第15話 母が囚われる理由 ①

美由紀は大きく目を見開いた。


いない───って。


「あ」

恐怖にかられたその顔を見たせいか、幸一が慌てて口にしたことをだけ否定する。

「ごめん、ごめん。違う。違った。産まれてはいないけど……ちゃんと『二人の子供』としては存在はしてるよ」

「え?は?い?い…意味がわからないっ?!

「えぇと……端的に言うと、五歳の時に飯田夫妻に『養女』として引き取られたんだよ」

「あ…よ、養女……そういうこと……」

「ただね……」

スゥッと幸一の表情が沈むように暗くなり、後ろの座席から大きい封筒を取り寄せて美由紀に渡した。

「彼女がどうして養女になったのか、どこの家が本当の親かわからないんだ」

「は?」

美由紀が封筒から取り出した紙は一枚だけだったが、十ほどの名字が並んでいる。

「……何?これ………」

「それが、彼女が『養女』となった家の名字。どうやってそんなことをしたのかわからないけど、その名字の間を行ったり来たりするように、五歳になるまで名字を替えられているんだ」

「そ…そんなこと、法律で可能なの……?」

「どう…なのかな……僕も法律には詳しくなくて……たぶん、違法だと思う。ただ、そのせいで彼女の本籍も本名もよくわからなくなっているらしくって……飯田家の養女となってからはそのままみたいだけどね」

理解不能の情報ばかりで、美由紀はだんだんと無表情になっていった。


『以前父は『奈津子さん』という女性と結婚されていたことを知りました。』

『父の若い頃の写真などはお持ちではないでしょうか?』

『できれば元気だった頃の父のお話を一緒に語らせていただければと…』


「お母さんが引き出しにしまっていた手紙には、その、『若い頃の写真がない』とか『離婚していたことを知らなかった』とかあったけど……彼女自身は、自分が養女だということは知っている…のかしら?」

「……五歳といえばもうちゃんと記憶があると思うんだけど、その前までのいつからその……何歳から、どこの家に引き取られたとかは、本人にもわからないかも……」

「そう……ね……」

しかも手紙には再婚相手らしい『奈津美さん』が、すでに亡くなってしまっていると書いてもあった。

もしかしたら──彼女は、何も考えずに、ただ本当に母と話がしたかっただけなのかもしれない。

「でも……どうして……どうして、お母さんはあの家から出てこないの?出られないの?意味がわからないわ……」

「うん。僕もわからない。だから……とりあえず、いったん落ち着いて、お義父さんにも今日のことを話して、お義母さんをまたむかえに行くのかどうか考えてみない?」

母があの家にいる理由も、母を呼び出してあの家に居させている『飯田吾郎の娘』の考えも、何より家主であるはずの『飯田吾郎』の存在もわからない。


わからないから───


美由紀は正確に判断することができなくなってしまった。

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