夏のすき間
有馬悠人
第1話 部下を拾いました。
最近はめっきり暑くなって仕事に集中できない。雨も多いしやる気はほぼない。このご時世あまり長く仕事をすると会社側もうるさい。今日も就業時間ギリギリでようやく今日のノルマが終わった。基本的に仕事が遅い方でもないし、かといって速い方でもない。今年入ってきた5歳下の優秀な新人ちゃんの方が早いくらいだ。その子はもうすでに、自分のノルマを終え早々に退社している。何やら同棲している彼氏と久々に食事に行けるらしい。ウキウキしながら退社していった。一方の自分は去年別れてからというもの浮いた話もなく、女性の連絡先は高校時代の友人と母親くらい。まあこれはこれで充実してるし、働いたお金も自分のためだけに使うことができる。でも、将来が心配のため貯金はしている。今日もいつも通りスーパーで特売になっているお惣菜とお酒を買って家路に着く。外は雨が降っておりジメジメとした暑さが実に鬱陶しい。帰宅中、自宅付近の公園で見たことのある人間が雨に打たれていた。
「なんでここにいるんだ?傘ささないと風邪ひくぞ。」
その子は先に話していた新人だった。別にスルーしても良かったのだが、顔見知りでもあったし、あまりにも暗い雰囲気を醸し出していたので放っておくことが出来なかった。その子の顔はぐっちゃぐちゃで雨か涙かはわからないが目から黒い滴が垂れていた。
「先輩。」
落ち込んだ声で自分を呼ぶ。職場ではいつも元気な彼女とは違った感じだった。
「彼氏との食事はどうしたんだ?」
自分が問いかけると彼女は涙ごえで言った。
「家で話してたら彼の浮気が発覚して逆ギレされて追い出されました。いくあてもなくてここで座ってたら雨が降り出しちゃって。そこにたまたま先輩が。」
なるほど。話の内容は理解できた。
「で、これからどうするんだ?」
「どうしましょう。」
正直このまま放っておくのはできない。仕方なく自分が提案してみる。
「うちくるか?少しの間ならいいぞ。」
「いいんですか?迷惑じゃありませんか?」
「ここで泣かれているのも困るし、こんな状態ならしかたないだろ。でも、男の一人暮らしだから女性ものは何一つないから自分で調達すること。財布は持ってるみたいだし、これから近くの店行くからそこで調達してくれ。」
「ありがとうございます。でも・・・。」
彼女は何か言いたげだったが、彼女の姿を見てそれはなんとなくわかった。薄着で雨に打たれていたため下着が少し透けて恥ずかしいのだろう。正直目のやり場に困っていたので仕方なく自分が今羽織っているジャケットを彼女に貸す事にした。
「これかしてやるから早く行こう。雨も強くなりそうだし。そうだ、汗臭いのは我慢してくれよ。頑張って働いた証拠なんだから。」
「いいえ。いい匂いです、先輩。ありがとうございます。」
こうして、部下との短い同棲生活が始まった。
買い物を済ませて、自分の家に後輩を招き入れる。幸い自分が借りている部屋は広かったので、1人くらいなんてことはない。3つある部屋の使っていない部屋に案内する。
「ここなら好きに使っていいから。少し埃っぽいかもしれないけど元カノが使ってたベッドもあるし、クローゼットもある。何か必要なものがあれば言ってくれ。あと、冷蔵庫の中にあるものも好きに飲み食いしていいからな。」
彼女雨は部屋の周囲を見渡し言う。
「この部屋、ほんとにいいんですか?」
「いいよ今更。ほら、今から風呂沸かすからささっと入ってくれよ。明日も一応仕事あるんだから。お前が風呂入っているときに、夕食作っておくから。」
「ありがとうございます。少しの間ですけどよろしくお願いします。」
学生時代、定食屋でバイトしていた経験がある自分は料理ができないわけではない。むしろかなり上手な方だ。スーパーでお惣菜ばかり買っているのは単純に自分のためだけに料理をする気がないだけだ。彼女が買い物をしている間に買い足しておいた豚肉で生姜焼きを作る。1年以上使っていなかった炊飯器を起動させて2人分のご飯をたく。余った食材を突っ込んで味噌汁も作った。30分後に、後輩が上がってきて、一緒に食卓につく。
「遠慮しなくていいからな。ご飯もまだあるし、好きなだけ食べてくれ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
食事をする前に追い出されたと言っていたのでお腹は空いているのだろう。自分が作ったものをおいしそうに食べてくれる。時折おいしいと感想もくれるので作ったかいがあった。同時に鼻を啜る音もしていたので泣いているのだろう。そこに触れるのはナンセンスだと思ったので無視した。食後、自分から皿洗いをすると言ってくれたので、お言葉に甘えて皿洗いを任せ自分は風呂に入った。風呂の中で冷静に考えると、男女2人が一つ屋根の下。女の子の方は失恋で傷心中。何か起こりそうな雰囲気ではあったがまずないだろう。でも、おいしそうに自分が作ったご飯を食べてくれたのは嬉しかった。実に1年ぶりくらいかな。そんなこと考えながら、風呂から上がった。
風呂から上がると彼女はソファーの上で丸くなり寝ていた。自分がいると本気で泣くことができなかったのだろうか。ソファーには涙の跡が残っていた。自分が風呂に入ってる間に命一杯泣いて疲れて寝てしまったのだろう。まだ顔を伝っていた涙を手で優しく拭った。
「おい。こんなところで寝てると風邪引くぞ。」
余程疲れていたのか、軽く揺すっても反応はない。風邪をひかれても困るので仕方なくお姫様抱っこで寝室まで運んだ。ベッドに寝かせると彼女は少し笑ったような表情を見せた。どんな夢を見ているのか気になったが、夢の中だけでも楽しく過ごしていることを願った。
翌朝。
「おはようございます。」
彼女が起きてきた。どうやら朝は苦手そうだ。眠たそうに目を擦っている。その目は昨日の影響で真っ赤に充血していた。
「おはよう。ご飯はできてるから、先に顔洗ってきな。」
自分は特別朝が得意というわけではないが苦手でもない。ちゃんと決まった時間に起きれるし、起きてすぐ行動も可能だ。朝食を作るのは好きで実はしっかり作る。もっぱら朝はご飯派ではなくパン派だ。だから炊飯器を1年以上使っていなかった。
「ふふ。先輩なんかお母さんみたい。」
うちにきて初めて彼女が笑顔を見せた。一晩寝て、少しは気持ちの整理ができたのだろうか。
「そんなこと言ってないで早く支度しなさい。メイクとかもあるでしょ。」
自分はその言葉に乗っかり、母親みたいな言動をしてみた。
「はぁーい。」
そうすると彼女は笑いながら洗面所に向かった。
彼女のスーツは家の乾燥機を使ってなんとか乾かした。メイク道具は昨日の買い物の時に100均で揃えたらしい。今時の100均は化粧品まで売っているのかと少し感心した。会社で見る彼女はそんなに濃いメイクはしていなかったので、ものの数分で支度を整えていた。出勤する時間も場所も一緒。自然に2人で会社に向かう事になった。自分の家から会社までは2駅ほど。大学時代に大学の近くにアパートを借りたら溜まり場になった経験があったため、近すぎず遠すぎず。だが、10分ほど満員電車に揺られなければならないのは少し辛い。いつも通り満員電車に身を任せている。ただ少しだけ違うのは後輩が一緒に乗っていること。満員電車なので少し距離が近い。すると、別に新たに人が入ってきたわけでもないのに、彼女が体を寄せて自分の顔を悲しそうな目で見てきた。その顔で察した自分は、彼女の背後にそっと手を回し、不審なところにある手を強く掴んだ。
「男が目の前にいるのにこんな満員電車で痴漢ですか?」
その手の持ち主は中年の男性だった。自分に手を掴まれた事に驚いたその人は必死に自分の手を振りほどこうとするがそんなの自分には関係ない。学生時代決して運動神経はいい方ではなかったが幼少期から嫌々柔道教室に通っていたことがあり、握力には自信がある。満員電車内で腕を振りほどこうとしているため目立ち周りの人から注目を受ける。その視線に気づいたのか男性は振りほどこうとすることをやめ、大人しくなった。後輩は自分の売り路で隠れている。少し目は涙目のようで、自分のスーツを震える手で掴んで離さない。よっぽど怖かったのだろう。昨日に今日だ。正直同情するほどこの子今、運がないなと思った。
「大丈夫だよ。次の駅が近いから駅員の人に事情を説明してもらう事になるけど必要なら自分がついていくし、会社には俺から説明しておくから。」
電車が駅に着くと、すぐに駅員室に男性と後輩を連れて行った。もはや言い逃れができないと思ったのだろうか。男性は正直に話し始めた。痴漢は冤罪が怖いが、今では手についている繊維質、指紋からある程度冤罪を防ぐことができるらしいが、今回の場合は直接自分が手をつかんでここまで離さなかったので間違いなくこの人はやっていた。それにこの子が人を騙すようなことしないとどこかで思っていたからかもしれない。
自分が会社に連絡をすると彼女と一緒にいて出勤したら詳しい状況説明するようにと言うことだった。彼女は可能なら会社に出勤してほしいそうだが無理なら自分が送っていけと言う指示だった。例によって彼女は今うちに居候しているためうちに戻る事になる。一緒にいることを少し怪しまれたがたまたま遺書の車両にいたと言う事にした。彼女の個人情報を墓所下で言う事は違うと思ったのと、何より会社の中で噂になるのが面倒だった。詳しい状況説明を終えた彼女が帰ってきた。
「会社から無理してくることはないってさ。その場合、自分が送る事になるけどどうする?」
「大丈夫です。仕事に行った方が気も紛れますし。」
「そうか。自分から会社の方には説明するけどいいか?」
「はい。自分ではあまり説明したくありませんし、先輩なら信用できますし。」
「そうか。ならいくか。」
その頃には通勤ラッシュの時間から大きくずれていたので電車内に人はまばら。いつもだとありえない座ることもできた。途中コンビニに寄って昼ごはんを調達して会社についた。会社内では痴漢の話題は出ていなかった。2人で一緒に遅れて出勤してきた事に違和感を感じている人もいたようだ。最初に彼女と一緒に上司に説明に向かった。自分は詳しい状況を説明したのちに彼女に確認をとった。彼女も足りなかった部分や今後のことを報告していた。自分が助けたことを偉く上司は褒めていた。そのことと関係あるかはわからないが彼女と一緒に今日はもう帰っていい事になった。自分と彼女の仕事は急ぎのものではなかったので今日はもういいとのことだった。ただし彼女を安心できるところまで送ると言う条件付きだったがそれは家に帰るだけなので非常に都合の良い条件だった。明日から週末なので少し長い休みができた。2人で少しの間生活するために必要なものでも買いに行こうかな。上司に説明を終えると彼女を連れ会社を後にした。
「せっかく時間ができたし、買い物でもいくか?まだ足りないものあるだろ。気分転換にもなるしな。」
「良いんですか?せっかくもらった時間なのに。」
「問題ないよ。それとも他に行きたいところでもあるか?」
「じゃあ、うちについてきてください。多分あいつは仕事中でいませんから。必要なものを取りに行きたいです。」
鉢合わせになる危険はあるが2人であってしまう方が気まずいだろう。もし会ってしまったとしても親戚のお兄ちゃんって事にすれば問題はないだろうし。それならまずは車を借りにいく必要があるな。
「ここらへんでレンタカーの店あるか?もし私物を移動させるってなると結構な量になるだろうから必要だろ。」
「そうですね。だったら一駅分先によく利用していたところがあるのでそこで良いですか?」
「全然問題ないよ。運転は自分がやるから案内頼むな。」
「わかりました。」
電車を使うのはなんか違うなと思ったので一駅分だし歩く事になった。20分ほど歩くとレンタカーののぼりが見えて、彼女が前に利用していたということがあってスムーズに借りることができた。車で約15分、目的のアパートについた。重いものもあるだろうから自分も手伝う事にした。さっき彼女が言っていたみたいにその浮気をした彼氏はいなかった。見られたら恥ずかしいものもあるかもしれないので、彼女が必要なものを選別し自分がそれを車に運ぶという作業内容になり、スムーズに作業は進みものの30分程度で運び終えた。彼氏が急に部屋のものがなくなって不法侵入という事にならないように置き手紙を書かせた。内容を聞くと、もう金輪際私の目の前に現れないでと書いたそうだ。災難続きの彼女だが少しだけスッキリした表情だった。
彼女の荷物を積んだ車はそのまま大型のショッピングモールに向かった。
「何か買い物ですか?」
「そうだね。まだ足りてないものもあるし、車の中もまだ余裕があるからついでに何か必要なものをって思ってさ。欲しいものがあれば何でも言ってくれて良いから。」
「ほんとですか?やったね。」
何か吹っ切れたようで少し彼女は元気になっていた。
普通の日の午前中。ショッピングモールの中は奥様方か暇を持て余した大学生くらいしかいない。その中でスーツ姿の2人。少し周りからは浮いていたかもしれない。彼女は就活生に見えなくもないが明らかに自分はおかしい。
まず。昼も近いという事でお店が混む前に昼食を済ませた。コンビニで買ったものもあるがそれは夜にでも食べればいいだろう。少し吹っ切れた彼女は自分をいろいろなところに連れまわした。服から化粧品、男性なら入る事に躊躇する女性ものの下着の店。気づけば3時間。女性の買い物はどうしてこうも長いのか。自分には理解できなかった。途中、映画館があり彼女が
「この映画見たかったんですよね。昨日見にいく予定だったんですけどあんな事になって。」
吹っ切れたと言ってもまだ心残りがあるようだった。
「なら俺で良ければ今から一緒に見るか?」
「ほんとですか?みたいです。」
「せっかく時間がある事だし、何より少し疲れたからな。放映時間もちょうどいいみたいだから、遠慮する事ないよ。」
2人分のチケットを買い、飲み物を買って席についた。特に離れる理由がなかったため席は隣同士だった。
その映画は恋愛もので主人公の彼女が死んでしまう少しありきたりな内容のものだった。ありきたりということはその内容で名作がいっぱい生まれているということで決して面白くないというわけではない。むしろ最近は気をてらった作品が多すぎて正直その作品の世界観についていけないものがある。こう言ったシンプルで面白いものの方が自分は感情移入しやすくていい。
「先輩これどうぞ。」
隣で見ていた彼女にハンカチを手渡された。その顔は少し驚いたような表情だった。少しだけ映画の世界から現実に戻ってきた。感情移入しすぎたのか自分の頬には涙が伝っていた。
「ありがと。」
彼女からハンカチを借りて頬伝っていた涙をふく。それを彼女に返そうとすると、
「借りたままでいいですよ。先輩少し涙脆いみたいですし。」
少し笑顔を見せながら、彼女は言う。
「じゃあお言葉に甘えようかな。」
しかし借りたはいいものの集中しているときは自分が泣いていた事に気づかない。借りたハンカチは手で握りしめていた。
映画の放映が終わり、外に出る。自分の目は泣いた影響か少し赤くなって、頬を伝っていた涙も乾燥していた。彼女にトイレに行ってくると伝え、顔を洗いに行った。
「先輩って意外と涙脆いんですね。かわいいところあるじゃないですか。」
「そうか?感動したり、悲しい時なら泣くだろ人間なら。」
「でも男性ってそういうところあまり見られたくないじゃないですか。なんか我慢している印象が強くて。」
「そういうもんかな。」
「そうですね。でも、先輩みたいにちゃんと感動していることを表現できる人の方が印象も好意も持てますし。」
後半の方はモゴモゴしていて聞き取れなかった。何かいいことを言われたような気はするが。それを言い切ると彼女はトイレに向かっていった
映画の後は特に買い物することもなく、車でうちに戻った。車の中はなぜか気まずい空気が流れていた。2人とも何も言葉を発することのないまま家についた。
「じゃあ荷物運ぶから、持てるものを持っていって。君が運べないのを俺が運ぶから。」
「穂花です。立花穂花。名前で呼んでください。」
彼女に食い気味に自己紹介された。そういえばまだ彼女の名前を知らなかった。会社ではあまり関わったことないし、家に来てまだ2日だが、2人しかいないので「おい」とか「ねえ」で反応できていた。
「すまない。そうだったな。お互いあまり関わることがなかったからあまり意識したことなかった。じゃあ改めて自分は久保蓮。よろしく。穂花ちゃん。」
「ちゃんはやめてください。子供っぽいですから。」
「なら穂花さんかな。」
「先輩なんですから穂花でいいです。私も改めてこれからよろしくお願いします。蓮さん。」
そういうと彼女は少し浮き足立ちながら自分の荷物を部屋に運んでいった。そういえばまだ鍵が空いていない。
「おい、穂花。鍵空いていないから持っていってくれ。」
穂花は少し恥ずかしそうに戻ってきた。
「何照れてんだ?」
「女の子にはいろいろあるんです。」
「そうか。なら早く名前呼ばれたくらいで照れなくなるような女性にならなきゃな。」
「蓮さんは意地悪ですね。」
そう言って自分から強引に鍵を取り、部屋に向かっていった。
彼女の荷物を部屋に置く。何か手伝うことはないかと聞くと、恥ずかしいからいいと言われた。彼女が整理整頓している間は特にやることがなかったので、少し大きめのソファーに座り、テレビでも見て時間を潰した。平日の3時、どの局もワイドショーばかりで正直つまらない。同じ内容のことを同じような人たちが意見するだけ。聞いたこともない専門家を呼んでそれについて討論する。ワイショーの内容なんかこんなものだろう。内容も芸能人の不倫や薬物、政治家の発言いついてのものばかりだ。特に興味がなかったのでテレビを消し、最近ハマっていたゲームをやる事にした。
3時間後。いつの間にか自分は寝てしまっていたらしい。自分のお腹には毛布がかかっていた。意識が朦朧とする中、自分の背中の方に何か柔らかいものが当たっていた。ソファーのクッションの感触ではない。振り向くと穂花がいた。自分は驚いて声をあげながらソファーから落ちた。その音に驚き穂花が起きた。
「蓮さん大丈夫ですか?」
「大丈夫。少しびっくりしただけだから。それにしてもなんで同じ毛布の中にいるんだよ。」
「いやー、片付けがあらかた終わって疲れてて、そこに蓮さんが気持ちよさそうに寝ていたんで毛布を持ってきたついでになんか自分も眠たくなったんで寝ちゃってました。いやでしたか?」
少し穂花はしょんぼりした感じの顔をしたので自分は慌ててフォローに入った。
「いや、嫌って言うわけではなくてね。女性があんまり男性の隣で寝るもんじゃないよっていう事で。」
「何慌ててるんですか。面白い。」
穂花は自分をからかったような感じで笑った。
「はい。わかりました。今度から気をつけます。」
もういい時間なので夕飯にする事にした。会社に行くときに買ったコンビニのものと、適当に野菜炒めにした。正直自分も穂花も疲れていた。夕食後、食器洗いをしてから穂花を呼んだ。
「穂花。これから少しの間一緒に過ごす上でルール決めようか。恋人でもない男女2人が一緒に過ごすわけだから踏み込んではいけない事、やってはいけない事、お金のことだったりを細かく決めておいた方がいいと思うんだ。」
「そうですね。お風呂を覗かないとかですか?」
「そんなの当たり前だろ。お互いが帰ってくる時間帯とか休日の過ごし方、家事の役割分担とかだよ。穂花も部屋に入られたり、一緒に選択されるのが嫌だったりするだろ。」
「私は別に気にしませんし、いやでもありませんよ。なんか心配していることが思春期の子供を持つお父さんみたいですね。」
ほんとに嫌ではないみたいで、恥ずかしがるそぶりすら見せない。むしろ何心配してるのっと少し馬鹿にしているような感じだ。こういう事に神経質になる自分の方がおかしいのかと疑問を持つくらいだ。正直、自分はあまり見られたくないものはある。一人暮らし独身男性ならわかってくれるだろう。
「変な心配はしないでください。私は蓮さんに公園で拾われたときにとても救われたんです。お金のこともちゃんと折半でいいじゃないですか。洗濯だったり、部屋に入られることは何も思いませんよ。むしろ、いろんな家事がある中で2人分を分けるなんて面倒くさいことしたくありません。だから、蓮さんも気にしないで別に裸でここら辺うろついてもいいんですよ。蓮さんの家なんですし。」
簡単に言ってくれるがそれは不可能だ。そっちが気にしていなくてもこっちはめちゃくちゃ意識してしまう。もしかして、自分には男としての魅力はないのかと不安になった。
「はい。これで話はおしまいにしましょう。今日はいろいろあって疲れてたのでお先にお風呂いただきますね。」
そういて彼女はお風呂に向かっていった。彼女のオープンな性格に自分は頭を抱えた。
穂花が風呂から上がり今度は自分の番。洗面所に行くと、おそらく今日穂花がつけていたであろう下着が無造作に洗濯カゴの中に入っていた。ここまでされると本当に自分のことを男として見ていないのかと少し残念だ。自分も一応年頃男なので意識しないわけではない。でも、ここまでオープンにされてしまうとそういうことの意識が削がれる。やはり、日本男児は隠すという事に奥ゆかしさを感じるのだと思う。仕方ないので自分も洗濯カゴの中に脱いだ服を入れる。
風呂上り、穂花はテレビを見て笑っていた。自分の勝手な偏見だが女性はみんなドラマが好きなんだと思っていた。というのも、実家では女性陣がリビングのおおきなテレビを占領してドラマばかりを見ていた。自分はもっぱらバラエティ派。バラエティ番組が見たくて高校に入ってバイトをしたお金で最初に買ったのは自室に置くためのテレビだった。一方で穂花はごりっごりのドバラエティで、お笑い好きのおじさまが好きそうな番組を見て大爆笑していた。
「ドラマとか見ないの?」
自分は冷蔵庫に冷やしておいた酎ハイを2本とり1本を穂花の前においた。
「私はバラエティの方が好きです。ドラマももちろん面白いとは思いますけどバラエティ番組のピリピリとした感じが好きなんです。それに夜は感動するよりも笑いたいですから。」
「そうなんだ。」
自分は酎ハイの缶を開け、飲み始めた。
「あ、私そっちの方がいい。下さい。」
「でももう口つけて飲んじゃったし。」
「気にしません。」
穂花はそういうと自分から酎ハイを奪い飲み始めた。自分もあまり気にはしない方だが相手が異性ならちょっと躊躇する。
「かぁー。おいしい。」
穂花はおじさんみたいな声をあげた。お酒の影響か少し顔は赤かった。
次の日。自分はソファーの上で起きた。そういえば昨日穂花と話が盛り上がってかなりの量を飲んだ。それでいつの間にか寝てしまったらしい。テーブルの上には缶酎ハイの空き缶が何個も散らばっていた。穂花は下のゆかで気持ちよく眠ってしまっている。悪いことしたな。流石に床に女の子を寝かせるのは男としてダメだろう。まだ起きそうもない穂花を抱えるために体を起こそうとして腕に力を入れた。しかし、まだ昨日のお酒が残っていたのか少しふらつき体制を崩しソファーから落ちてしまった。瞬時に手を床についたので穂花の上に落ちるということは避けられたが穂花に覆いかぶさる体制になってしまった。顔が近い。そういえば穂花の顔をしっかり見たことはなかった。普通にきれい。よく言われる例えを使うと、学校のマドンナクラスだ。こんな子がいて浮気をする彼氏の気が知れない。穂花が枕にしていたクッションは一部だけ濡れていて色が変わっていた。また泣いていたのかな。左手で穂花の頬を拭うように優しく撫でた。自分の頬に何か違和感があったのか穂花が起きてしまった。穂花と目があった。お互いに顔は真っ赤。穂花は今自分が置かれている状態に戸惑っていた。
「済まん。ソファーから落ちて、こんな体制になった。すぐ退くから。」
自分が起き上がろうとすると穂花が腕を伸ばして首の後ろで組んだ。穂花の体重が自分に伝わり体制を崩した。完全に体が密着して顔がさっきよりも近くなっていた。
「穂花。動けないよ。」
「もう少しだけ。」
「でも。」
「いいから。お願いします。」
体が密着しているのでお互いの心音がダイレクトに伝わる。自分も穂花も急な展開にかなり鼓動が早かった。穂花に抱きつかれる体制は10分ほど続いた。
「穂花。いい加減起きないと。」
自分が穂花に話しかけると穂花から変な音が聞こえた。
「蓮さんすいません。出る。」
その言葉で察した自分は急いで穂花を抱え、トイレに直行した。トイレについて便座をあげて穂花はしゃがみ自分は背中をさする。よくよく聞くと決してお酒は強くないみたいだった。穂花の格闘は数分続いた。出し切った穂花は少しスッキリした表情だった。
さっきのこともあり少し気まずい空気が流れた。何を話していいかわからない。顔を見ることすら少し恥ずかしい。このことを同僚に話したら思春期かというツッコミが来そうだ。しばらく沈黙が流れていた時に突然穂花のお腹がなった。テレビもつけていない状況の中お腹の音だけが響く。自分は耐えきれず笑った。そんな自分を見て穂花はわかりやすくむくれた。
「さっき出したばっかりなのにお腹空いたのか?」
「出したからお腹が空いたんです。」
「なら何か作らないとな。二日酔いの後だから何か胃に優しいものでも作るか。」
自分がキッチンに向かおうとすると、
「さっきのこと何か言わなくていいんですか?」
「そうだな。少しびっくりはしたけど、可愛かったからいいかな。」
そう言い残してキッチンに立った。
「おかゆにでもしようかな。穂花はそれでいいか?」
自分は振り返って穂花の返答を聞こうとすると、後ろをついてきていたようで振り返った自分に抱きついてきた。
「どうした?そうしてたら作れないだろ。」
「なんで蓮さんはそんなに冷静なんですか?」
「冷静に見えるか?もしそうなら、単純に照れ隠しだな。聞こえてるだろ。俺の心音。さっきからかなり早くなってる。」
自分の胸に耳を当てる穂花。
「ほんとだ。自分の心臓の音しか聞いてなくて気付かなかった。」
穂花が顔を上げると自分は顔を近づけておでこにキスをした。
「ほら離れて。ご飯にするから。」
まだ状況が飲み込めていなくて穂花はフリーズしていた。仕方なく自分は力ずくで手を解こうとしたがそのことに気づいた穂花はさらに力をいれてそれを阻んだ。
「いやです。離れません。」
「お腹空いたんじゃないのかよ。」
「そんなこと我慢できます。今はこのままがいいです。」
自分がした行動に後悔はないが今動けないのは少々困る。穂花の腕の力も自分を離さまいとかなり強い。
「穂花。痛いから離して。」
そういうと渋々自分から穂花は離れた。
「よし。ならご飯作るかr。」
自分が言葉を言いかけるより前に穂花によって口が塞がれた。今度は自分の方が、何が起こっているのかわからなかった。しばらくすると穂花は自分から離れて、
「蓮さん。これからもよろしくお願いします。」
笑顔で答えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます