Blue In Spring

ao

第1話

夏、普段は固く閉ざされた屋上のサビかけた扉が開く。その奥はまるで天国に続いているかのようだった。

「うっわあ、ひろーい!!」

わあっと一斉に屋上に広がる人の群れ。私はその蠢く黒い影をゆっくり踏みしめる。

「フェンスあるからってあんま端に行くなよ〜」

進路相談の時、遠回しにお前は面倒臭いと言ってきたおばさんだったはずの担任はいつの間にか若い男の先生に代わっている。まだ30にもなっていないであろう彼の気だるげな言葉が五月の空気を一層緩く感じさせた。

普段誰も立ち入ることのできない屋上にフェンスが出来たのはいつの話だったっけ。

入校許可証を首から下げたいつもの写真屋さんはふわりと柔らかい笑顔を浮かべて、はしゃぐ私たちの後ろ姿にカメラを向けている。

「見て!飛行機雲!」

誰かが澄んだ声で言った。

真っ青なキャンパスに白い線がゆっくりと描かれていくのをクラス全員が見上げる。

爽やかな風の流れるテスト終わりの午後、一瞬だけ、受験というプレッシャーから解放された皆は自由だった。

突風に煽られたスカートを慌てて抑えた私たちは大袈裟に笑う。

スポーツ推薦でこの高校に入り、また大学もスポーツ推薦で決めようとしている曜子も、今まで頑なに地元から離れたくないと言っていたが急に東京の大学に進路を決めた穂香も、たぶんどこかで笑っている。

空っぽの笑顔しか作れない私と二人との間に作られた壁は一向に崩れない。

「和泉、はやくはやく」

カメラに向かってピースサインをする彼女の隣に並ぼうと、私は青空に背を向けた。

ピースサインはどうしてピースと言うのだろう。指を二本立てただけで平和を意味するなんて、どこの誰が考えたんだろう。

卒業アルバムに載せる写真は十分すぎるほどに撮れたであろうと分かっていても、皆、先生までもが現実に戻りたくなくて、知らないふりをした。

私は未だ明確に決まらない自分の未来はどうなるのだろうとぼんやり考えながら時が過ぎるのをひたすら待った。

担任が職員会議の存在を思い出して、名残惜しく屋上を去る彼らの背中を見送った。閉ざされた屋上の扉をしばらく見つめて、それから生暖かいコンクリの地べたに大の字になった。大きく息を吸って、吐いて、まぶたを閉じた。

遠くで名もわからない鳥が鳴いている。容赦なく照りつけてくる太陽の光で肌は焼かれていくだろう。

きっと担任も、私がいないことなんか気づかずにさっさと放課にしてしまう。そもそも私がいないことに気づく人間なんていない。ずっと前からそうだった。

しばらく深呼吸を繰り返してようやく全身に新鮮な酸素が回った気がした。



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