第12話 母の携帯電話の行方 ①

恐る恐る店の外に出た美由紀にぶつかりそうになった男性──

「あ。す、すいませ……」

「奥さん!僕だよ、僕!」

「え?」

呼び慣れない呼びかけは、聞き慣れた声だった。

帽子が脱げそうな勢いで顔を上げると、とてつもなく似合わない派手めのアロハシャツにジャケットを着た夫が、美由紀をかばうように立っている。

「ねっ?どう?似合ってる?」

「……あのねぇ」

「楽しいよね、こういうのも。あ。あっちに携帯電話屋さんあったんだよ!新機種見たいんだ!」

どういうつもりか、幸一は美由紀の腕を取ると、いつもの紳士的なエスコートを忘れたような強引さで歩き出した。

向かう先は、さっき美由紀がひとりで入ろうかと悩んでいた携帯電話のショップである。

「うーん……電気量販店みたいに、すぐには見れないんだねぇ。入ってもいい?時間かかるかもしれないけど」

「え…ええ……」

幸一が何をしたいのかがわからず、美由紀は戸惑う。

自動ドアをくぐり──ふたりの後からは誰も入ってこない──ふらふらと店内を見て回ると、案内係らしき店員が近づいてきた。

「お客様ぁ。今日はどういったご用件でしょうかぁ?新しい機種をお探しですかぁ?」

妙に語尾を伸ばす話し方に少しイラついたが、美由紀は黙って幸一に相手を任せる。

だいたいこの店に入ってどうしようという打ち合わせもしていないのだ。

「あー…えぇと…‥そうですね。料金プランの見直しと、お尋ねしたいことがあるんですけども」

「はぁい、ご案内しますねぇ~」

窓口はすでにいっぱいで、待合椅子にも何名かお客が座っている──あとどれくらいで呼ばれるのだろう?

「…ね、ねぇ……こんなところでゆっくりしてていいの?」

「うん……でも、お義母さんがどこで何してるかも知らないと。っていうか、会えたんだよね?」

「うん…まあ、会えたことは、会えたんだけど……」

口ごもってしまうのは、美由紀自身が知っている母と、「あの家」にいた母とが妙にちぐはぐに思えるからだ。

確かにいつもぽやんとはしているけれど、あんなにも会話の噛み合わない人だったろうか──

もう少し考える時間が欲しいと、美由紀は黙り込んだ。


しばらく待つと、幸一の手にしている呼び出し紙に印字された番号が呼ばれた。

「いらっしゃいませぇ。本日はどのようなご用件でしょうかぁ?」

若い女性店員は良く通る声で、まるで美由紀たちがここにいることを店内中に知らせるかのように訊ねた。

「あ…えぇと……」

「ちょっとこの番号の携帯電話が修理に出されていると思うんですけど……受け取る人がちょっと来れなくなってしまって」

どういえばいいのかわからずに口ごもる美由紀に代わり、幸一が少しトーンと声量を落した声で話しながら、小さな紙を差し出した。

途端に店員の顔は怪しむように眉と声を潜める。

「え?あ、はぁい。こちらですかぁ?……あの、ご関係は?」

「娘とその夫です。義母はちょっとボケていて……『駅前の店に持って行って直してもらった』というばかりで、預かり票も何もないのに、電話も繋がらない状態で。失くしたり盗難にあったかもしれないんですが、本当にこちらに預けた可能性もちゃんと確かめておこうと思いまして」

「ええ…ああ……はい……少しお待ちください?」

なぜか語尾に疑問符をつけて、女性店員はいったん奥へと入ってしまった。

「……ねえ、大丈夫かしら?」

「え?何が?」

「なんか怪しまれていたみたいだけど……」

「いや、当然でしょ?それより美由紀さん、携帯電話はあるよね?」

「あるけど……身分証じゃダメなの?」

「ダメ…というか、結婚して名字変わっているでしょう?携帯電話の電話帳にはお義母さんとお義父さんの電話番号も住所も記録してあったし、僕たち両方とも同じ番号に何度も掛けた記録も残ってるし」

「ああ……そ、そっか……」

冷静に考えてもきっと美由紀には考えつかない。

夫の思考回路はいったいどうなっているのかと、美由紀は不思議に思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る