第5話:晩餐

「お待たせしてしまいましたね、さあ、晩御飯にしましょうか」


 私は急いで店の裏の住居部分に行き、まだ一生懸命掃除してくれている母子に声をかけたのですが……


「そんな、とんでもありません。

 私の分だけでなく、あれだけたくさんのパンを頂いたのです。

 もうこれ以上頂くわけにはまりません。

 あの、それで、私のできる範囲で、できるだけ掃除させていただいたのですが、これでいいでしょうか?」


 母親の方がオドオドと返事をしてくれますが、今朝渡したパンだけでは体力が回復していないようで、顔色も悪く動きも鈍いです。

 もしかしたら自分は全然食べないで、子供たちに全部分け与えたのかもしれない。

 それでは私の善意が無駄になってしまうので、少々厳しく命じてでも、母親に食べさせないといけません。

 もし母親が倒れてしまったら、子供たちが路頭に迷い餓死してしまいます。


「貴女の働きに対してどれほどの報酬を与えるのかは、私が決める事です。

 私が掃除の代価には追加のパンを与えるべきだと思ったのです。

 貴女が拒否する事は許しませんよ、分かりましたか」


「ありがとうございます、ありがとうございます、この御恩は生涯忘れません」


 母親が何度も頭を下げて礼を言ってくれます。

 偉そうな事を言うようですが、私の好意善意を理解できるだけの知性があり、それに感謝して御礼が言える良識もあるようです。

 このような人はこの世界では珍しい存在ですから、大切にしなければいけません。


「さあ、私の気持ちを分かってくれるのなら、一緒に食べましょう。

 スープを作る時間がもったいないですから、パンと水だけになります」


「はい、ありがとうございます、遠慮せずに一緒に食べさせていただきます」


 今度は私の言葉に素直に従ってくれました。

 二人掛けの小さなテーブルとイスしかないので、私達は床に座って食べました。

 最初はそれにも遠慮しよとしましたが、私が強い視線を向けたら言いかけた言葉を飲み込み、黙って一緒に床に座ってくれました。

 本当にこの世界には珍しい賢い女性です。


「公平に人数分に切って全種類食べましょう。

 最初に試食はしていますが、時間が経ってからの味も確認したいですからね」


「おいしい!

 すごくおいしいよ、ママ!」


「本当ね、こんな美味しいパンは初めて食べました」


 一番大きい男の子が、素直に賛辞を口にしてくれます。

 母親も心から絶賛してくれています。

 嘘偽りのない言葉に、素直に喜びが心一杯に広がります。

 私が作るパンは、寝食の時間を削って作った作品なのです。

 それが褒められる事は、何よりも嬉しい事なのです。


「さあ、遠慮せずにお腹いっぱい食べなさい」


「「「はい」」」

「はい、ありがとうございます」


 言葉の話せる子供三人と母親が御礼を言ってくれます。

 自分の作ったパンではありますが、とても美味しく作れています。

 時間が経っても風味も味も少しも落ちていません。

 いえ、時間が経った分、熟成されて美味しくなった気がします。


「すみません、おかみさん、頼まれていた物を持ってきました」


 

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