第12話
朝起きると昨日よりは身体が楽になっている気がしました。
身体を起こして部屋を見渡すとハントさんはもう居ませんでした。
「…どうしよう…。」
部屋には書置きも無く、ハントさんが吸った煙草の甘い残り香だけがします。
ボーっとしているとコンコンとドアをノックする音がしました。
「クーチちゃん!起きてるかい?ご飯だよ!下に降りといで!」
女将さんの声がします。
ヨロヨロと立ち上がってドアを開けると女将さんが腰に手を当てて立っていました。
「おはようさん!ほら、ちゃんと食べなきゃ元気でないよ!」
「おはようございます…。」
そう言って私の手を取り一階へと引っ張っていきます。
女将さんの案内でテーブルに座ると目の前に果実水が置かれました。
「ほら、ちゃんと飲んで、ちゃんと食べなきゃ元気でないよ!これはサービスだよ!今朝ごはん持ってくるからね!」
女将さんの優しさにジワリと涙が出てきます。
コクリと果実水を飲むと、ほっとしました。
「はいお待ちどうさん!ハントは依頼に行ってるみたいだからこれ食べて好きにしてなってさ。とりあえずゆっくりでいいからちゃんとお食べ!残すんじゃないよ!」
温かいスープにサラダにパンが目の前に置かれました。
匂いにつられてお腹がくーっと鳴ってしまいました。
少し恥ずかしかったですが、温かいスープを一口飲みます。
じわりと身体に沁みるような温かさでホッとします。
何も考えないようにしながら黙々と食べました。
最後に果実水を一口飲んで一息つきます。
「ごちそうさまでした。」
「おっ、ちゃんと食べたね。まだ疲れてるだろうからゆっくり休みなよ。」
「‥はい。」
私は部屋へと戻りました。
部屋へ戻って一人でいると色々なことを思い出してしまいます。
父や母はもう生きていないのです。
「うぐっ…」
涙が溢れてきました。
私を生かそうとしてくれた若い傭兵、母親たち子どもたちはみんな逃げられたのでしょうか。
「ふぐっ…ひっく…」
涙が止まりませんでした。
毛布を掴んで顔に押し当てて声を殺します。
ふと気づくと窓からの日の光は落ちて来ていて夕方だった。
ベットへと腰掛けてボーっとする。
するとガチャリと扉が開いた。
ハントさんだった。
「今、戻った。飯はちゃんと食べたか?」
「おかえりなさい。頂きました…。」
そうか、とハントさんは呟きながらバックパックを下ろして腰のベルトを外してテーブルに置き、皮袋をテーブルの側に置きます。ハントさんが椅子に腰かけて薬草煙草を吸い始めました。
薬草煙草の少し甘い香りが漂ってきます。
この香りのする薬草煙草は北部では見た事がありません。
どこか遠くの品でしょうか。
珍しい灰色の短髪に少しだけ濃い灰色の髭、目の下に鏃のようなタトゥーが入っています。
どこかの傭兵団に所属していたのかもしれません…。
「さて、話があるんだがいいか?」
「…話し…ですか?」
「ああ。辛い話になると思うが…。」
依頼に行っていたはずなのに何の話でしょうか…。
「ゆっくりでいいぞ。」
ハントさんが優しく声を掛けてくれます。
「…聞きます。聞かせてください。」
昨日とは違ってしっかり目を見て返事をします。
何の話しでしょうか。一人でやっていけという話しでしょうか。
少し怖いです…。
「分かった。」
ハントさんはうなづくとテーブルの側に置いていた皮袋から何かを取り出し始めました。
「今日、廃墟周辺の調査の依頼を受けて行って来た。」
コトリ、コトリ、と銀色の板がテーブルに置かれていきます。
「廃墟から少し離れた森の中で見つけた。」
コトリ、コトリという音しか聞こえません。
「簡単だが、穴を掘って弔って来た。クーチの仲間の物で間違いないか?」
そう言ってハントさんはこちらを見つめてきます。
身体が震えてしまいます。
でも…確かめなくてはいけません…。
これは私を助けてくれた若い傭兵の…。
これは子供が生まれて立派な傭兵に育てると話してくれたあの母親の…。
これは…。
涙が溢れてきます。
全部…ぜんぶ…私の仲間の物です。
「…んぐっ…。はい…。わ…私の…仲間の…もので…す…。」
「そうか。」
「…はい。…ごめんなさい…みんな…私を守って…」
謝罪と後悔と感謝の気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになります。
「少し外す。ゆっくりするといい。」
ハントさんがそう言って出て行ったのが分かりました。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ…!」
声が大きくなってしまいました。
皆ありがとう。ごめんなさい。なんであの時という考えがぐるぐると頭の中を回ります。
私はどうすればよかったのでしょう。
母は皆を守ってと言いました。
私は皆を守れませんでした。
私は皆に守られてしまいました。
子供たちにも母親たちにも若い傭兵達にも守られてしまいました。
私は皆を守れませんでした。
私がもっと強ければ。
私が皆を癒す力がもっとあれば。
そうすれば皆を。父を。母を。
そうです。
もっと強くなればいいのです。
誰にも負けないように。
傷を負ったら癒せるように。
団員を守ろうとした父や母のように。
私を守ってくれた若い傭兵達のように。
私は強くならなければなりません。
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