第5話

彼は、やんわりと話しの内容を軌道修正した。


「それはそうと、藤原殿の奥方はいずれのお血筋でございますか。」


「同族の娘でございます。」


平侍従は、さらに訊(たず)ねた。


「つまり、それは北家のお血筋ということで…。」


「さようであります。」


「それはお手堅いというものでありましょう。して、舅(しゅうと)殿はどのようなお役目にお就きでありますことやら。」


「義父(ちち)上は、ただ今伊予国に赴任してございます。国司廻りはもうこれが最後になるやもしれませぬ。」


「さようでございましたか。」


平侍従はそう言いつつ、内心で、“そういうことか”と思った。


さらに、彼は語を続けた。


「お義父上も、かようなる見栄えよく、何よりも前途有望な能吏をお婿に頂いて、さぞやご満悦のことと拝察致します。」


家春は、これに応えて言った。


「いえ、私めは、本当に足らぬこと多くして、お義父上にお会いする度に、ご教示を請う身でございますれば。」


「これは大層なご謙遜なのでは。」


「いえ、本当にさようなのでございます。」


平侍従は、少しく話しを変えた。


「お義父上も、さりながら、奥方様も、さぞやお幸せなことと存じますれば、…。」


ちょっと間を置いて、家春は応えた。


「奥は、実に家政をよく取り仕切り、子らの面倒も微に入り細をうがつがごとく、まあ、本当に頭(こうべ)の下がる思いでございます。」


ほんの数行の家春のこの語り、つまり、先の自分の家春に対する鎌掛けとの微妙な齟齬、また、“あの間”、そして、この男に漂う憂愁の影、それらにより、平侍従は、ある読みの確かさを彼なりに自覚したのであった。


“夫婦仲はさして芳しくない。


「芳しくない」とは贅言(ぜいげん)に過ぎるかも。


二人までも子を成した夫婦が、依然として、仲睦まじさをてらうのこそ片腹痛い。


仮に、新婚当初にあった情熱は、当然失せてあろうと、所帯染みた情感の内にあるこそ人並みの夫婦仲であり、そこには、家春に透けて見える憂愁などではなく、もっとさっぱりとしたもの、なにがしかの暖かみが宿っていてもおかしくないのである。その上で、夫婦は、ともに、性懲りもなく、自ら「過ち」を追い求めるのが常であろうというもの。


どうぞ、ご勝手に。


そして、その上で破綻する者達。


もしくは、端(はな)から全くの水と油であるような夫婦…。


さような夫婦仲が家春に投影されているでもなし。”


平侍従は、ただ、家春の身体から、妻に対するよそよそしさを感ずるばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る