第17話 母がいる家の住人はどこに ①
美由紀がひとりごとのような呟きを溢すと、幸一は困ったような顔をした。
「吾郎さん……は、現在かなり認知症も進んで、身体の自由もあまり利かないらしい」
「え?でも……お母さんのいたあの家は……」
そう、あの家には、実家に父がいる時と同じような、何となく『居る』とわかるような雰囲気はなかった。
ましてや身体の自由が利かないというのならば、デイサービスでも通いの介護の人だろうと、『人がやってくる』という暖かさみたいなものがありそうなものなのに──
「変……ね……なんか、借り物の家みたいだったわ。あまり人のいない……どうして……?」
靴がない──のは、あの家に住んでいるのが元々ふたりだけなら、家の主人がデイサービスに行ってしまい、娘も出かけたのなら、無くて当然かもしれない。
だが、母が穿いていたのは確か真新しい感じのサンダルだった。
頭の先からつま先までしっかり見ていたつもりはなかったのに、無意識に母の格好を観察していたみたいで、見慣れない感じの足元が何だったのかを思い出す。
まるで──まるで、『母のため』に用意されたような、よそよそしい家。
「うーん……調べてもらった限りでは、あの家が『飯田吾郎』という人の登記であることは間違いないんだ……僕も一緒に行ったわけではないから、中の様子まではわからないけれど」
「完全な新築というわけではなくって……でもリフォームしたばっかりというわけでもなくて……なんて言ったらいいのかしら……ほら、住宅展示場にあるみたいな見本の家と、普通の家が合体したような……なんか変なこと言ってるわ、私」
「ふぅん……まあ、どっちにしろデイサービスというのは一日のうち、数時間だけ介護士が面倒を見てくれるというものだから……さっきお母さんのいる家にお邪魔している様子がなかったんだったら……」
「うん。たぶん……本当にいない…と思う。『デイサービスから帰ってくるまで』って……え?でも、私、けっこう早くお母さんに見つかっちゃったんだけど……見つけたんだけど、あの家から男の人が出かけるところは見て……ない……」
見つけたというか、見つかりたくはなかったから、こっそり歩いていたのだが──帽子程度の変装では母の目は誤魔化せなかったというお粗末な結果になってしまった。
それでも朝から歩き回った一~二時間ほどの間、あの家の周りで大型の介護施設の自動車を見かけた覚えはない。
やり直し家族 行枝ローザ @ikue-roza
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