超説 自来也伝

秋田 朗

第1話 更科城の陥落

1 謀反

 

 応永年間信濃の国更科郡。ここを収める領主の城、尾形光雲の更科城に異変が起こった。時は深夜子の刻、静寂をやぶり、突如怒声が起こった。

「城門をこわせ!」

城は怪しき敵の意兵士に取り囲まれ、城門から突入せんとしていた。

ドカーン!ドカーン!叫び声とともに爆発音!

壊された城門の隙間から敵の兵士が乱入した。

城内にはすでに、黒装束の忍びの輩が跋扈した。

城主の尾形光雲と妻は、就寝中であった。物音に目覚めた光雲と妻。

「さわがしいな、何事じゃ」

光雲は、はね起きると障子の表に声をかける。

「謀反だ!敵だ!敵だ!」

騒ぎは大きくなり、光雲の耳にも届いた。

障子をを開けたとき、忠臣、宮原兵衛が飛び込んできた。

「殿!謀反です。すぐお逃げ下さい。奥方様も早く!」

「なに、謀反とな。いったい誰だ!」

「さ、鏑木入道かと」

「なに、鏑木入道!あやつが裏切ったのか」

「殿、早く!」

「兵衛、周馬をたのむ」

「ははっ」

宮原兵衛は幼子を抱きかかえ、寝所から脱出した。

間一髪、謀反の首謀者鏑木入道と八鎌鹿六が、部下たちと寝所になだれ込んできた。

「ここにおったか。ふふふ」

「おのれ鏑木入道、血迷ったか」

「殿、お世話になり申した。この城は俺が頂く」

光雲は取り囲まれてしまった。敵の槍が二人の胸元を狙って不気味に光る。

「尾形光雲、奥方と仲良くあの世にいけ!」

「おのれ、奸賊ども」

「皆、ころせえ!」

兵士たちの槍が一斉に光雲と奥方を貫いた。

「ぐっ 無念・・・・」

「あなた・・・・」

二人は倒れた。

「ふふふ、かたづいたか。まて、おい、子供はどうした」

八鎌鹿六が布団をめくりあげて叫んだ。

「いないぞ、探せ!生かしておくと、後々面倒だ」

兵士たちが慌てて、寝所からでていった。

一方、城門の外では光雲方の兵士と敵の兵士が乱闘を広げていた。

光雲方の兵士の死にもの狂いの抵抗に、敵もなかなか攻め込むことが出来ないでいた。

「みな、ひるむな、城を守るのだ!」

光雲方の兵士の必死の抵抗に,一進一退を繰り返す。

「ええい、何をもたもとしている。早く蹴散らせ!」

いらいらした敵の声が響く。

その時であった。突然の強い風!と共に生臭い臭いがあたりを包んだ。

暗闇からぬっと現れたのは、松の木を超えるほどの巨大な蛇であった。

大きな口らは真っ赤な舌がくねり、蛇が前に進むたびに、どどどど、と地鳴りがした。蛇は光雲方の兵士の方に鎌首を持ち上げた。そして、すごい速さで首をのばし、光雲の兵士の一人を咥えこんだ。

「ぐわわっ」

つぎの瞬間、蛇は兵士を、バキバキっとかみ砕いた。

「ギャー!」

あたりには鮮血がとびちった。恐ろしさに立ちすくむ尾形家の兵士たち。

蛇のそばには不気味な笑いを浮かべて、立つ男がいた。

「ふふふ、驚いたか、尾形のこわっぱども、みな大蛇の餌になれ」

「き、貴様は何者だ!」兵士の一人が叫んだ。

「おれの名はおろち丸。冥途のみやげに覚えておけ」

「お、おろち丸だと。貴様が蛇をあやつっているのか」

「そうよ、わが妖術をひれ伏して括目せよ!」

おろち丸が手を振り上げた。大蛇は鎌首を持ち上げると、すさまじい速さで、兵士の方にむかって首をのばし、大口をあけた。そして、兵士の足に噛みついた。

「うわー、たすけてくれえ」

大蛇に足をくわえられた兵士は、あっというまに空中に持ち上げられた。

蛇は首を鞭のように振り回し、兵士を城壁にたたきつけた。

バキッ!

兵士は体中の骨が砕け、絶命した。

「うわっ~ 化け物だ、逃げろ!」

兵士たちは命からがら、ちりちりに逃げてしまった。

「ふふふ、腰抜けどもめ」

おろち丸はゆっくりと城門に向かった。

「どれ、鏑木入道のところへいくか」

おろち丸は大蛇の首に乗ると、天守閣のほうにむかった。

天守閣では鏑木入道が下の様子を伺っていた。

「鏑木入道、首尾はどうだ。下は片付いたぞ」

「おお、おろち丸、うまくいったがガキに逃げられた」

「生かしておいては後々面倒なことになる」

「ガキとは周馬弘行のことか。ふん、それはおれのせいではない。それより約束通り、助っ人の金はたんまりもらうぞ」

「わかっている。それは後で届けさせる。それよりガキの行方をさがさねば」

「小心者め、どうせ更科からは出られまい。あとで、子供のいる家をしらみつぶしにあたればいいではないか」

「そ、そうだな。よし、そうしよう」

二人はそういってにたりと笑った。


数年後―――

ここは更科の国の外れにある田代村、ここに宮原兵衛と尾形光雲の遺児、周馬弘行は落ち延びていた。宮原兵衛は畑作、周馬は太郎と名を変えていた。周馬は十五歳になっていた。

「おとう、今日はいい天気だ。畑の大根を取りにいこう」

「太郎、その前に水くみだ。桶を用意しろ」

「あいよ」

太郎はふと岡の方をみた。その時、馬にのった兵士が数十騎、岡のむこうからこちらの庵にむかってくる。

「おとう、兵隊がくるよ。なんだろう」

「なんだと」

兵衛は目をこらした。先頭にいるのは紛れもない八鎌鹿六。

「むむむ、これまでか。太郎こっちへこい」

兵衛は、太郎を強引に物置小屋の方にひっぱっていった。

「おとう、どうしたんだ」

太郎は、ポカンとして言った。兵衛はそれには答えず、甲冑を身にまとい、刀をさした。

そして、太郎にひざまずいた。

「若君、数々のご無礼お許し下さい。あなたは私の子、太郎ではありません。私も畑作という名前ではありません」

「おとう、なにを言ってるんだ?」

「若君、時間がありません。敵がもうすぐここにやってきます。あなたの本当の名前は尾形周馬弘行様。今は亡き更科城城主、尾形光雲様の忘れ形見なのです。ここに証拠のお守りがあります。光雲様は今を去ること15年前、奸賊鏑木入道の謀反により奥方様と共に無念の最後を遂げられました。わたしは光雲様よりあなた様を宅されました。わたしはこの村に隠れ住み、いずれ鏑木入道を倒し、城を取り返し、お家を再興する機会を伺っておりました。しかし、敵に気づかれてしまったようです。

さ、時間がありません。ここから脱出し、妙香山の仙素仙人のもとに行くのです。そこで修行を積んでください」

「なにをいうんだ、おとうをおいてなど行けないよ」

「若君!尾形家の血筋はもう若君しかいないのですぞ!敵方には恐ろしい蛇の妖術を使う者がいるという話です。仙素仙人のもとで敵に負けない術を身につけるのです」

「おとう、おとう」太郎は兵衛に抱きついた。

城の兵士が庵に着いた。八鎌鹿六の怒鳴り声が響いた。

「畑作!太郎!取り調べだ、でませい!」

「若君、ともに過ごした年月、楽しかったですぞ」

兵衛は微笑んだ。太郎をやさしく離し、剣をぬくと庵に向かい走っていった。

「八鎌鹿六!おれはここだ!ここにいるぞ!」

「や、きさまは宮原兵衛。やはりここにいたか。光雲のせがれはどこだ」

「そのようなもの最初からいないわ、おれ一人だ」

「うそをつけ!干してある二人分の洗濯物はなんだ」

「問答無用!行くぞ」

「取り囲め!」

宮原兵衛は、槍にとりかこまれた。しかし、刀をかざし敵に突っ込んだ。

槍が一斉に宮原兵衛をおそった。

「若君~~ご無事で・・・・」

兵衛は息絶えた。


 周馬は泣きながら、妙香山をさまよっていた。あたりはすでに暗く、梟のなきごえが不気味に響く。

「おとう、おとう、ぐすん」

その時、天から響くこえが聞こえた。

「女々しいぞ、周馬」

「だれだ!」

突然の声に周馬は腰をぬかした。

「そのような泣き虫では父の仇などはうてまい」

みれば白い着物を着た老人が空に浮かんでいる。

老人は静かに周馬のそばに降り立った。

「あ、あなたは?」

「わしは仙素仙人じゃ。周馬が十五歳になったら修行させてくれと、宮原兵衛に頼まれておった。じゃが、こんな泣き虫とは知らなんだ」

「泣き虫、泣き虫と何度もいうな!怖くて泣いているのではないわい。おとうが殺されたから悔しくて、悲しくて泣いているんだ」

「なに!兵衛は死んだのか・・・・」

「ああ、そうだ。今日、城の兵隊がきて、おとうを槍で殺していったんだ。その時おいらはなにもできなかった。おいらは強くなりたい。父上、母上とおとうの仇をうちたいんだ」

「そうか・・・・よし、では試してやろう。国を治めるには器がいる。お前にその器があるかな」

「なんでも答えてやるさ」

「では、聞こう。善をたとえればなんとなす」

「善は水だ。水は柔らかく弱く、どこへでも流れてゆく。しかし、水は強い。長い間には岩をもつらぬく力を持っている。人間も水のように、争わず下にたつことが出来てはじめて人の上に立つ資格があるのだ」

「・・・・ふむ、みごと。さすが尾形光雲の息子じゃ。弟子入りをゆるす。必ずや尾形家再興を果たすのじゃぞ」


2 自来也


 妙香山―――周馬がここにきてから3年がたった。

周馬がぼんやりと谷を眺めていると、空がくもりだした。みるみるわいてくる黒雲。

あたりは薄暗くなった。突然空から雨がふりだした。凄まじい雨だった。その中にきらりと光るもの、手裏剣だ!

「むん!」

周馬は脇差で手裏剣を払う。カキーンという音と共に手裏剣ははじかれた。

つづけざまに横殴りに手裏剣の雨がおそった。周馬は身をひるがえして空中に飛んだ。

周馬は、雨の中での跳躍も軽々とやってのけた。

「そこだ!」

周馬のするどい声と共に、なげた苦内(くない)が岩につき刺さった。

岩の色が変わった。人間があらわれた。周馬の区内をにぎっている。

「ふふふふ、見事だ」

現れたのは仙素仙人だ。そして、いままで土砂降りだった空は元通りの青空にもどっている。

「お師匠様、わるい悪戯です」

「もう、お前には教えることはない。そろそろ、ここから旅立つときが来たようじゃの」

「ははっ」

周馬は平服した。

「今日からお前は自来也となのれ。我来るなり、とな」

仙素仙人は続けた。

「貧しきもの、苦しむものを助け、尾形家再興をめざすのじゃ。じゃが、鏑木入道のところには、宿敵おろち丸がいる。おろち丸は強い。お前だけでは倒せないかもしれぬ。周馬、白絹仙人の術をさずけられた綱手姫の助けを借りよ。そして、波切の剣を手に入れるのじゃ。波切の剣は、おろち丸の邪気をはらうことができる」

「お師匠様、おろち丸とは何者です」

「おろち丸は、もくずという蛇の精霊から生まれた妖術遣いだ。巨大な蛇を操る容易ならぬ敵だ。奴はいまは更科城の鏑木入道のところに身をよせている。しかし、奴の目的はそんなものではあるまい」

仙素仙人は天をあおいで言った。

「やつはさらに越後の国の領主、月影深雪之介照道の奥方、田毎姫を狙っておるのじゃ。田毎姫は当代一の美女といわれている。好色なおろち丸は、田毎姫をさらって自分の妻にしようとしているのじゃ」

「して、綱手とは何者です」

「綱手は越中の国の領主、松浦清正の娘だ。松浦家も謀反にあいほろんだと聞く。綱手は月影家にひろわれ、そこに使えているはずだ。綱手は、白絹仙人の術をさずけられたお前と同様の術者だ」

仙素仙人は、はるかな越後の方をゆびさした。

「さあ、もう行け。こうしている間にも奸賊たちの野望は進んでいる」

「お師匠様、長いことお世話になりました」

ピー 自来也が指笛を鳴らすと、天空より大鷲が舞い降りた。

「周馬、いや、自来也、気を付けていけ。必ずや本懐を遂げるのじゃ」

自来也は大鷲の背中に乗った。

「お師匠様、さらばです」

「さらばじゃ、自来也」

大鷲は大空に舞い上がり、見る見るうちに遠くに消えていった。







                                

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る