専門学校に通うため上京した私はその後、専攻した分野とは全く関係のない職に就いた。安定した給料と休み。私が欲しいのはこの二つだった。
好都合な物件に住み着いて二年半ほど。ネコがいる生活が再び戻ってきた。弟が専門学校の指定寮に入り、実家には母だけとなっていた。
弟が住まう寮と私の家とは結構近かった。ネコが私のもとに来てから、弟はよくアパートに出入りするようになった。
貰ってきた張本人は一番ネコを可愛がっていた。寮に入るときも、ネコのことで散々悩んだという。
母はその様子を見て、私の住まいにネコを寄越したのだった。
お疲れ様。
さよなら。
ネコ。
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