第27話 アリス絶体絶命


 大聖堂の裏手には、修道士たち専用の小屋敷がある。

 ときには倉庫として、ときにはよその教区からやってきた修道士のための簡易宿として利用されていた。


 アリスとマチルダは、小屋敷の中を進む。

 互いにむっつりと黙ったままその部屋にたどりついた。

 ひときわ奥まった場所に存在する小部屋は、懲罰室である。

 規則を守れなかった修道士たちに反省をうながすための部屋だ。


「ここなら誰も来ないわ」

「……」


 マチルダは口をきかない。

 視線だけは非難がましい。

 こんなところに連れてこられて、怖くてたまらないとでも言いたげである。


「宝剣の盗んだのはあなたね」


 まだるっこしいやりとりは必要ない。

 宝物係の男のうちひとりは、ラドクリフ家の遠い親戚に当たる。

 マチルダを信用して鍵を預けたのだ。

 言い出せなかったのは、家の失墜をおそれてか。


「盗んだのではありません」


 マチルダはこの期に及んで往生際が悪い。


「あなたが司祭から鍵を借りたことは知っているわよ。女王の戴冠式に使用するため――」

「そうです。女王陛下の戴冠式をつつがなく行うために、衣装や調度品を整える。それが私のつとめです」 

「合鍵を作ったんじゃないの?」

「あなたのおっしゃることはすべては憶測ですわ」 

「じゃああなたは、自分の無実を証明できるわけ?」


 アリスが一歩も退かないとみると、マチルダはハンカチを取り出した。


「身に覚えのないことでございます。このような疑いをかけられて、ひどく困惑しておりますわ。私はいったいどうしたらいいのか……」

「出たわね、泣きおとし女」


 シスターらしからぬ攻撃的さで、アリスは果敢に攻めた。


「鍵をよく調べさせてもらったわよ。型取りの痕がほんの少し残っていた。あなたが鍵を借りた時刻も全部控えを取ってあります。くだんの司祭はブルク大司教が取り調べをします」


 マチルダが、ハンカチを下ろしてこちらをにらみつけている。


(やっぱり、それが本性ってわけ)


 正直に言うと型取りの件はマチルダの言うとおり憶測である。

 だが、本物の鍵はたしかに存在している。

 と考えれば、戴冠式の打ち合わせのために侍女たちが大聖堂へ出向いた際に、息のかかった親戚から鍵を借り、型取りをしてから何食わぬ顔をして返したのだろう。


 親戚の司祭に「じっくりと王冠や宝剣を見て、ドレスの布地を考えたい。女王陛下の命令で絶対におかしなものは発注するなと言われている。集中したいのでしばらくひとりにしてくれ」と声をかける。鍵はかけて出るからと。

 信徒としても敬虔で、マーガレット女王の侍女頭をつとめる彼女を疑う者はいない。


 マチルダはいけしゃあしゃあと言った。


「私は宝剣を盗んではいません。しかるべき人にお渡ししたのです」

「しかるべき人?」

「宝剣はケネス国王の血を正当に受け継ぐ王のみが掲げることを許される。マーガレットにその資格はないわ。私は国の宝を守っただけよ」


 マチルダは立ち上がり、アリスの首に手をかけようとした。


「なにするのよ」

「正しい王の戴冠を邪魔する女は悪魔よ。シスターなどに化けておぞましい。そういえば、マーガレットもはじめはシスターだったわ」

「離しなさい!」


 アリスのロザリオを引き、マチルダはそれを絡めて締め上げた。

 息ができない。


「神罰をくださないといけないわ」


 アリスはマチルダの手首をつかんだが、びくともしない。

 なんという力だ。


(か弱い侍女って聞いてたのに……! 嘘ばっかりじゃないのよ!)


 マチルダは暗い瞳でアリスを見つめた。


「さあ、あなたは十字架に裁かれるの」 


 意識が遠のいてくる。

 まだ宝剣の場所を聞けていない。

 暴れる力も失せてきたとき、反省室の扉が開いた。


 息をきらしたマーガレットと、エドマンドの姿が見える。

 マチルダは一瞬にして取り繕おうとした。

 アリスをつき離し、だらりと手を下げる。


「女王陛下……なぜ」

「アリス。あなたはいつもここの常連でしょ?」


「反省室」と綴られた扉のプレートを指さし、マーガレットは言った。

アリスは息を吐き出しながら、涙目になってうなずいた。

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