第22話 司法取引



 セシリオは、マーガレットの正体を知った後もまったく物怖じしなかった。

 今もベッドの上で豪快に鶏肉にかぶりつき、骨をくず入れに投げ入れている。


「おお、女王陛下。ごちそうになってるぜ」

「少しは遠慮してくださるとうれしいわ。その食事にすらありつけない国民も大勢いるんですもの」

「薄めた葡萄酒と痩せた鶏肉ですらも?」

「その通りよ」

「それはそれは。ずいぶんと景気が良いことで。流れ着く国を間違えたな」


 背後のエドマンドが怒り出しそうだったので、マーガレットは単刀直入に言った。


「あなた、船を失ったと言っていたわね。あなたのお仲間は五百人以上の大所帯と聞いているわ」

「ああ。俺としたことが嵐に呑まれちまった。正確に言うなら俺が船を失ったのではなく、船が俺を失ったんだ。大将がいなくなって、今頃うちの船員はむせび泣いているだろう。もしかしたらもう葬式は済んじまってるかもしれない。海原に空っぽの棺を投げ込んでな。でも俺は生きている。生きてここでシケた鶏肉を食っている。そしてこれからお国に引き渡され、縛り首ときた。なんとかわいそうな俺、そして仲間たちよ」


 マーガレットは、大げさに泣き真似をしてみるセシリオを冷めた目でながめた。


「表向き、あなたを死んだままにしてあげても良いわよ」


 セシリオはきょとんとした。


「なんと言った?」

「死んだままにしてあげても良いと言ったのよ。私に協力してくれるならね」


 今日、シラナ国のアシア王子がライオネル軍についたという情報が入った。

 アシア王子の持つ軍隊がリカーに合流すれば、女王軍の数をゆうに越える。大将は人望を集め、戦い慣れたライオネルだ。いくら戦場の悪魔とおそれられたエドマンドがついているとはいえ、間違いなく負ける。


 ――手段は選んでいられない。


 エドマンドはセシリオをにらんだ。


「昨日から報告があがっています。ナラダ海岸付近に見知らぬ船が姿を現したと。あなたのお仲間だ。どうやって連絡をとったのか知りませんが、ご自身の居場所はしっかりと教えることができたようで。そろそろ鶏肉も食べ飽きたのでずらかろうということですか?」

「……適わんな」


 セシリオは開き直った。


「考えてもみろよ、縛り首にされるとわかって、いつまでもベッドでおねんねしてるバカがいると思うか?」

「いないわね」

「そうだろ。だからまぁいろいろと、当然のなりゆきってことなのよ。縛り首ってちょっと想像してみろよ。だいぶ苦しいだろ? ちょっと菓子が喉につかえただけでキツイっていうのによ。縛るんだぜ、首を。無理無理。すぐに仲間に連絡とらしてもらったっていうわけよ。見張りの兵士も軟弱なおしゃべり野郎ばっかりだったから取っ替えたほうがいいと思うぜ」


 セシリオの仲間は手分けして彼を探していたのかもしれない。

 見張りの兵士に賄賂を握らせ、橋渡しをさせたというわけだ。

 マーガレットは嘆息した。


「ご忠告は聞いておきましょう。それで、どうするの? 私に協力するの、しないの?」

「俺に拒否権はなさそうだねえ」

「あなたを殺して、その首をきれいに飾り付けて大国に送ってあげても良いと……エドマンドが」

「私のせいにしないでくださいよ。陛下だって「いざとなったらそうするしかないかも」と思案されていたじゃないですか」

「やめろやめろ、人の首の運命をそんな風にゆるく決めるんじゃない」


 セシリオはベッドの上であぐらをかいた。


「で、なにが望みだ」

「反乱軍を倒したいの」


 セシリオはグラスをかたむけ、ワインを飲み干した。


「だいたいは聞いてるよ。なにせここは退屈なもんでね。見張りの兵士のまあおしゃべりなこと」

「兵士は取り替えるわよ」


 聞いているなら話は早い。

 アシア王子の援軍は船でやってくる。あのナラダ海を渡って。

 マーガレットが海上戦に出るとは露とも思っていないはずだ。


「作戦が成功すれば、あなたを私掠船の船長として私が雇うわ。爵位を与えましょう」

「本当か?」


 セシリオは食いついた。

 小国とはいえ、名前を変えてリカー王国の爵位を得られれば、彼の人生はがらりと変わるだろう。

 もう大陸の海軍におびえる必要はないのだから。


「私は不利な戦いを強いられている。でも、どうしても女王でいたいの。太った鶏肉と濃い葡萄酒を国民に与えてやりたいのよ」

「あんたのそっくりさんは、それができないということか?」


 ライオネル・グレイについてはすっかり聞き及んでいるらしい。


「わからない。ライオネルの考えることは」

「そのライオネルというのはシラナ国と手を組んだそうだな。アシア王子は小ずるい手を使うぞ。俺も何度シラナの海軍に逮捕されかけたか。だが奴のやり口はわかっている。俺がここでピンピンしているのがその証拠だ。俺たちはたった五百人の船団だが、奇襲をかけるには十分だろう」

「やってくれるのね?」


 マーガレットがたしかめるように言うと、セシリオはうなずいた。



「俺を拾ったあんたはついてるぜ。神から愛されてると言ってもいい。マストを用意してくれ! あんたの家紋を縫い取ったやつ、大至急だ。ここで一泡ふかせようじゃないか」



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