第2話
口から紫煙を吐き出しながら街道を歩く。
時折、行商人なのかなんなのか、馬車が通る。
気配察知を意識しながら歩いているのだがこれはすごい。
大体半径100メートルほどだろうか。
草原にいる生物らしき気配や馬車などの気配が分かる。
幸いにも街道の周囲は定期的に魔物は狩られているらしい。
10分ほど歩くと前方に大きな壁が見えてきた。
ヨーロッパなんかで見られた城塞都市の壁のような感じだ。
神様に詰め込んでもらった常識によると、この大陸はもともとドルグメ帝国という国が統治していたらしい。ところが帝王の崩御によって、第一皇子、第二皇子による内乱が発生。
それを機に各地の領主が次々と帝国からの独立を宣言したそうだ。そのため、現在でも各都市間での争いごとや大規模な盗賊団による略奪行為も発生しているようだ。
目の前にある都市グロースは大陸東部でも規模の大きな都市で、領主お抱えの軍と領主と契約している荒鷲団という傭兵団が近隣の治安の維持に努めていて戦争や盗賊団の発生については心配無いらしい。
そうこうしているうちに門が近付いてきた。
薬草煙草を燃やしつくしてから列に並ぶ。
街に入るには門番にタグを見せる必要があるようだ。
門番が手に持っている道具をタグに翳すと犯罪歴の有無を確認できるらしい。
異世界素晴らしい。
「次の者!」
俺の番が来たので胸元からタグを引っ張り出して見せる。
門番がタグに平べったい道具をかざすと青く光る。
「問題無し!」
流れ作業的に門を通された。
まあ、何人も見なきゃいけないからいちいち喋っていられないもんな。
何はともあれ街についた。
さてさて、まずは宿探しか。
門からまっすぐ続く道を歩きながら周りを見渡してみる。
門に近いところに馬車の発着場のようなものや、厩舎が並んでいる。どうやら、あそこで馬を借りたり預けたりできるらしい。
少し開けた辺りには屋台が出ていて、肉の焼けるいい匂いがしてくる。
道沿いには木造の建物がずらりと並んでいて、日本の地方の商店街を思い出す。
おっ、あれは宿屋っぽいな。
『鷲の止り木』と書かれた看板がついた3階建ての建物が目に入る。
中に入ると右手にカウンターがあり、一階は食堂になっているようだ。
「いらっしゃい、泊りかい?」
カウンターの奥からふくよかな女性が声を掛けてきた。
「ああ。この街は初めてだから何日か泊りたいんだが。」
「うちは、朝食と夕食付きで一泊5000ドルグ、5日まとめてなら20000ドルグだよ。」
頭の中の常識と照らし合わせても妥当らしい。
「5日で頼む。」
そう言って胸元からタグを取り出すと、女性が平べったい道具をかざすと青く光る。
「毎度あり。これが部屋の鍵だよ。二階の一番手前の部屋だ。一応、盗難は起きた事はないけど貴重品は持ち歩くようにしておくれ。部屋の洗い場は自由に使って構わないがあんまり遅い時間は他の客に迷惑だからやめとくれ。女を連れ込むのもやめとくれよ。」
「分かった。」
「鐘が鳴ったら夕食の用意ができた合図だから下に降りてきて鍵を見せてくれればいいよ。飲み物も一杯だけならサービスだからその時に言っておくれ。」
「分かった。ありがとう。」
鍵を受け取り礼を言って二階へと上がる。
階段を上がりきってすぐの扉のカギを開けて中に入った。
中はシンプルで、木製のテーブルと椅子が一つ、窓際にベットが一つ、扉側に洗い場といって日本でいうユニットバスのようなものがついている。洗い場の横に木製のクローゼットが一つ。
ちなみにだがなんとこの世界、シャワーとトイレが完備されているらしい。
葉っぱで拭くとかじゃなくてよかった…。
クローゼットの前にバックパックを下ろして、テーブルの上に腰のポーチと短剣をベルト毎外して置く。
ポーチから水筒と煙草を取り出し、煙草に火を付けて椅子に腰を下ろす。
「ふぅ~。」
紫煙を吐き出して水筒に口を付けて一息つく。
「これでアイス珈琲もあれば完璧だったな。」
頭の中の常識だとこの世界にも珈琲はあるらしいから、いつでも飲めるように探しておくか。
米は無し、味噌や醤油も無い、麺料理はある、甘味もあると。
まあ、神様がせっかく二回目の人生をくれた事だし好きな事をして楽しまないとな。
精神面もいじられたみたいで、戦う事に忌避感も無し、嫌悪感も無し。
実際その時になってみないと分からない部分ではあるが恐らく問題ないだろう。
「となると、当面は依頼をこなして路銀を貯めるか。そのうち大陸を見て回りたいな。」
あとはなるようになるだろ。
死ななければどうってことはないって偉い人も言ってた気がするし。
まずは、傭兵ギルドで依頼をこなして路銀を稼くために調査にでも行きますかね。
吸っていた薬草煙草を燃やし尽くして、ポーチと短剣のついたベルトを付け直す。
とりあえず今日は市場調査がメインだからバックパックはいいか。
部屋の鍵を閉めて階段を下りる。
「少し出てくる。傭兵ギルドはどっちにあるか教えてもらえるか?」
「はいよ。傭兵ギルドは街の中心に向かって進めば分かるよ。中央広場のところの一番大きな建物さ。」
「ありがとう。夕飯には戻ってくる。」
「気を付けていってらっしゃい。」
カウンターの女性に声をかけ鍵を預けて宿を出る。
宿を出て街の中心に向かって歩くとすぐに中央広場にたどり着いた。
広場を中心に東西南北に道が続いている。
広場の北側に3階建ての、剣と槍と斧が重なったような絵柄の看板が付いたひと際大きな建物があった。
武装した傭兵らしき人間の出入りが多いから傭兵ギルドだろう。
観音開きの扉を開けて中に入る。
ムワッとした人の熱気とアルコールと薬草煙草の匂いが混ざった感じであまり好きな環境ではないな。
少し顔をしかめつつ周りを見ると、正面に受付カウンターがあり何人かのギルド員と傭兵が話をしている。
左手の壁沿いには依頼書が貼り付けられた掲示板が。右手は食堂のようなスペースになっている。
食堂が混んでいるからこその熱気と匂いらしい。
ちょうどカウンターの男性ギルド員の手が空いたようで目が合った。
「少し聞きたいんだが。」
「はい、どういったご用件で。」
青年はニコニコしながら対応してくれる。
「これが俺のタグだ。それで、今日この街に着いたばかりでな。ソロなんだが何かいい依頼は無いか?しばらく鍛錬しながら生活していたからランクはまだ1だ。」
「ランク1ですか…。見たところ腕は立ちそうですが、何か希望はありますか?」
「見たまんまソロだしな。調査依頼や採取依頼、簡単な討伐依頼なら対応できるが。弓が効かないような魔物は無理だが。」
「それならこれはどうでしょうか?」
そう言って青年は一枚の依頼書を提示してくる。
「西の森の調査・討伐依頼です。定期的に魔物の間引きをしておりまして。あそこの森はゴブリンとウルフがよく住み着くので常設依頼なんですが。報酬については、ゴブリン一体につき500ドルグ、ウルフ一体につき800ドルグ、巣やそれに準ずる何かの発見と報告によって別途報酬という形です。」
「悪くないな。これは今受けて報告は明日以降でもいいのか?」
「はい。期限は特にないですよ。常設依頼なので基本的にいつでも報告を受け付けています。討伐部位、なにかあれば口頭で報告で大丈夫です。あとで職員が確認に行くので嘘の報告はダメですよ。」
「分かった。それじゃあ、明日にでも行ってくる。」
「はい。私はブルクスと言います。」
「ありがとうブルクス。助かった。あとはこの辺りの魔物や盗賊の出没情報を知りたいんだが。」
「2階に情報掲示板があるのでそちらで確認してください。無料で開放してますので。」
「分かった。また何かあったら教えてくれ。」
ブルクスに礼を言って受付カウンター左手の階段を二階へと上がる。
二階に上がると壁に大きな地図があり、本棚とテーブルと椅子があった。
三階と本棚の奥の部屋は職員の部屋なのだろうか、扉が閉まっている。
まず地図に目を通す。
四方を海に囲まれたオーストラリア大陸のような形の大陸がワーヴィエント大陸だ。
今いるのが東にある『都市グロース』。
中央に『帝都』と記載があり、北端のほうに『エンブス』、西端に『フルサス』、南端に『トラス』と記載がある。
グロースの周りだけ、調査依頼にあった西の森と、南方に『迷宮都市メイズ』という記載があり、近くの廃墟や川など細かく書いてある。
他の都市に行けばその周辺の詳細地図を見れるのだろう。
次に本棚に目をやると、『グロース周辺の植物』『グロース周辺の魔物』といった資料が数冊づつ置いてあった。
目的の魔物の本を手に取りパラパラと捲りゴブリンのページで手を止める。
ゴブリン、体長130cmほど。緑色の肌や茶色の肌などの存在が確認されている。
群れる事を好み、大体2~5匹で行動していることが多い。人種を見かけると襲い掛かってくるが、劣勢になると逃げだす習性がある。大規模な巣を作ることがある為、見掛けたら討伐を推奨している。
傭兵から奪った武器や防具などを装備している場合もあるので注意が必要。
なるほど。
次のページからゴブリンシリーズか。ゴブリンの中だとゴブリンキングが一番上か。
まあ、定番だな。
続いてウルフはと。
ウルフ、全長1mほどの個体が多い。稀に3mほどになる大きさの個体も現れる。
牙と爪での攻撃、体当たりに注意が必要。一匹に気を取られると周囲を他のウルフに囲まれる場合がある。
必ず3匹ほどで行動しているため、ソロでの討伐には注意が必要。
ふむ。
どちらにしても先に見つけて各個撃破だな。
死にたくは無いしな。昔やったステルスゲーの感じで動ければいいが。
植物の方もパラパラと流し読みをしてなんとなく把握しておく。
森に行ったついでに採取もできれば路銀の足しにはなるだろう。
本を棚に戻してギルドから出て宿へと戻る。
ちょうど夕飯も始まっていたので鍵をもらうついでに夕飯と酒を頼む。
酒はビール、エールか果実酒がサービスとの事だった。
蒸留酒は有料らしい。
まあ、明日は朝から依頼に行く予定だしビールだけにしておこう。
「ビールを頼む。」
「はいよ!適当に座ってておくれ!」
「薬草煙草は吸っても大丈夫か?」
「いいよ!後始末だけしっかりしておくれ!」
空いている席に座って薬草煙草に火を付ける。
ふぅーと息を吐き出し一息つく。
「お待ち!いい香りの薬草煙草だねぇ。この辺のじゃないのかい?」
「貰い物でね。」
「そうかい。ビールお待ち!今日の夕飯はビーフシチューにパンとサラダだよ。足りなかったら声を掛けてくれればシチューは一杯、パンは3個までならサービスだよ。」
「分かった。頂きます。」
前の世界でも料理にはこだわりが無いからうまく言えないがうまい。
ビールも冷えてるし満足だ。
「ごちそうさん!美味かった!」
「はいよ!食器はそのままでいいよ!」
カウンターの奥にいる女性に声を掛けてから部屋へと戻る。
一服して水を飲んでからシャワーを浴びる。
そしてベッドへと横になると、すぐに眠気がやってきた。
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