対面
関所の門には、
「さー、ついた。門をくぐれば、もう陣の中だぜ」
緩く言うなり、宗典はさっさと歩いていく。宏実、直武、紀定が続き、同年代の四人組と馬たちも門をくぐった。
門の先にも幕が張られており、陣を形成している。地面には大きく、複雑な模様を内包した円が書かれていた。外周では、曲線に沿って点々と術師たちが待機している。
「先行隊も含めて全員入ったな? よーし、そんじゃー始めてくれー」
一団がすっぽり円内に収まったのを確認して、宗典が声を張り上げた。途端、一糸乱れぬ動きで術師たちが手を構え、呪文の合唱を響かせる。続けて、宗典たちも声を響かせ始めた。独特の抑揚と音色で紡がれる、古い言葉が用いられた詞が、厳かに、
間もなく、円陣が光を放ち始めた。音もなく現れた光は眩さを増し、目を開けていられなくなるほど強くなる。引き換えに、段々と呪文の合唱が遠くなり、聞こえなくなる。多くが閉じざるを得なかった目を開けたのは、「とうちゃーく」という宗典の声を聞いてからだった。
まず見えたのは、竜胆と桔梗の紋が描かれた幕で形成された陣。それだけなら、
「おーっし、欠員いねーな? さて、オレが言うのもなんですが、よーこそ、
にやり、と意に反した凶悪な笑みを浮かべる宗典。そんな彼の笑みに続けて、待っていた派遣部隊の
逢松は、地図で見ると横長の形をしている。
「と、大まかな地理はこのようになっております」
地図を行ったり来たりしていた宏実の指が、音もなく去る。周囲から注がれていた視線も、それと同時に外れた。
転送陣で送られてきた後、一行が案内されたのは、若鶴城下にある
ところがその囲いは、一行から見て前方にある襖が開けられたために解かれた。
「やー、皆さん。お待たせいたしました」
一斉に向けられた視線を受けつつ、入って来たのは男女二人組。両者は共に、色護衆の所属であることを示す竜胆と桔梗の紋に加え、家紋が染め抜かれた小袖を着、
待っていた一行のうち、志乃だけはまず、内心で首を傾げていた。二人が着ている小袖と袴の色が、想定していた色と異なっていたので。
守遣兵の衣服は、東へ派遣される
疑問に思ったものの、「道中でご苦労をおかけしました。すみません、先生」「構わないよ。やっと合流できたことだし」と直武がやり取りを始めてしまったので、志乃は言葉を呑み込んだ。
「ところで先生。目に入れても痛くないどころかむしろ
「芳親は先に、君たちが宿泊している屋敷に運ばれたよ。はしゃぎすぎていたからね」
「あー、そういう……って、そんな!? やっと会えると思ったのに!?」
刀を置いて座ろうとしていた男性は悲鳴じみた声を上げ、床に手をついて身を乗り出した。好青年然としていた顔も、声と同じ情けなさで歪んでいる。
佐和黒で眠らされた芳親は、橙路府へ入ってからも本当に目を覚まさなかった。そのまま黒に乗せられて、一足先に滞在場所である武家屋敷へと運ばれている。手綱は志乃から宗典に代わったため、彼とも途中で別れていた。
「その気持ちは
こういった反応は珍しくないのか、好青年の
慣れた声色の
「初めまして、花居志乃ちゃん。君のことは
「私にまで褒め言葉を飛び火させないでほしいなぁ。初めまして、木下
二人とも
「初めまして。翠森府妙後郡、夜蝶街から参りました、花居志乃と申します。兼久殿のお話は、芳親から常々聞いておりました」
「わ、本当? うーん恥ずかしいなぁ、なんて話されたんだろう」
「とても優秀で気配りもできる、誇るべき兄君と」
「そっ、そそそっ、そんっっっなに!? えへへ、照れるなぁ、えへえへへへへぇ」
デレデレとだらしなく笑みを崩した兼久だが、喜千代の
「失礼。それじゃあ、早速ながら任務の話をしましょう。我ら境田兼久隊と、国内
先ほどの態度が嘘のように、兼久は確認のため、つらつらと任務内容を述べていく。温度も色も抜け落ちた
「実行は
「うん、用心に越したことはない。決まっているということは、橙路府側も賛成しているのかな」
「ええ。むしろ、日時を決定してくれたのは
「そうだったのか。それじゃあ、後ほどお礼をしに行かないとね」
直武はほんの少し、晴成と宏実を一瞥した。晴成からすると兄であり、宏実からすると仕える主人である靖成。彼の気遣いを受け取ってもらい、二人はどこか誇らしげな色を表情に
「作戦の方も、靖成殿を含め、先達の方々から意見を
「もちろん。と言っても、私が助言するような箇所が残っていればの話だけれどね」
「ご謙遜を。任務については、また夕食後に関係者へ召集をかけますので、このあたりで。短期間とはいえ、移動の疲れもあるでしょうし、色護衆側に貸し出されている屋敷へご案内いたします」
「では、拙者と宏実はここで失礼いたす。滞在している屋敷が違うのでな。また夕食後にお会いいたそう」
晴成は颯爽と立つと綺麗に一礼し、宏実を伴って、一足先に退出した。
「我々も移動しましょう。貸し出されている屋敷は、ここからすぐ近くにある二軒です。
当然と言わんばかりの兼久に、同意の空気が音もなく流れる、……隣同士と聞いて一瞬、塀を乗り越えて行けばすぐと思ってしまった志乃は、
御殿の外へと出た六人は、兼久と喜千代がそれぞれ先導し、男女三人ずつに分かれて屋敷の門をくぐった。志乃はもちろん、喜千代の方へついて行く。
「じゃーん。ここが、若鶴での寝泊まり場所でーす。ある程度の損傷は見逃してくれるらしいけど、建物を傷つけないよう、気を配るのは忘れないでね」
ぴょんと後続に向き直り、歓迎するように腕を広げる喜千代。にこやかに述べられた留意点に、志乃はしっかりと頷いた。元より物品、特に高価な物を損壊しないよう気を付けている。もし何か壊そうものなら、すぐさま脳裏に
男性よりも少ない女性隊員たちに貸し出された屋敷は、男性陣に貸し出された屋敷より比較的小さめなのだという。けれど、先ほどくぐった門も、見えている建物も充分に立派で、風格を備えていた。
「志乃ちゃんの部屋は、茉白ちゃんと一緒でいいかな。二人とも仲悪くなさそうだし」
「もちろんです。……あ。薬臭いのが嫌じゃないなら、だけど」
思い出したように言うなり、茉白は
「粗相が無いよう気を付けますので、相部屋、よろしくお願いします」
「良かった。それじゃあ早速だけど、茉白ちゃん。
「任されました。志乃、こっち」
笑顔を取り戻すなり、茉白は志乃の手を引いて、一足先に屋敷へ上がった。女性のために造られた屋敷だったのか、柱や廊下の所々に、動植物や昆虫などを
「天姫様は通称でね。本当は
話を聞きつつも視線をあちこち飛ばす志乃を、茉白はずんずん引っ張っていく。途中、女性守遣兵とも何度かすれ違い、その度に挨拶をして、屋敷の奥へどんどん進んだ。
間もなく辿り着いたのは、鳥が描かれた襖の前。青く長い首をもたげ、目玉のような模様が入った緑の羽を優美に広げた、見るからに縁起が良さそうな鳥だ。
「これは……
「うん。
くすりと笑い、襖の前に座る茉白に志乃も続いた。「姫様、天藤茉白にございます」と呼びかければ、「どうぞ」と可憐な声が返ってくる。
声の主たる姫君は、そろそろと襖が開かれた先に座っていた。細い肩に羽織られた
「……女の人なのね、あなた。外見だけじゃ判別しづらくて、ちょっと驚いたわ」
珍しいことに、姫君は声を聞く前に、志乃の性別を見抜いてしまった。しかし当の志乃は、思い出された晴成の言葉に意識を傾けていた。
『我が一族は、妙術を授かった祖先の直系全員に、天授色が受け継がれる家系でな。――術を使える者だけ、目の色が鮮やかという違いがあるが』
「あ。初めましてなのに、いきなり
となると、妙術を扱えるのは彼女なのだろう。そう思い至ったあたりで、ようやっと姫君の声が志乃に届き、回想から引き戻した。
「いえ、お気になさらず。見られることには慣れておりますので」
「さ、二人ともお入りになって。いつまでも人を廊下に座らせておくほど、私、無礼者ではないのよ?」
優しい雨音のような声で招き入れられた部屋は、物が少なく、整然と片付いていた。目を惹くような調度品も見当たらず、姫君と呼ばれるような女性の部屋にしては、閑寂としすぎている。
「あまり、物を持っておこうと思わないのよ。兄さまも姉さまも、私たち兄妹みんな」
「兄君と言いますと、晴成殿のことでしょうか」
「ええ、そうよ。それから、靖成兄さまと、
流れるように話したかと思うと、姫君は「あっ、ごめんなさい」と口に手を当てた。
「自分の名前を言ってすらいなかったのに、身内の名前ばかり出してしまって。私は静というの、星永
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