第18話 夏の雪。
『真夏日にもかかわらず、雪が降っています!』
『突如降り出した雪!これは異常気象なのでしょうか!』
テレビのニュースでは、突如降り出した雪の事ばかりだった。
雪。春夏秋冬ある中で、唯一冬の時期にのみ降るもの。
しかし、真夏日である8月に雪が降っている。
「夏の雪」「夏に降る雪」
これは何かの前触れなのかもしれない。
僕と楓の頭をよぎった事柄の、前触れなのかもしれない。
「夏に雪が降るなんて聞いたことないよ」
「僕もないよ。っていうか、これまでの歴史でもほぼ無いんじゃないか?」
ずっと昔に遡れば、事例があるかもしれないけれど、ここ数十年で夏に雪が降ったという事例は一つもない。
「異常気象のせいなのかな」
「それもあるかもしれないな」
異常気象の線を信じたかったが、その線はすぐに消えた。
ピンポーン。
「もうみんな来たのかな?」
「さすがに早すぎないか?」
そんな話をしながら、僕は玄関の扉を開けた。
すると、全身に雪をまとった女の人が僕の家の前に立っていた。
「あなたが光来君かしら?」
「?!」
何故かその女の人は、僕の名前を知っていた。
「仰る通り、僕が光来ですけれど、あなたは?」
「私は小雪の母です。いつまで経っても小雪が帰ってこないので様子を見に来たんです」
僕と楓の予想は当たっていた。
何故今日、何故このタイミングで来てしまうのだ。
今日は、渚さんの誕生日だというのに――
「中に入れてくれるかしら?」
「え、中にですか?それはちょっと……」
正直家の中には入れたくない。
家の中に入れてしまうと話が長くなる恐れがあるからだ。
誕生日会の準備などをしなければいけない為、それだけは何としても避けたい。
「は、話ならここで聞きますので……」
「まぁ、いいわ。じゃあ、単刀直入に聞くわね?あなた小雪と結婚する気はあるのかしら?」
「?!」
単刀直入にも程がある。
せめて「小雪の事、好きなのかしら?」とか「小雪の事真剣に考えているのかしら?」とかじゃないのか?
結婚する気があるのかどうかと聞かれるとは、思ってもいなかった。
「えっと、その話なんですけれども……」
「何かしら?はっきりして頂戴?小雪と結婚する気があるのか無いのか」
ここまで来たら正直に話すしかなさそうだ。
今彼女がいて、小雪ちゃんとは結婚する気がないという旨を。
「あのですね、僕には今彼女がいるんです。なので小雪ちゃんと結婚する気は無いんです……」
僕は正直に、素直に伝えた。
「そうなの。まぁ小雪から聞いていたからある程度は知っていたのだけれど」
ん?今なんて言った?小雪から聞いていたから知っていた?
なら何故、小雪ちゃんと結婚する気があるのか、などと言う質問をしてきたのだ?
正直意味不明だ。
「私がここに来た本当の理由、教えてあげるわ」
「…………」
僕は生唾を飲んだ。
「私がここに来た本当の理由は、光来君、あなたの彼女を除霊するためよ」
「?!」
除霊。
人や物に取り
「待ってください。渚さんは何にも取り憑いていません。だから除霊する必要なんてないです!」
「何を言ってるのかしら?私の時のように、その霊はあなたに取り憑いているじゃないの」
「ぼ、僕に……?」
霊が人に取り憑くというのは、その取り憑いた人間の中に張り込み、金縛りを起こしたり、人格が変わったり、感情が不安定になってしまうのだ。
しかし、渚さんは僕の中に張り込んでいる訳ではない。
すなわち、取り憑かれている訳ではないのだ。
「渚さんは取り憑いてなんかいません。この世にあらわれた一人の幽霊です」
「あなたも…………」
小雪ちゃんのお母さんの言葉を聞いて、僕は小雪ちゃんとの会話を少し思い出した。
『幸せな日々に突然、終わりが訪れる』
小雪ちゃんのお母さんは、夏の幽霊と出会い、心に深い傷を負った。
今では新しい人と結婚をし、小雪ちゃんと言う子供を授かってはいるが、傷を負ってからの人生は、僕には計り知れないほどの物だったのだろう。
しかし、僕は小雪ちゃんのお母さんの様にはならない。
同じ結末が待っていようとも、僕は同じ道を歩まない。
「あの、僕は大丈夫です。すべてを受け入れるって決めているんで」
「そんなことは出来ないわ。きっとあなたも私と同じようになるのよ」
小雪ちゃんのお母さんは、どうしても僕と渚さんを引き離したいのだろう。
自分と同じ過ちを犯してほしくない為に。
それだけでは無いかもしれないけれど、そういう想いが伝わってくる。
「小雪ちゃんのお母さん、僕を信じて見守っていてくれませんか?もし、ダメだった時は、小雪ちゃんの事を真剣に考えます。だから、今回はお引き取りください」
「…………」
強気に、全てを受け入れると言ったが、その時になってみないとどうなるかは分からない。頭の中でそう考えていても、心までは制御できない。
全てを受け入れる、未来を受け入れる、渚さんのためなら――
綺麗ごとかもしれないが、それしか僕には出来ないのだ。
渚さんに嘘は付きたくない。
「わかったわ。あなたの事を見守ることにします。ですが、後悔するわよ」
そう言って小雪ちゃんのお母さんは、雪の中へと姿を消していった。
そして、それと同時に雪が止んだ。
「お兄ちゃん、終わった?」
「あぁ。終わった」
「じゃあ誕生日会の準備するよ!」
「そうだな」
「あの人みたいには……」
僕はそんなヒトリゴトを残し、家の中へと戻った。
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